第16話 「猫と狼」

 事務所の扉には看板が掛けられていた。

 剣を交差させた、二人の騎士が彫ってある。

 どうやらここが『ツインナイト』の事務所で間違いないらしい。


 扉をノックすると、「入っていいニャー」と声が聞こえた。

 ニャ? と疑問に思いつつ扉を開ける。


 目の前には、小さなテーブルと椅子が並んでいた。

 その奥には大きな机があり、大量の書類が山積みになっている。

 また部屋のサイドには武器や防具などの装備、また日用品や食料などが乱雑に置かれていた。

 パッと見ると、事務所というより倉庫に近かった。


「こりゃ、かわいいお客さんだニャ」


 奥の机に一人の人物がおり、書類の整理をしていた。

 こちらに歩いて来ようとしたが、足が机の角に引っかかり、

 大量の書類をぶちまけた。


「ギニャ――――ッ!!!!

 ヤバいニャ!! 怒られるニャ!!!!」


 そいつは慌てふためき、顔を青ざめさせた。

 なんだか騒がしい人物だ。


「手伝うよ」


 私とリーフィンはしゃがんで、散らばった書類を集める。


「助かるニャ~~~~!!」


 彼女は大げさに喜び、一緒に書類を集めた。

 書類を手に取りつつ、彼女を観察する。


 ツンと立った耳と長い尻尾。

 丸顔で目は大きく、鼻筋も通っているので可愛らしい顔つきをしている。

 どう見ても猫っぽいので、種族は猫人族ケットシーだろう。

 そして、なぜか非常に露出度の高い恰好をしていた。

 少し目のやり場に困る。


「あなた、名前はなんていうの?」


 無言のままというのも気まずいので話しかける。


「アタシはメイプルっていうニャ。

 二人はニャんていうニャ?」


「ルーナよ」


「リーフィン」


 私たちも自己紹介をする。


「メイプルは傭兵……なんだよね?」


「そうだけど、それだけじゃニャいニャ。

 アタシは傭兵兼、秘書なのニャ!」


 彼女は秘書の部分を強調して応えた。


「秘書という仕事は最高だニャ!

 もう秘書ってだけでカッコいいニャ!

 親や友達に『仕事はニャにしてるの?』って訊かれて、

 秘書って応える時が一番気持ちいいニャ!!」


 秘書がいかに素晴らしい仕事か、彼女は力説した。

 喋ることに集中しすぎて、もはや書類を拾っていなかった。

 こんなんで大丈夫なのだろうか。


 私が訝しげに彼女を見ていると、背後の扉が開け放たれた。


「なにやってんだーーッ!!」


 突然室内に怒号が響いた。

 思わず声が出そうなった。

 しかし私とリーフィンよりも、彼女の方が一番びっくりしていた。

 驚いてビクッと跳ねた彼女は、その勢いのまま土下座に移行した。

 おそろしく綺麗な土下座だった。

 彫刻にして飾ってもいいくらいで、美しさすら感じさせた。


「ほんとうにごめんニャさい……」


「メイプルさ、オレ言ったよな?

