第19話 「歓迎会」

 入隊試験の後、私たちは町の一角にある酒場にやってきた。

 どうやら私たちの入隊祝い兼、歓迎会をしてくれるらしい。

 実にアットホームな隊である。


 酒場には多くの種族がごった返していた。

 獣人はもちろんのこと、蜥蜴人族リザードマン鉱人族ドワーフが楽しそうに酒を飲み交わしている。

 もちろんその中には、ふつうの人間もいた。

 入り口でローブを脱いだが、傭兵ギルドの時のように、無駄に視線を集めることもなかった。


 私たちは店の一角に案内される。

 席に着こうとした時、なぜかエドガーが椅子を引いてくれた。


「あ、ありがとう……」


 戸惑いつつも、一応お礼を言って座る。

 なんかこう、親切にされると胸の奥がムズムズする。

 リーフィンの時はこういったことはなかった。

 若い男に優しいことをされると、嬉しさよりも拒絶反応が出てしまう。

 もしかしたら流星の一件が、私にトラウマを植え付けたのかもしれない。

 そう思うと、余計に腹が立ってくる。


「お前がそんなことするなんて、どういう風の吹き回しだ?」


 ウルディが訝しんで問う。


「いやいや、ウルの言う通り、威厳のある隊長を見せようと思ってだな……」


「そういう意味で言ったわけじゃないが……。

 まあいいや」


 めんどくさくなったのか、言葉を切ってウルディも座った。

 全員、席に着くとちょうどグラスが運ばれてきた。

 各々手に取り、グラスを掲げる。


「では、ルーナとリーフィンの入隊を祝って……かんぱい!」


 エドガーが元気よく開宴の挨拶を述べ、『ツインナイト』の面々がグラスをぶつけた。


 私の右隣にはリーフィンが座り、左隣にはメイプル。

 私の正面にはエドガーがおり、エドガーの右隣にはウルディ。

 そしてエドガーの左隣にも、もう一人座っていた。


「二人は会うの初めてだな! コイツはゴーリー。

 ウチで一番の腕っぷしを持ってるぜ」


 ゴーリー呼ばれた人物は豚人族オークだった。

 鼻は少し長く、先端は平な形をしている。

 そして牙が上向きに伸びている。

 あれが伸び続けたら眼球に刺さりそうだな、と物騒なことを思った。

 ガタイはこの隊で一番よく、腕なんて丸太くらい太い。

 強そうだが、なんだかのんびりとした雰囲気を持ち合わせていた。


「おで……ゴーリー」


 ペコリと頭を下げる。

 印象通り、大人しい性格のようだ。


「わたし、リーフィン」


 リーフィンもゴーリーを真似てペコリする。

 少し顔が固い。

 リーフィンは意外と人見知りするタイプだ。

 というより態度を相手に合わせてしまいがちだ。

 メイプルの時はもう少し明るかった気がする。


「ルーナよ。よろしく」


 私も自己紹介しておく。


「さあ自己紹介が終わったところで、じゃんじゃん飲もう!

