第18話 「ツインナイトの隊長」

 魔導書で勉強したおかげで、私が扱える魔術の数は増えている。

 しかも吸血鬼のため、ふつうの人間より圧倒的に魔力量は多い。

 しかし何回でも魔術が使えるかというと、そう単純な話でもない。


 魔術というのは体内の魔力を“道”に流して形成するものだ。

 魔力が体内で動くのに慣れていないと、魔力酔いを起こしてしまう。

 初めて魔術を行使した際は、大抵一回で倒れる。

 私もサキュバスに攻撃した時倒れたし、これに例外はないだろう。

 

 ただ何度も魔術を使うと、体が慣れてきて、魔力酔いを起こしにくくなるのだ。

 今の私なら、三回までは問題なく発動できる。

 四回目から、気持ち悪くなって立つのがしんどくなる。

 五回目は、ぶっ倒れて鼻血が出てしまう。


 三回以内で倒す必要がある。

 私は魔術を覚えながら、どう組み合わせて行使するか、ずっと考えてきた。

 当然、このような事態にも対応できる。


 私は掌をウルディに向ける。

 明らかに今までとは違う動きに、ウルディは警戒の色を見せる。


「『ᚠᛚᚪᛗᛖ ᛒᛁᚱᛞ』」


 一回目。

 詠唱後、私の前に炎の小鳥が三羽形成される。

 そしてウルディに向け、翼をはためかせて飛んでいった。

 しかしウルディの表情は崩れない。

 その三羽の火鳥は、あまりにも遅かったからだ。

 動体視力のいいウルディには、止まって見えた。


「『ᚠᛚᚪᛗᛖ ᛒᚪᛚᛚ』」


 二回目。

 今度は炎の球が勢いよく射出された。

 威力よりも、速さに魔力を注いだ魔術だ。

 私の有り余る魔力をふんだんに使った炎球は、

 矢のような速度で飛んでいった。

 火鳥を追い抜き、唸りを上げてウルディに迫る。


「く……ッ!」


 ウルディは横にすっ飛び、炎球を回避した。

 そこへ火鳥がウルディへ飛翔した。


「追尾型かッ!!」


 ウルディは衝撃を受けたが、即座に切り替え火鳥を斬り落とす。

 火鳥は対象に当たるまで追尾するものの、炎球ほど威力はない。

 剣で切断すると、火鳥はボワッと派手な音を立てて霧散した。

 素早く視線を前方に走らせたウルディは、そこに誰もいないことに遅まきながら気がついた。


「『ᚠᛚᚪᛗᛖ ᛋᛖᚪ』」


 三回目。

 私はウルディが火鳥を斬っている間に空高く跳躍した。

 そしてウルディの頭上から剣を突き刺した。

 真上からの攻撃なら、剣で受け流されることはない。


 ウルディはどうにか身体をよじり、剣先から逃れた。

 しかし私の魔術はここからだ。

 

 剣が地面に突き刺さった瞬間、そこから炎が噴き出した。

 炎は溶岩が流れるように、地面を覆い尽くしていく。

 ウルディの逃げ場は一つしかない。


「クソッ!!」


 予想通り、ウルディは上空へと退避する。

 体勢も大きく崩れている。

 空中では、受け流しはできまい。


 私は剣を携え、空中へ跳ぶ。

 そしてがら空きのウルディの胴体へと、剣を打ち込んだ。


(勝ったッ!)


 私は勝利を確信した。

 その時、ウルディの唇がかすかに動いた。

 ささやくような声量だったが、私には鮮明に聞こえた。


「『ᛖᚪᚱᛏᚺ ᚪᚱᛗᛟᚱ』」


 剣身がウルディに当たる瞬間、ガキッとなにか固いものに阻まれた音がする。

 見ると、ウルディの胴体に岩の壁のようなものが現れ、鎧の役割を果たしていた。

 どうやらウルディは魔術を使って、私の攻撃を防御したようだ。

 形勢逆転。

 今度は私の方が不利な体勢になった。


「残念! 惜しかったな!」


 ウルディの剣が、私の頭目掛けて振り下ろされる。


(ヤバいッ!!)


 剣で防がないと、頭を砕かれる。

 私は咄嗟に防御しようとしたが、ウルディの方が速かった。

 ウルディの剣身が、勢いよく私に振り下ろされる。


 バキンッ!!!!


