第15話 「傭兵ギルド」

 傭兵ギルドにはたくさんの人がいた。

 静かに剣を砥ぐ者。

 酒を飲み騒ぐ者。

 魔物の素材を整理する者。

 様々な種族が、各々自由に振舞っている。

 ただ全員に共通しているのは、身に纏うヒリヒリするような剣呑さだ。

 全員がなにか、危険な雰囲気を持っていた。


 人数が多いからか、この建物内は妙に蒸し暑かった。

 もしかしたら傭兵たちの熱気が影響しているのかもしれない。

 太陽も遮られているので、私はローブを脱いだ。

 リーフィンも同じようにローブを脱ぐ。


 すると、ギルド内の傭兵たちが一斉にこちらを凝視した。

 なんだろう。

 なにかまずいことをしてしまったのか。


 怪訝に思っていると、傭兵の中から一人、男が出てきた。

 険しい顔で、こちらにズカズカと近寄ってくる。


「おいガキ共! ここになんの用だ?」


 その男は私たちの目の前に立ち塞がり、声を荒げた。

 見上げるほどの巨漢で、肩幅は広く胸板は分厚い。

 真っ白な髪の毛と所々にある黒い縞模様が印象的だ。

 威嚇するように、太い尻尾をゆらゆらと揺らしている。

 彼はおそらく虎人族ウェアタイガーだろう。

 腰に帯刀する大剣は、私の身長と同じくらいの大きさだった。

 かなり重そうだが、この虎男の筋肉量ならば、軽々と振り回せるだろう。

 目つきは鋭く、私たちをねめつけるように見下ろしている。


 そこで理解した。

 この虎男を含め、傭兵たちは私たちのような華奢な女の子が来たことに、疑問を抱いたのだ。

 辺りを見回しても、ごつい男ばかりで女性すらほとんどいない。

 確かにこれは目立っても仕方がない。

 

 しかし私たちは冷やかしに来たわけでも、遊びに来たわけでもない。

 傭兵になりに来たのだ。

 私は虎男を見上げながら、堂々と答えた。


「傭兵として、雇ってもらいにきたわ。

 受付はどこでしてるの?」


 それを聞いて、虎男は眉間にシワを寄せた。

 そして私の胸倉を掴むと、軽々と持ち上げた。


「ふざけてんのか!

 お前らみたいなガキが、傭兵なんて勤まるわけないだろ!!」


 怒鳴りつけるように叫ぶ。

 ギルド内がシンと静まり返った。

 全員がこちらに注目している。


「落ち着いて」


 私は静かに言う。


「落ち着いて。リーフィン」


 小杖ワンドを抜いたリーフィンが、その先端を虎男に向けていた。


「今すぐルーナを離して。

 でないと、その腕を切り飛ばす」


「調子に乗るなよクソガキ!」


 虎男が激怒する。

 一方で、私の心中は冷静そのものだった。

 胸倉掴まれた程度で怒ったりはしない。

 騙されて両親を殺されたり、後ろから心臓を剣で貫かれたわけじゃないのだ。

 このくらいかわいいものだ。


「リーフィン、この国に入る前に私が言ったこと、覚えてる?」


 目立って問題を起こしたくない――。

 私はそうリーフィンに説明した。

 だからこそ、わざわざ人間に化けたのだ。


「覚えてる……」


「それなら杖を下して」


 リーフィンは渋々小杖ワンドを収めた。

 それを確認した後、私は虎男にもう一度尋ねた。


「私たちは争うつもりはない。

 受付はどこにあるの?」


 虎男は私を睨みつけるが、私は怯むことなくその目を見返す。

 しばし視線が交錯する。

 虎男は舌打ちをして、私の胸倉を離した。


「チッ! 腰抜けどもが!

 お前らみたいな弱虫が、一番ムカつくんだよ!