 ほら! ルーナちゃんも飲んで飲んで!」


 エドガーが待ってましたと言わんばかりに、グラスを渡してきた。

 中身は濃い紫紺色の液体。

 つまりワインだった。

 実はお酒はあまり飲んだことがない。

 十六歳になって初めて飲んで以来、二、三回ほどしか口にしていない。

 あまりおいしいと思ったことがなかった。

 まず匂いを嗅いでみる。

 ふわりとベリーの芳醇な香りがした。


「苦手ならオレが飲むぞ」


 ウルディがグラスを傾けつつ、私を気遣う。


「お、ウルくんは優しいね~」


 すかさずエドガーが茶化す。


「バーカ。ただ酒が好きなだけだよ」


 本当に好きなようで、さっきからグラスを空けまくっている。

 そんなに美味しいのだろうか。

 せっかくの機会なので、私も覚悟を決めてこくりと飲んだ。


「おいしい……!」


 濃厚でとろりとした味わいだが、非常に飲みやすい。

 ベリーの風味と甘みがほどよく合っていた。

 アルコールの苦味のようなものも、ほとんど感じなかった。

 ワインが私の口に合っているのかもしれない。


「だろ? この国の酒は旨いんだ」


 私が舌鼓を打っていると、ウルディが自慢げに笑った。

 この男も笑うのか、と内心驚いた。

 もっと血の通わない、冷徹人間かと思っていた。

 ……それは言い過ぎか。


「お待たせしました~大サソリのグリルでーす!」


 猫人族ケットシーの可愛いらしい店員が持ってきたのは、見るもおぞましい、

 サソリの料理だった。


「待ってましたー!」


「うまそうニャ~!」


 エドガーとメイプルが諸手を挙げて喜んだ。

 ウルディも「いいね」と口角を上げた。

 ゴーリーの表情は変化しなかったが、悪感情は抱いてなさそうだ。

 リーフィンは興味津々で料理を見つめている。

 過剰に嫌悪する私がおかしいのだろうか。


 その毒々しい紫色の甲殻が、食欲を低下させる。

 身の部分は白くテカテカとしており、香草のようなものが振りかけられている。

 ご丁寧にハサミの部分までついていた。


「これ、毒とかって、大丈夫なの……?」


 私はどんよりとしながら訊く。


「問題ない。毒は尾針の部分にしかないからな」


 ウルディがそう応えるが、わかっていても怖いものは怖い。


「それなら俺が毒見してやるよ」


 見かねたエドガーがパクっと一口。

 目をつぶって咀嚼を繰り返す。

 すると――


「うっ…………!」


 苦しそうに喉元を抑え始めた。

 メイプルがあわてて水を渡そうとするが、勢い余ってすべてひっくり返した。

 ゴーリーはメイプルの水を浴びたが、微動だにしない。

 ウルディは我関せずと酒を飲み進めている。

 私とリーフィンは、その行く末を伺った。


 エドガーは苦しそうにうめいたが、突然目をカッ見開いて叫んだ。


「うまいッ!!」


 私に満面の笑みを向ける。


「だろーな」


「オチは読めてたよ」


「死んじゃうと思った」


 ウルディ、私、リーフィンが三者三様に応える。

 古典的な芝居に私は呆れ果てた。

 しかしリーフィンは見事に騙されていた。

 とても心配である。

 リーフィンが騙されないように、私は常に目を光らせておこうと決意した。


 だがまあ、エドガーがふざける余裕があるほどに、この料理は安全ということだ。

 我慢していたリーフィンが、さっそく口にする。


「おいしい」


 気に入ったようでパクパク食べ始めた。

 もしかしたら獣人だから大丈夫なのかもと思ったが、リーフィンが食べられるなら私もいけるだろう。

 意を決して一口。


「確かにおいしい……」


 食感としてはエビに近い。

 エビより少し固い気がするが、コリコリしていてクセになる。

 少々苦みがあるものの、香草がそれを打ち消してくれた。

 酒のつまみに最適かもしれない。


「なんでもかんでも決めつけるのは良くないだろ?

 何事も挑戦、挑戦!」


 エドガーがそう言って笑った。

 確かに食わず嫌いはよくないな。

 ちょっと過剰に怯えすぎていたかもしれない。

 これからはもう少し魔物食にも寛容になろう。

 少しだけね。


「さて、腹も膨れてきたところで、今後について話し合っていこうか」


 いくらか時間が経ち、お腹もくちくなって来た頃、

 ウルディがそう口火を切った。

 エドガーもグラスを置いて頷いた。


「そうだな。俺たち『ツインナイト』は六人の隊になった。

 人数が増えたから、仕事の幅も広がるわけだ。

 今まで人数が少なくて避けてたが、アルケイド迷宮の魔物討伐も、受けていこうと考えてる。

 迷宮に潜るにあたり、なにか意見があるヤツはいるか?」


 エドガーの問いに、ウルディが口を開く。


「迷宮に行くにしても、色々と準備が必要だ。

 今すぐに、ってわけにもいかない。

 とりあえず二週間くらいは軽い仕事をこなしつつ、武具や装備、日用品を整えていくのがベストじゃないか?」


「だな。それに俺たちはまだ知り合ったばかりだ。

 信頼関係が築けてない状態で迷宮に行くのは危険だ。

 その二週間の中で、ある程度お互い知っていかないとな」


 エドガーの言うことは最もだ。

 傭兵ギルドの受付でも言われたが、迷宮は危険な場所だ。

 だからこそ、一人での活動は禁止されている。

 逆に言えば、例え人数が揃っていても足並みが揃わなければ、命の危険があるということだ。

 仲良しこよし、とまではいかないが、お互いを知ることは優先すべき事柄だろう。

 

