第13話 「終わらない悪夢」
「ヒャッハ――――ッ!!
女二人だけとは不用心すぎるぜェーーッ!」
「お頭ァ! こいつらかなりの上玉ですぜッ!」
「フハハ! どれ、味見してやるかッ!!」
私たちの前に、薄汚れた身なりの盗賊のような男たちが、三人現れた。
ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、ナイフを舌でぺろぺろしている。
汚くないのだろうか。
「『ᚠᛚᚪᛗᛖ ᛒᚪᛚᛚ』」
私の掌から炎の球体が射出された。
盗賊たちの頭の横を通過し、奥の木を何本かへし折る。
盗賊たちはゆっくりと後ろを振り向き、額からつつぅと汗を垂らした。
「新しい火魔術?」
リーフィンが眠そうな目で尋ねる。
「そう。昨日覚えたんだよね。
だけど思ったところに飛ばなかったわね」
「ただ詠唱するだけじゃダメ。
熱量、大きさ、速さ、着弾までの軌道、
しっかり頭の中でイメージするといい」
「なるほど。よし、もう一度」
私は再度掌を前にかざす。
「「「す、すいやせんっしたァ――――ッ!!!!」」」
盗賊たちは平謝りすると、
脱兎のごとく私たちの前から去って行った。
彼らの背中を眺めつつ、私は深くため息を吐く。
「魔物は襲ってこないけど、人間は来るんだよね……」
「人間から見れば、わたし達はただの女の子にしか見えない」
「屈強な男に変身する魔術とかないの?」
「ちょっとだけ容姿を変える魔術ならできる。
ただ、性別や体格は変えられない」
「それじゃあ意味ないね……」
一刻も早く、『変身』の能力を使えるようになりたい。
このような手合いをいちいち相手にするのは、実に不快であった。
今日は日没までに村に着くことができた。
宿を借りて、久々にベッドで寝ることができる。
寝袋も悪くはないのだが、
やはり野宿だと魔物や盗賊を警戒しなければいけない為、
常に気を張る必要がある。
室内であれば、比較的安全といえるだろう。
私たちは宿の一階にある酒場で夕食をとった。
メニューは豆のスープとスパイスの効いた焼き鶏である。
私はスープをすすりつつ、今後についてリーフィンと話す。
「結構歩いてきたけど、霧の国まではまだまだ距離があるね。
今のところ順調だけど、宿に泊まったり、日用品も買ってるから、ルチア村でもらったお金が心もとなくなってきたんだよね。
だからどこかでお金を稼ごうと思うんだけど、なにかいい案ってある?」
私がそう質問して、リーフィンに目を向けると、
彼女は口いっぱいに鶏肉を頬張っていた。
口の周りがべとべとになっている。
前から思ってたけど、この子食べ方汚いな……。
私は貴族だったから食事のマナーは両親から習っていたが、
この子は誰からも習っていないのだろうか。
「この先に獣王――むぐう。
なに、いきなり……」
我慢ならないので口を拭ってやった。
「口の周りに食べかすがついてたから気になっちゃって。
食事が好きなら綺麗に食べることを心掛けてね。
美しさは行動からにじみ出るものよ」
「わたしすでに美しいけど」
「そういうのは自分で言っちゃダメ……。
今のままじゃ残念エルフだよ」
「――ッ! 最高エルフになりたい」
「それなら食事のマナーには気をつけて。
まずはゆっくり食べること。
それと、口は閉じて咀嚼することを意識してね」
「わかった」
リーフィンはそこから私の言いつけ通り食べ出した。
こうして静かに食べてると、確かに彼女は美しい。
まつ毛は長いし、白い肌は新雪のようにきめ細やかで綺麗だ。
血色がよくて、ほんのりと頬が赤く染まっているのが、
彼女の可愛らしさを際立たせている。
酒場の男性に限らず、女性もこちらをチラチラ見ているのは、
リーフィンの容姿が原因だろう。
私を見る目があるような気もするが、まあ気のせいだろう。
――っと。話しが途中だった。
「それで、さっきの続きだけど、なにを言おうとしてたの?」
「そうだった。
ここから少し行ったところに、獣王国ビースガルドがある。