 帰ってくるまでに綺麗に片づけとけって。

 なんで出てった時より汚くなってんだ!?」


「違うのニャ……。これには山よりも高く、谷よりも深い理由があるのニャ……」


「言い訳は聞きたくない!」


 一喝され、メイプルと呼ばれた彼女は何も言えなくなってしまう。

 シュンとして、耳が垂れている。


「とにかく、すぐに片づけろ」


「……わかったニャ」


 メイプルは落ち込んだ様子で書類を集める。

 可哀そうだが、そもそも散らかしたのはメイプル自身なのでしょうがない。

 私達も引き続き拾おうとしたが、メイプルを怒鳴りつけた男が制止した。


「これはメイプルの仕事だから手伝わなくていい。

 それより、お前らはなんのようでここに来たんだ?」


「雇ってもらいに来たわ」


「傭兵として、だよな?」


「そうよ」


 男が値踏みするように私たちを見る。

 彼はメイプルより大きい耳に、フサフサな尻尾を持っていた。

 髪の毛は海のような深い藍色。

 狼人族ウェアウルフという種族だろうか。

 つり上がった目元が、神経質そうな印象を与える。


「わかった。

 まずは自己紹介といこう。

 オレはウルディという。

『ツインナイト』の副隊長をしている者だ」


「私はルーナ。

 こっちは仲間のリーフィンよ」


 私たちは軽く握手を交わす。


「立ち話もなんだし、座ろうか」


 ウルディに促され、私とリーフィンは椅子に腰かける。

 ウルディも私たちの正面に座ると、睨みつけるような視線を真っ直ぐ向けた。


「先ほどの一階でのやり取り、見させてもらった。

 虎人族ウェアタイガーのジェイルに恫喝されても、狼狽えない度胸は大したものだが、感心はしないな。

 なぜやり返さなかった?」


 どうやらあの場に、ウルディもいたらしい。

 あの筋骨隆々な虎男はジェイルというようだ。

 書類にもあったが、彼が『逆鱗轟雷』の隊長で間違いないだろう。

 嘘をつく理由もないので、私は正直に答えた。


「問題を起こしたくなかった。

 それだけよ」


「お前の考えはわかるが、あれはよくない。

 あれではナメられるぞ?

 茶髪の女はやり返そうとしてたからまだマシだが、赤毛のお前はダメだ。

 多少は言い返すべきだった」


 ウルディに説明されても、私はピンと来なかった。

 なぜナメられてはいけないのだろうか。

 おそれられるよりは、ずっといいと思ってしまう。

 納得しかねる私の顔を見て、ウルディは言葉を付け足した。


「いいか。お前はあの態度を取ったことによって、ジェイルや他のヤツらから『コイツはビビッてなにもできない弱虫だ』と思われた。

 そういうヤツはいいカモになる。

 ストレス発散にちょっかい出されたり、金をせびられるかもしれない。

 最悪、騙されて死ぬこともある。

 オレは何人か、そんなヤツを見てきた。

 ナメられた者の末路は悲惨だ。

 だから傭兵は、決して下手に出ない。

 例え力で劣っていようと、堂々と構えて相手と対等に見せる必要があるんだ。

 お前のように甘いヤツは、傭兵に向いてない。

 死にたくなかったら、さっさと帰れ」


 ナイフのように鋭い言葉が、私に刺さる。

 刺々しい言い方だが、どこか私を試しているようにも感じた。

 リーフィンがなにか言い返そうとしたが、私が目で訴え、制止させた。

 これは私の問題だ。

 私が答えなければ、ウルディは納得しないだろう。


 どう説得するか考えていた時、メイプルが横から口を尖らせた。


「副隊長言い過ぎだニャ! ルーナが可哀そうニャ!

 この子たち可愛いから仲間にニャって欲しいニャ!!」


「お前は黙って掃除してろ!」


「そんニャ~……」


 ウルディに鋭く返され、メイプルはすごすごと引き下がった。

 秘書を自慢していた時の威勢は、見る影もなかった。

 ただの雑用では? と思ったが、口には出さない。

 それより今は、ウルディになんと返答するかだ。


 ウルディの叱責は、初対面の私にも容赦なかった。

 不快に感じたが、本心から言ってるということは、

 痛いほど伝わってきた。

 しかし、私はここで引き下がるわけにはいかない。

 私には復讐という、果たすべき目標がある。

 こんなところで、躓いている暇はない。

 

「私も、ここに遊びに来たわけじゃない。

 私は、死んでも成し遂げなきゃいけない目的がある。

 だから、絶対帰らない」


 私はハッキリと断言した。

 ウルディは私の心の内を探るかのように、強い眼差しを向ける。

 私は堂々とした態度を崩さないようにした。

 ウルディの視線は、それでも緩むことはなかった。

 椅子から立ち上がると、私に向けて言い放った。


「そうか。

 ならばその覚悟が本物か、テストさせてもらう。

 オレに付いてこい」


 ウルディが部屋にあった剣を持って、扉から出る。

 この事務所ではできないことらしい。

 剣を持って行ったし、生優しいテストではないだろう。

 

 私は覚悟を決めて、ウルディの後をついて行った。

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