 「せっかくの機会だし、なにか気になることとか疑問があれば今のうちに解消しておこうか。

 誰かなにかあるか?」


 エドガーが人懐っこい笑みを浮かべて、私たちを見渡す。

 手を挙げたのは、またしてもウルディだった。


「俺はお前に聴きたいことがある」


 その鋭い視線は、私に向けられていた。


「私……?」


「ああ。お前は、何者だ?」


 それか。

 いきなり答えられない質問がきた。

 とりあえず誤魔化してみる。


「人間だよ」


「嘘をつくな。研鑽を積んだ人間なら、あれくらいの動きはできるだろう。

 だがお前の若さであの速さと魔術のセンスは異常だ。

 どういう経歴があるか教えてもらおう」


 私はどう返答しようか思考を巡らす。

 今更ではあるが、そもそも隠し事はしたくなかった。

 流星の一件以来、人を騙すという行為が吐き気を催すほど嫌いになった。

 だから人間だと偽らず、堂々と吸血鬼だと名乗りたい気持ちはある。

 しかし騙すこと以上に、人に否定されるのが怖かった。

 そう。たまらなく怖いのだ。

 ここまで私は否定され続けてきた。

 故郷で追い出されたことから始まり、ルチア村でも化け物だと言われ投獄された。

 最終的には受け入れてもらえたが、かなりの労力を要した。

 毎回そんな苦労するくらいなら、最初から隠した方が気は楽だ。

 『ツインナイト』に思い入れはないが、ここで縁を切られるのは、精神的に堪える。

 だから、どうにかこの場はやり過ごすしかない。

 例え、嘘をついたとしても。


「私は……実は生まれつき魔力がふつうの人より多いのよ。

 その体質が影響して、身体能力が高かったり、魔術が得意なの。

 ちなみにリーフィンも、私と同じで魔力が多い。

 同じ境遇ってことで、意気投合して一緒に旅をしてるのよ」


 頭を捻り、どうにかそれっぽいことを口にした。

 これで納得して! と、内心手を合わせて祈る。

 ウルディの表情は固い。

 ダメか……。

 諦めかけた時、エドガーが膝を打った。


「あ~聞いたことがあるぞ! 魔人ってヤツだな!

 一万人に一人の確率で現れる特異体質で、異常な魔力量を持ってるらしいな。

 ただのデマかと思ってたが、こうして本物に出会ったのは初めてだ!」


「ニャー! 二人ともすごいニャ!」


「只者、じゃなイ……」


 メイプル、ゴーリーが目を丸くする。

 私はホッと胸を撫で下ろした。

 口からでまかせを言ったが、そんな存在が実在したとは知らなかった。

 嘘つきと追い出されるんじゃないかと、肝を冷やした。


「なるほどな。それで身体能力と剣の技術にズレがあったのか」


 ウルディもなんだかんだ納得してくれたようだ。


「そしたらリーフィンもあれだけ動けるの?」


 気になったのか、エドガーが訊いてくる。


「いや、リーフィンはそこまで動けない。

 むしろ体力ない方」


「ひどい。わたしだって動ける」


 リーフィンが頬を膨らませた。


「この国に来るまでに、休憩しまくってたじゃない」


「ぐ……。でも魔術はルーナよりできる」


「まあ、それはそうだね」


「へー! ルーナよりできるんだ!

 これは頼もしい二人が入ってくれたな!」


 エドガーが声を明るくする。

 ちゃっかりリーフィンの分の言い訳も作れたのでよかった。

 安心していると、ウルディが釘を刺すように言った。


「確かに魔術には目を見張るものがあるが、剣の腕はまだまだだ。

 迷宮に潜るまで、オレと剣の稽古をした方がいいだろうな」


「それは、私にとってもありがたい。

 ぜひお願い」


 むしろ私から頼みたいくらいだった。

 入隊試験の時、私の魔術はほとんど通用しなかった。

 これはまだ使い慣れてないのもあるだろう。

 しかし剣術と組み合わせると、可能性が広がることがわかった。

 それにせっかく高い身体能力があるので、これを活かさない手はない。

 男に教わるのは正直嫌だが、強くなるためなら多少の我慢は必要だ。

 

「そいつは名案だな。

 お互いの戦力把握もしたいし、全員集まるようにしよう」


 エドガーの言葉に、メイプル、ゴーリー、リーフィンが首肯した。


「そしたら、他になにか意見があるヤツはいるか?」


 エドガーが見渡すが、挙手する者はいなかった。


「よし! そしたら明日から本格的に行動開始だ!

 全員、遅刻しないようにな!」


エドおまえが言うな!!」


「はい。気をつけます……」


 ウルディにツッコまれて、エドガーがシュンとする。

 こうして微妙に締まらない感じで、『ツインナイト』の歓迎会が終了した。

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