大きな国だし、仕事も多い。
そこで稼ぐのはどう?」
「なるほど。いいかもしれない。
ちなみにどんな国なの?」
「獣人国家で、弱肉強食があの国の基本理念。
果実の生産量が高くて、特産品として有名。
特に、果実酒は絶品だと、聞いたことがある。
あとは、あの国の迷宮では強い魔物がよく出て、
それを調理した魔物料理が盛んらしい。
ゲテモノ料理として人間には忌避されてるけど、
わたしは一度食べてみたい」
「いや、食の情報が多いよ!」
後半ほとんど食のことしか喋ってなかったぞ。
獣人国家で、弱肉強食としかわからなかった。
このエルフは、欲求をすべて食に捧げているのではないだろうか。
だがお金を稼ぐために仕事をするというは至極真っ当で、確実な手段だ。
食が豊かというのは、それだけ生活が潤っている証だ。
生活が整っていれば、国の治安も良いだろう。
「まあ私も美味しいものは好きだし、
お金を稼がないといけないから行ってみようか」
「やったー」
こうして次の目的地は獣王国ビースガルドに決まった。
私は真っ暗な廊下を歩いていた。
人の気配はせず、空気が冷え切っている。
明かりがなくて、何も見えない。
おかしい。
私は吸血鬼になったはずなのに、夜目が効かなかった。
「お父様! お母様!」
暗闇に呼びかけるが、返事は返ってこない。
ここは寒くて、寂しくて、
そして、なんだか恐ろしかった。
独りは嫌だったから、両親を探した。
果てしなく長い廊下を進む。
一寸先は闇だが、足を動かし続けた。
やがて水滴が落ちる音がした。
とある部屋から聞こえてくる。
扉の隙間から、わずかに光が漏れていた。
私はこの部屋の中を、知っている。
開けるな!!
と、心の中の私が叫んだ。
しかし身体は言うことを利かず、ドアノブを回した。
血溜まりの中で両親が死んでいた。
中央に立つのは黒い悪魔。
こちらを見て、口端を吊り上げた。
私は逃げた。
長い廊下を必死で走った。
気づくと後ろから騎士たちが私を追いかけていた。
悪魔だ、殺せ、化け物、死んでしまえ――。
騎士たちが口々に叫ぶ。
目から涙が溢れた。
私の息はすぐに荒くなった。
全身が鉛のように重い。
どれだけ必死に走っても、ちっとも前に進まなかった。
私は疲れてしまって、もう走れなかった。
立ち止まった瞬間、背後から剣で貫かれた。
振り向くと黒い悪魔――流星がいた。
『気持ち悪いぜ、お前』
「うわああぁぁ――ッ!!」
私は飛び起きた。
全身から嫌な汗が吹き出ていた。
瞳から、ぽたぽたと涙が流れ落ちる。
呼吸が荒く、胸が苦しい。
「だ、だいじょうぶ……?」
リーフィンが心配そうに私を見つめている。
落ち着け、私。
落ち着いて、深呼吸をしよう。
そう自分に言い聞かせ、
深く息を吸って、ゆっくりと吐き出した。
「……」
すると、あれほど激しかった心臓の鼓動が、
嘘のように落ち着いた。
自分でも驚くほど、一瞬で平静を取り戻した。
「なんか……怖い夢を見てたみたい。
驚かせてごめんね」
「尋常じゃないくらいうなされてたけど、
本当に大丈夫?」
「もう大丈夫だよ」
私はにっこりと微笑む。
リーフィンはなにか言いかけたが、
結局それ以上何も言わず、
再び床についた。
あの地獄の夜以来、
この悪夢を頻繁に見ている。
起きる度に、心が壊れるほど苦しくなった。
人間の時なら、精神が持たなかったかもしれない。
しかしゆっくり深呼吸をすると、自分でも怖いくらい冷静になった。
もしかしたら心も化け物になっているのかもしれない。
何も感じない、化け物に――。
この旅は、そもそも流星を殺すための旅だ。
人間のままでは正気を保てない。
流星をも殺せる、冷酷な吸血鬼に、私はならなければならない。
窓から見える、おぼろげに光る月を眺めながら、
私はこの旅の目的を再確認した。
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