第17話 「入隊試験」

 ウルディの後に続いて、ギルド内を進んでいく。

 後ろからはリーフィンとメイプルもついてきていた。


 「二人はニャんで傭兵にニャろうと思ったニャ?」


 人懐っこい口調で、メイプルが話しかけてくる。

 メイプルと距離が近かった、リーフィンが答えた。


「お金を稼ぐため」


「でも傭兵は危険な仕事ニャ。強くないとなれないニャ」


「大丈夫。わたしたちは強い」


「まだ子どもなのにすごいニャ」


「わたしは子どもじゃない」


「そうニャのか?

 人間の年は外見じゃよくわからニャいニャ~。

 ちなみにいくつニャの?」


「77歳」


 私は思わず、ずっこけそうになる。

 リーフィンがそこまで年を取っているとは知らなかった。

 だが、千年も生きるというエルフの寿命を考慮すれば、まだまだ若い部類なのかもしれない。


「ニャハハ! リーフィンは冗談がうまいニャ!」


 メイプルはジョークだと思ったのか、楽しそうに笑った。

 変に怪しまれなくてよかったと、私は内心ホッとした。

 これで私たちの正体がバレたりしたら、洒落にならない。


 

 しばらく歩き、私たちはギルドの横にある、訓練場に到着した。

 外にあるため、直に太陽が照り付けている。

 肌を守るため、ローブを着てフードを被り直した。


 訓練場では傭兵たちが汗を流し、研鑽に励んでいた。

 剣を切り結んだり、弓で的を射る者もいる。

 ウルディはその中を通り、比較的空いた空間に移動した。

 私には、これから何をするのかなんとなく察しがいった。


「今からオレと剣の打ち合いをしてもらう。

 どうしても傭兵になりたければ、強さでオレを納得させてみろ」


 振り返ったウルディが予想していたことを言う。

 いわゆる入隊試験というヤツだろう。

 どれだけ言葉を連ねても、ウルディは納得しなかった。

 言葉ではなく、行動で示せと言いたいのだ。

 それにこの国は強さに重きを置いている。

 強ければどんな理由があっても受け入れてくれるだろう。


「わかった。私が勝ったら、『ツインナイト』に入れてもらうよ」


「いいだろう。約束する」


 ウルディは持っていた剣を、片方私に渡した。


「武器はそれを使え。問題ないだろ?」


 片手直剣ショートソードと呼ばれる武器だろう。

 しかし片手といっても、そこそこ重い。

 私と同じ年代の、ふつうの女の子であれば、振り回すのは難しいだろう。

 しかし吸血鬼になった今ならば、軽々と素振りすることができた。


「大丈夫だけど、これ真剣だよ?

 ケガしちゃうかもしれないけど、いいの?」


 渡されたものは稽古用の木剣などではなく、鉄でできた真剣だ。

 所々錆があるので、あまり手入れはされてなさそうだが、

 それでも切れないことはないだろう。

 

 私の言葉を聞いたウルディは、こめかみに青筋を浮かべた。

 そして一瞬で、切っ先を私に向ける。


「ふざけるな! これは遊びじゃねぇ! 殺す気で来い!」


 剣先が、私の喉元近くに触れそうになる。

 私は思わず生唾を飲み込んだ。

 ウルディからは本物の殺意を感じた。

 ルチア村でサキュバスが私に向けたのと同種の殺意。

 いや、その時よりもさらに濃いものだった。

 生半可な気持ちでは、本当に殺されかねない。


「わかった……。全力でいく」


 動揺を押し殺し、私は剣を構えた。

 ウルディはそれを見て納得し、幾分か私と距離を開ける。


 いつの間にか、周りには多くの傭兵が集まっていた。

 彼らは娯楽を楽しむように、私とウルディを見ている。


「おい!

