第14話 「獣人の国」

 村をいくつか経由し、物資を補給しながら進んでいき、

 ようやく私たちは獣王国ビースガルドに到着した。


 城門前には、何人か人が並んでいた。

 入る際、門衛が入国税を徴収したり、

 軽い身体検査をしていた。


 私はそれを見てしばし考えた後、

 リーフィンに耳打ちした。


「あのさ。

 容姿を変える魔術で、人間に変装しない?」


「なんで?」


 リーフィンは当然の疑問を口にする。


「前回のルチア村では、私たち、吸血鬼だー、エルフだー、

 って、種族で散々な目にあったでしょ?

 ここでも同じようなことが起きたらめんどうだし、

 それならいっそ目立たない容姿になった方が、

 変なことに巻き込まれなくて済むでしょ?」


「うーん。まあいいよ」


 リーフィンは、あまり悩まず受け入れてくれた。

 彼女にとっては、どうでもいいことだったのかもしれない。

 しかし私にとっては重要なことだった。


 もう化け物だとか、悪魔だとか、

 いきなり罵られるのは耐えられなかった。

 事前に問題を避ける手段があるなら、

 やっておくに越したことはない。


 近くの草陰に隠れてから、

 リーフィンの魔術を受ける。


 私の容姿は、以前人間だった頃の姿にしてもらった。

 バラのような赤い髪に、灰色の瞳。

 尖った歯も人間時の状態に戻してもらう。

 ちょっと前までこの姿で生きていたのに、

 もう懐かしく感じた。

 しかし見た目は戻っても吸血鬼の能力や弱点はそのままなので、

 陽の光を浴びると肌がピリピリと痛んだ。

 なのでしっかりとローブを着込み、フードも被った。


 リーフィンも自身に魔術をかける。

 特徴的な長耳を人間の耳に変化させ、

 金髪碧眼は亜麻色の髪とダークブラウンの瞳になっていた。

 それ以外は特に変えてな――


「なんでちょっと胸大きくさせてるの?」


 彼女の胸がたわわに実っていた。


「エルフは貧乳の運命さだめからは決して逃れられない。

 せっかく人間になったから、憧れの巨乳になってみた」


「ならんでいい!

 目立ちたくないってさっき言ったでしょ!」


「えー」


「えー、じゃない!」


 ブーブー文句を言っていたが、最終的にはしぼませた。

 胸が大きいと余計なトラブルが起きる恐れがある。

 変なことして事件に巻き込まれるのは真っ平御免である。


「さ、行くよ」


 こうして私たちは人間として、獣王国に入国した。



 


 獣王国ビースガルド。

 ここは獣人国家だ。

 獣人というのは獣と人間、二つの特徴を併せ持つ存在である。

 人間のように二足歩行で言語を扱う一方で、

 獣のような耳や尻尾を持っている。

 一部の人間からは、所詮魔物に過ぎないと差別されることもあるらしい。

 しかしきちんと向き合って対話すれば、

 ただ襲い掛かってくる魔物とは違うことに気づけるはずだ。


 この国の種族は主に、猫人族ケットシー犬人族コボルト狼人族ウェアウルフ虎人族ウェアタイガー

 そして獅子族レオーネの5種類である。

 弱肉強食がこの国の基本理念なので、

 ハッキリと上下関係が分かれている。


 猫人族ケットシー犬人族コボルトが階級的には一番下。

 狼人族ウェアウルフ虎人族ウェアタイガーが真ん中。

 獅子族レオーネが一番上だ。


 そして国王は獅子族レオーネである、獅子王リオンザード。

 ドラゴンを一撃で屠ったとか、

 一万の軍勢に一人で挑んだとか、

 様々な逸話がある。

 噂が独り歩きしてるので真実かどうかは眉唾だが、

 この国で最も強いということだけは確かだ。

 最強故に、王。

 この国は強さを根幹として成り立っているのだ。

 

 

