第20話 「迷宮準備」

 今日から傭兵としての活動が始まった。

 始まったと仰々しく言ったものの、やっていることはお手伝いに近かった。

 『ツインナイト』の六人全員でできる仕事がないので、各々自分に合ったものを選択した。


 エドガーは獣人の子供の剣術稽古。

 ウルディとメイプルは商人の護衛。

 リーフィンは魔法店の店番。

 私とゴーリーは果樹園の収穫と運搬だ。


 広大な土地にある果実を、私とゴーリーでもいでいく。

 果実は傷がついていれば赤いカゴに、綺麗ならば青いカゴに仕分けしていった。

 果実の甘い匂いが鼻腔を満たし、深呼吸すると胸がスッとして心地よかった。

 頭も使わずただ手を動かすだけなので、時折睡魔が襲ってくる。

 私は眠りこけないよう、ゴーリーと雑談しながら手を動かした。


「ゴーリーはなんで傭兵になったの?」


「おで……斧を振ることしかできなイ。

 それ以外の生き方、知らなイ」


「自分の国の兵士になろうとは思わなかったの?」

 

「おで……ニブいから故郷でバカにされてタ。

 オヤジにも、世間知らず言われタ……

 だから、外の世界見て来い言われタ」


「そっか。大変だね……」


 ある意味故郷を追い出されたようなものだ。

 それなのにゴーリーはめげずに頑張っている。

 私は復讐という目的があったからギリギリ耐えられているが、

 もし世間知らずという理由で国から出てけと言われたら、絶望して腐っていったかもしれない。

 私なんかより、ずっと立派だ。


「ルーナも、おでのこと、バカにするカ……?」


 木の陰に隠れて見えないが、ゴーリーがそんなことを訊いてくる。

 わずかに声が震えているように感じた。

 私はゴーリーの不安を晴らすように、ハッキリとした口調で答えた。


「そんなわけない。 一人で旅をして、他国で仕事をするなんて立派なことだよ。

 誰かにバカにされるいわれはないと思う」


 ゴーリーが少し驚いたような声を上げた。

 

「隊長も、同じようなこと言ってタ。もっと気楽にやろう、言われタ」


「あの人は気楽すぎるけどね」


 私は軽く肩をすくめる。

 ゴーリーは楽しそうにフガフガと笑った。

 

 その後も、たわいもない話をたくさんした。

 日向ぼっこのようなのんびりしたやり取りは、私の心を癒した。

 

 ある程度果実を収穫した後、そのカゴを荷台に積んで町まで運ぶことになった。

 私も運ぶといったが、ゴーリーはおでに任せて、と胸を張った。

 見た目通り力が強く、果実がいっぱいに入った八つのカゴを物ともせず牽引した。


「さすが豚人族オーク、素晴らしい力です」


 果樹園のオーナーである犬人族コボルトが称賛していた。

 なにもしないわけにもいかないので、私は道にある大きめの石をどかして荷台が横転しないよう気をつけた。

 無事に町に着き、オーナーは深々と頭を下げた。

 

「おかげで楽に運ぶことができました。

 お気持ち程度ですが、お受け取り下さい」


 そう言って少しだけ傷がついた果実を渡した。

 おそらく市場では売れないものなのだろう。

 無下に断るのも悪いと思い、私とゴーリーはありがたくいただいた。


「明日もよろしくお願いします」


 礼儀正しいオーナーに、私たちもおじぎをして、その日の仕事は終了した。

 こうして特に問題が起こることもなく、私たちは二週間の仕事をこなしていった。




 ある程度お金が貯まったら、迷宮に潜るための準備も始めた。

 城下町には、飲食店が多く建ち並んでいるが、雑貨屋や鍛冶屋もかなりの数がある。

 迷宮があるため、その素材を使った商品が多いからだ。

 

 色々目移りするが、なにを買えばいいかは『ツインナイト』のメンバーが教えてくれた。

 日用品は主にメイプルが、武器や装備はウルディが選んだ。


 武器に関してだが、扱いやすいという点でロングソードを買った。

 直剣で、重すぎず軽すぎない。

 片手でも両手でも扱える武器だ。

 私は魔術も使えるので、剣術と魔術の二刀流の戦闘スタイルでいく。


 装備はクロスアーマーという布の鎧を買った。

 鉄の鎧などと比べると、どうしても強度は落ちるが、軽くて動きやすい。

 私は身軽なので、敵の攻撃は基本回避するつもりだ。

 いつもの漆黒のローブの下に着込んだ。


 リーフィンは武器も装備も買っていなかった。

 いつも使ってる小杖ワンドはエルダートレントという魔物の素材で作られており、

 市場に出回らないリーフィンの一点物らしい。

 新しい装備にしないのも、体力がないから慣れないものを着てもすぐ疲れてしまうからだとか。

 魔術師だし、そこまで動かないから今のままでいい、とウルディも強引になにかを買わせることはしなかった。


 みんなのおかげで、悩まずに買い物をすることができた。

 リーフィンと私だけだったら、準備する物を調べる段階から始めていたので、この倍以上の時間がかかっただろう。

 既存の隊に入るのは正解だった。



 

 仕事以外の時間は、ウルディから剣の稽古をつけてもらった。

 場所は入隊試験をした、傭兵ギルドの訓練場だ。


「おい! 手だけで剣を振るな!

 スタンスは広く取って、身体全体を使え!」


「遅い! 考えすぎるな!

 隙ができたら即座にカウンターを叩き込め!」


「ボケ! 攻撃が真っ直ぐすぎる!

 どこに打ってくるか丸わかりだぞ!

 もっとフェイントを混ぜろ!」


 罵倒と剣閃が飛び交う中、私は必死にウルディに喰らいつく。

 最初はウルディの言ってる意味がわからず、容赦ない罵倒に腹を立てていたが、段々と身体で理解できるようになってきた。


 大事なのは剣を振る腕ではなく、足運びだったのだ。

 棒立ちで構えていれば、速い攻撃には対応できない。

 かといって、ただ足を開けばいいわけでもない。


 膝は常に脱力し、どんな状況下でも対応できるよう準備をする。

 剣を振る時は、踏み込んだ足の勢いを殺さず、流すように力を伝えると、強烈な一撃を放てるようになった。


 その為には、足の踏み込み位置が重要になってくる。

 相手と遠いと剣は届かないし、逆に近すぎると剣身が当たらない。

 その距離の見極めが難しかった。

 十回に一回くらいしか成功しないので、まだまだ練習不足だ。


「お前は魔術も使えるから、うまく剣と組み合わせて戦え。

 その為にも、魔力酔いにならないよう、毎日限界まで魔術を使え。

 迷宮で倒れたら置いてくからな」


 と、ウルディからありがたいお言葉も頂戴し、魔術も並行して練習していった。

 

 あまりにもムカついた時は、ウルディが油断してるときに後ろから不意打ちを仕掛けたりもしたが、

 なぜか直前でバレて怒声を浴びせられた。

 エドガー曰く、ウルディは嗅覚が常人よりもはるかに優れており、目で見なくても攻撃を回避できるらしい。

 イタズラの類はすべて見破られてつまらない、と溢していた。

 イタズラするなと思ったが、不意打ちしている私が言えた義理ではない。

 しかしこのままでは私の鬱憤は晴れないので、いつかウルディに仕返ししてやろう、とこっそり決意した。

 

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