 『ツインナイト』のウルディが人間とやり合うみたいだぞ!」


「あの人間、さっきジェイルにビビッてたガキだろ? 死んだな」


 などと散々なことを言う傭兵たち。

 彼らとは対称的に、メイプルは心配そうな声を上げた。


「ヤバいニャ~! 副隊長はめちゃくちゃ強いから、ルーナが死んじゃうかもニャ!!」


 それに対し、リーフィンは落ち着いていた。


「ルーナは強い。安心して見ていればいい」


 外野がざわざわしていたが、私は気にしている余裕はなかった。


 実際に対峙してみると分かるが、この男全く隙が無い。

 視線は私に向けられているが、仮に後ろからいきなり襲われても余裕で対応できるだろう。

 それだけ全方向に集中を張り巡らせていた。

 剣の柄を握る私の手に、汗が滲む。


 そもそもの話、私は剣など使ったことはなかった。

 実家から騎士団の訓練場が見えていたので、剣の振り方はなんとなく知っているが、実際に扱ったことはない。

 剣を握るのは、これが初めてのことであった。

 だが、今さらそんな言い訳を口に出すわけにもいかない。

 とにかく私にできることをするしかないのだ。


 まともに打ち合っても勝てないだろう。

 ならば時間をかけず、最短で倒すしかない。


 私は大地を蹴った。

 土煙が舞い、私はその中を疾駆する。

 腰だめに構えた剣を最速で振り抜いた。


 私の速度に、ウルディは目を見開いた。

 眼前に迫る剣を、上体を逸らしてどうにか回避する。

 切っ先がウルディの髪の毛を切り裂き、空中に数本髪が舞う。


「うおーッ! あの娘、速いぞッ!!」


 傭兵たちから驚きの声が上がる。


「すごいニャ! すごいニャ!」


「ね。言ったでしょ」


 メイプルも驚愕し飛び跳ね、その横でリーフィンがドヤった。


 しかし私の心中は穏やかではなかった。

 初撃で終わらせるつもりがだったが、

 まさか躱されるとは思わなかった。

 だが、ここで止まれば反撃を受けてしまう。

 とにかく動き続けなければ、やられるのはこちらだ。


 私は右足を軸に体を回転させ、その勢いのまま、もう一度横薙ぎに剣を振るった。

 しかしウルディはそれを予想していたのか、先ほどよりも余裕のある動きで背後に避ける。

 剣風がウルディの髪を揺らすが、ウルディの表情は変わらない。


 私は態勢を低くし、ウルディに迫る。

 剣を一閃。

 全力で振るった。

 

 しかしぬるりと、嫌な感触が腕に伝わる。

 私の剣が、ウルディの剣に受け流されたのだ。

 

 私の胴体ががら空きになる。

 ウルディは右足で、私の腹を蹴り飛ばした。


「げはッ!!」


 肺の中の空気を一気に吐き出し、私は吹っ飛んだ。

 周りで歓声が上がる。


「どうした? もう終わりか?」


 ウルディがこちらを見下ろした。

 腹を押さえつつ、私は立ちあがる。


「まだだ……!」


 私は再びウルディに立ち向かう。

 

 できうる限りの速さで、あらゆる角度に、

 果敢に剣を打ち込み続けた。

 それをウルディは、

 わずかに体をずらして躱し、

 甘い斬撃には剣で受け流し、

 体勢を崩した私に、

 容赦のないカウンターを喰らわせた。


「はあ……はあ……」


 私の剣は、すべて見切られていた。

 最初にウルディの髪を斬って以降、かすりもしていない。

 

 しかしそれも、当然かもしれない。

 私の身体能力は人並み以上だが、剣の腕は皆無に等しいのだ。

 熟達した剣の技術を持つウルディには、ただ速度が速いだけの、素人の剣にしか見えていないだろう。


「もう打つ手なしか?」


 ウルディが、私に問う。

 私にできることはもうないのか。


 ……いや、まだある。

 

 私は、吸血鬼。

 身体能力とは別に、突出した能力がまだある。


 私は、魔術を行使した。

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