 二階にあるから勝手に行きやがれ!!」


 虎男は吐き捨てるように叫んだ。

 そしてぶつくさ文句を言いながら、その場から去って行く。

 それで興味を失ったのか、私たちを見ていた他の連中は自分の作業に戻った。


 ふぅ、と短く息を吐く。

 静かだったギルド内に、喧騒が戻っていく。

 その騒がしさが耳に入ってくると、ふと気づいた。

 誰も止めに入らなかったな、と。

 助けて欲しかったわけじゃないが、「おい、その辺にしておけよ」くらいは言ってくれてもよかったのではないか。

 これが日常茶飯事なのか、それともみんなあの虎男と同意見なのか。

 甘い世界ではないことを再確認し、私は気を引き締めた。


「いいの? あのままで」


 リーフィンが近寄ってきて、私に問う。


「やり返して変に目立ちたくないでしょ?」


「すでに目立ってた」


「大丈夫。もう誰もこっち見てないから。

 さあ、受付してこよ」


 私はリーフィンを安心させるようになだめた。

 人間の姿なら問題ないと思ったが、それでも突っかかってくるヤツはいるものだ。

 吸血鬼とエルフのままだったら、もっと違うトラブルがあったかもしれないし、気にしすぎてもしょうがない。


 私とリーフィンは二階へと上がった。

 窓口らしきものがあり、犬人族コボルトの利発そうな男が受付をしていた。


「傭兵になりたいんだけど、雇ってもらうことってできる?」


「可能でございます。ではこちらの用紙に記入をお願いします。

 文字が書けない場合は、口頭で言っていただき、私が代筆いたします」


 私もリーフィンも文字が書けるので、用紙を受け取った。

 渡された紙には、名前や年齢、出身地などの個人情報を書く欄があった。

 ここなら正直に書いても、流星がいるフォルクリーフ領まで伝わることはないだろう。

 さらさらと書いていき、受付に渡した。


「それでは、傭兵業の説明を簡単にさせていただきます」


 受付の犬人族コボルトは、慣れた様子で概要を述べた。

 曰く、傭兵とは国や国民からの金銭等の利益を受け取る代わりに、様々な仕事をしてもらう、なんでも屋のような存在らしい。

 そして傭兵は、獣王国ビースガルドの軍事組織の傘下になる。

 この軍事組織は百獣軍団と呼ばれ、正規軍には赤獅子隊、白虎隊、黒狼隊があり、その下に無数の傭兵隊が形成されている。

 戦争が起きた場合、基本的には正規軍だけで戦うが、場合によっては傭兵が駆り出されることもある。

 

 しかし近年、傭兵隊が呼ばれることはほとんどない。

 なので傭兵は、国内またはその近辺での仕事が中心となる。

 内容は多岐に渡り、護衛や暗殺、果ては落とし物探しや店番までなんでもありだ。

 

 だがその中で最も人気で重要な仕事は、迷宮の魔物討伐だ。

 この国のそばにあるアルケイド山脈には、アリの巣型の迷宮があり、

 そこから魔物が時折出てきてしまう。

 そうなると国民にも被害が出たり、この国に来る商人や観光客の数が減る。

 その為、迷宮へと入り、魔物を駆除することが必要となるらしい。

 

 迷宮の魔物討伐が人気な理由は報酬が高いこと、

 そして強い魔物を倒すことで正規軍に入りやすくなるからだ。

 傭兵たちは大なり小なり正規軍に入ることを目標としている者が多い。

 強さの証明は、国に認められる最短の道なんだとか。

 ここでも獣王国の弱肉強食の特徴が色濃く出ていた。


 「以上が傭兵業についての説明です。

 なにかご質問等ございますか」


「いえ、ありません」


 これ以上長い話をされても、覚えられる気がしなかった。

 だが、ある程度傭兵について理解することができた。


「でしたら、次は傭兵隊についてです。

 危険な仕事も多い為、一人での活動は基本的に許可しておりません。

 規定として、最低でも四人以上の隊を形成していただきます。

 あなた方ではお二人足りないので、新しく探すか、既存の隊に加入していただく形になりますが、どちらになさいますか?」


 丁寧な口調で問われ、私は顎に手を当てた。

 二人探すのは、なんだかんだ骨が折れそうだ。

 私たちは新米で実績もないし、勧誘しても誰も入ってくれないかもしれない。

 同じ新米同士なら組めるかもしれないが、傭兵の仕事に慣れていない者同士では後々苦労しそうだ。

 それなら、既存の隊に入った方が、教えてもらいながら仕事ができるだろう。


「そしたら、既存の隊を紹介してほしい」


「かしこまりました。

 現在、こちらの二つの隊が募集を掛けております」


 見せられた書類には、二つの隊の特徴が書かれていた。


 一つ目は、『逆鱗轟雷』

 計四人の隊で、かなりの武闘派集団。

 隊長は虎人族ウェアタイガーのジェイル。

 他は虎人族ウェアタイガーが一人、狼人族ウェアウルフが一人、鬼人族オーガが一人だ。

 仕事はすべて魔物討伐を受けていた。

 求める人材は、力があり気骨のある者。


 二つ目は、『ツインナイト』

 計四人の隊で、『逆鱗轟雷』とは違って慎重派。

 隊長は狼人族ウェアウルフのエドガー。

 他は狼人族ウェアウルフが一人、猫人族ケットシーが一人、豚人族オークが一人だ。

 仕事は雑務から魔物討伐まで幅広く受けている。

 求める人材は、協調性のある者。



 傭兵になったのは、そもそもお金を稼ぐためだ。

 一番儲かるのは魔物討伐らしいので、『逆鱗轟雷』の方が稼げそうだ。

 しかし求める人材に、力があり気骨のある者、とある。

 リーフィンは魔力はあるが、力はないので、加入できないかもしれない。

 

 一方、『ツインナイト』が求めるのは協調性のある者だ。

 私とリーフィンは別にワガママではないし、問題ないだろう。

 それに『ツインナイト』は穏健派らしいので、居心地はよさそうだ。

 

 リーフィンにもどちらがいいか訊いてみたが、どっちでもいいとのことだった。

 もはや書類を見てすらいなかった。

 信頼されているのやら、適当なのやら。

 まあ、それなら迷うことはなかった。


「そしたらこの『ツインナイト』で」


「かしこまりました。

 あちらに彼らの事務所がありますので、まずはお会いしてみてください。

 隊長から入隊の許可をいただけましたら、正式に加入となります」


 私たちは受付の犬人族コボルトにお礼をした後、指示された事務所へと足を運んだ。

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