 リーフィンが食しか知らなかったので、

 門衛に色々聞いた。

 そんなことも知らずに来たのか! と、突っぱねられるかと思ったが、

 自慢げに鼻を鳴らして答えてくれた。

 ブンブン尻尾を振っていたし、人になにかを教えるのが好きなのかもしれない。


 城下町は活気にあふれていた。

 獣人ばかりかと思ったがそんなこともなく、

 ふつうの人間も多くいたので、

 私たちが浮くことはなかった。

 人間だけに留まらず、様々な人種が闊歩している。

 鉱人族ドワーフ豚人族オーク蜥蜴人族リザードマンから鬼人族オーガまで多種多様だ。

 こんなに多種族が一堂いちどうかいすれば、

 争いの一つでも起こりそうだが、町は平和そのものだ。


 それもそのはず。

 町の各所に配置されている警備兵。

 彼らの存在がこの平和を作り出している。


 大柄な体格に、理知的な瞳。

 背中でなびかせる立派なたてがみは、

 王者の風格を醸し出していた。

 おそらく種族は獅子族レオーネだろう。

 その身を包む金色こんじきの甲冑は、

 彼らの存在をさらに際立たせていた。


「めちゃくちゃ強そう……」


 リーフィンが警備兵を見てボソリと呟いていた。

 あれを見たら恐ろしくて、喧嘩などできないだろう。


 歩いていると、至る所から食べ物の匂いがしてきた。

 ちらっと店を覗いてみると、紫色の肉っぽい何かが入ったスープが見えた。

 それまた隣を見てみると、サラダから植物のツルが伸びて襲われながら食べている人がいた。

「店長、これ活きが良すぎるよ!」と文句を言っている。


 うん……見なかったことにしよう……。


 私はすべてを忘れ、そっと目を逸らした。

 だが、隣にいたリーフィンは目を逸らしてなかった。

 むしろ数々の珍味に釘付けになっていた。

 口から涎が垂れている。


「よーし! まずは宿を探さないとね!」


 私はリーフィンの手を強引に引っ張り、

 飲食街から急いで離脱した。



 中心街に近いほど宿の値段は上がる。

 お金はあまりないので、

 私たちは町のはずれにある宿を取った。

 

 荷物を置き、私は宿の主人に尋ねた。


「私たち仕事を探してるんだけど、稼げる仕事があれば教えて欲しい」


 宿の主人は、ちらりと私たちに目を向ける。


「その恰好。君たちは魔術師かなにかか?」


「まあそんな感じ」


「ふむ。それなら魔法店、錬金術店はどうだ?」


「そういう店行ったことないからよくわからないんだけど、

 具体的に何をするの?」


「魔法店なら魔導具や魔法陣の作成。

 あとは使い魔の世話かな。

 錬金術店は、回復薬や解毒薬なんかの薬の調合、

 それと材料の調達といったところだろう」


「リーフィンはどう思う?」


 聞いても判断がつかなかったので、リーフィンの意見も参考にする。

 魔術関係なら、彼女の方が断然詳しい。


「魔法陣の作成ならできる。

 他は経験ないけど、魔力があるわたしたちなら、教わればできると思う」


 リーフィンはいつも通りの無表情で応えてくれた。

 話を聞く限り、ほぼ一から学んでいくことになりそうだ。

 急いでるわけではないが、あまりのんびりするつもりもない。

 私はできる限り早く、あの地獄のような悪夢から解放されたかった。


「もっと他に、手っ取り早く稼げる仕事はないの?」


 そう訊くと、宿の主人は逡巡し、迷うように言った。


「あまりおすすめはしないが、一つだけある」


 その仕事は、人間の女の子には不釣り合いなものだった。

 お金は稼げるが、野蛮で、危険な仕事だったのだ。

 しかし私たちはふつうの人間ではない。

 膨大な魔力を持つ、吸血鬼とハーフエルフなのだ。

 高い戦闘力を持つ私たちに、打ってつけの仕事だった。

 

 宿の主人に場所を教えてもらい、

 装備を整えた私たちは、その場所に向かった。


 

 城下町の中央通りをまっすぐ進んだ先に、その建物はあった。

 町中の家と比べてもかなり大きく、荘厳な雰囲気を漂わしていた。

 焦げ茶色の木材で作られており、屋根はわずかに青みがかっている。

 正面入り口にある看板には、獣が剣と盾を持った姿が彫られていた。

 そして入り口の扉からは、物騒な気配を持つ戦士が出入りしていた。


 ここは百獣軍団と呼ばれる軍の組合所。

 また、傭兵ギルドとも呼ばれている。


 

 私たちは、傭兵になることにした。

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