「……は?」


「あ」


 私とウルディはほぼ同時に地面に着地する。

 そして遅れて、折れたウルディの剣身が空中をくるくると舞って、

 私たちの横の大地に刺さった。


「「…………」」


 私は剣で防ごうとしたが、間に合わず腕に当たってしまった。

 しかし吸血鬼の身体は、鉄の剣の硬度を上回っていた。

 その結果、逆に剣の方がポッキリ折れてしまったのだ。


 ウルディの視線がきつくなっていく。

 まずい……さすがに今のは人間離れし過ぎていた。

 傭兵たちも、なにも喋っていない。

 どうなったのか、よく見えていなかったのかもしれない。


 このままなにも言わなければ、ウルディの追及が始まるだろう。

 ならば困惑している今がチャンスかもしれない。


 私は、左こぶしを突き上げた。


「か、勝ったぞー……」


 とりあえず勝鬨を上げてみる。

 誰も何も言わない。

 いや、ところどころで、ひそひそと声が聞こえた。


「勝ちって、なんだっけ……?」


「今ウルディの攻撃どうなった?」


「あの人間が剣の腹で受けて、ウルディの剣が折れた、のか……?」


「それにしては、音がなんか、変だったな……」


 みんな何が起きたのかわからず、戸惑っていた。

 そんな中、二つの黄色い歓声が訓練場に響いた。


「ほんとに勝っちゃったニャー! これは大事件だニャー!!」


「ま、当然の結果」


 メイプルとリーフィンだ。

 メイプルはその場でニャーニャーはしゃいでいる。

 リーフィンは腕を組んで頷いていた。


 リーフィンは当然の結果とのたまっているが、剣が折れなければ私は切り捨てられていた。

 ウルディは本当に強かった。

 今回は運がよかったのだ。

 というか、勝ってはないし。


「いやーほんとほんと。

 ウルに勝っちまうとは、とんでもねえ女の子だ」


 突然背後で、よく通るハッキリした声が聞こえた。

 驚いて振り向くと、そこに狼人族ウェアウルフの男が立っていた。

 フワフワとしたクセ毛が目立つ銀髪で、大きく尖った耳がついている。

 体つきはしなやかに引き締まっており、ウルディとよく似た体格をしている。

 童顔で、自信に満ち溢れた顔つきをしていた。

 

「いや、あれは勝ちではないだろ!?」


 ウルディが銀髪男にツッコむ。

 しかしすぐさま視線を切ると、私のことを睨んだ。


「お前! 腕に鉛でも仕込んでんのか!?」


「入って、ないよ……」


「だとしたらなんで剣が折れたんだよ!」


「あまり手入れされてなかったし、劣化してたんじゃない……?」


「そんなわけ――」


「まあまあ。そんな熱くなるなって。

 気楽にいこうぜ」


 銀髪男がウルディを落ち着かせるように、私との間に入った。

 すると今度はウルディの標的が、銀髪男に代わった。


「つーかエドはこんな時間までなにやってたんだよ!」


「やべ、俺に飛び火した……」


「今日は事務所の整理をするって話だっただろ!?」


「いやー。行こうとしたんだけど女の子に道を聞かれてな。説明してもわかってくれなかったから、一緒について行って教えたんだよ」


「だとしてもだ! もっと隊長としての自覚を持ってくれ!」


「あーはいはい。次から女の子は助けないようにしまーす」


「そこまでは言ってねーよ!!」


 銀髪男がめんどくさそうにあしらい、ウルディが激昂する。

 ウルディを無視した銀髪男が手を差し出す。


「自己紹介が遅れたな。俺の名前はエドガー。

 一応、『ツインナイト』の隊長やってんだ!

 君の名前は?」


 この軽薄そうな男が、『ツインナイト』の隊長らしい。

 ウルディの方が似合っていそうだが、なにか理由があるのか。

 この男はチャラそうで、なんだか好きになれそうにない。

 ウルディは妙に壁を感じるから、ある意味気楽だが、

 エドガーはグイグイ引っ張ってきそうな強引さがある。

 しかし差し出された手を握らないのも、失礼だろう。

 

 私はエドガーの手を取りつつ、淡白に応える。


「ルーナよ」


 エドガーは私の手を握ると、眉根を寄せた。

 なにかを確認するように、何度もニギニギする。

 なにこの人! 気持ち悪い! やっぱり嫌い!


 私は全力で手を振り払った。


「いきなりセクハラはやめろ!!」


 ウルディがガツンとエドガーを殴りつける。


「いやぁ……。なーんか違和感を感じてな」


 自分の掌を見つめるエドガー。

 しかしスッと視線を上げると、にこやかに言った。


「ま、ともかくだ。

 さっきのは入隊試験みたいなものだろ?

 ルーナの実力は申し分ないし、合格ということで!」


「おい! 勝手に決めるな!」


「ウルはなにか文句あるの?」


 ウルディはふてくされたように呟く。


「…………ない」


「だろ! あと、あっちの。茶髪の子の名前は?」


 エドガーがリーフィンを指さす。


「リーフィンよ」


「よーし、リーフィンも合格で!」


 けろっとリーフィンの入隊も許可する。


「なにも知らない癖にポンポン決めるなって!」


「だってあの子、魔術師だろ? 違う?」


 エドガーが私に尋ねる。


「そうよ……」


「やっぱそうだよな! ルーナと同じようなローブ着てるし、なんか雰囲気がそれっぽいしな。

 ウチは魔術師がいないし、大歓迎だ!

 おーい! メイメイちょっと来てくれ!」


 エドガーがメイプルに向けて手招きする。

 なんというかこの男、自由だ。

 まるで台風のように周りをかき乱している。

 ウルディが額に手を当てて、天を仰いでいた。

 彼のような厳格な人物でも、エドガーの手綱を握るのは難しいらしい。


 ニャんニャのニャ~? とメイプルが小走りでやってくる。


「ルーナとリーフィンは、今日から『ツインナイト』の一員だから!

 名簿に付け加えておいてくれ」


 メイプルの尻尾がピンッと立った。


「ニャー!! 隊長サイコーだニャ!!」


「はっはっは。俺はいつだって最高だ」


「すぐ書いてくるニャ!」


 メイプルがギルドに向けて駆け出した。

 とりあえず、とこちらに向き直ると、エドガーがニカッと笑う。


「ようこそ、『ツインナイト』へ!」


 一瞬断ってやろうかと思ったりもしたが、個人的な感情で決めるのはよくないだろう。

 別に友達になるわけじゃないのだ。

 頑張って仲良くなる必要はない。

 あくまで仕事の関係だ。

 それ以上でもそれ以下でもない。

 

 こうして不服に感じつつも、私とリーフィンは『ツインナイト』に入隊した。

 

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