第二章 獣王国ビースガルド編

第12話 「二人旅」

 目指すは霧の国ラキュア。

 東方の地、アンデッドに囲まれた廃都の中央に、吸血鬼の住む城がある。

 ただ、ルチア村からはかなりの距離がある。

 私は旅をするのも初めてだし、不安は多い。

 中継地点の村で物資を補給しながら、安全にゆっくり行こうと思う。


「待って…………早い…………」

 

「……」


 振り向くと、はるか後方でリーフィンが息も絶え絶えで歩いているのが見えた。

 ゆっくり行こうとは言ったものの、さすがに遅すぎる。


「夜までに次の村に行こうって言ったのはリーフィンじゃん!」


「言ったけど……体力の、限、界…………」


 そのままパタリと倒れるリーフィン。

 私は思わず両手で顔を覆った。

 

 こんな調子で、リーフィンは道中何度か倒れ伏している。

 確かに、何時間も歩くのは体力的にきつい。

 私が疲れてないのは吸血鬼の体質も関係しているだろう。

 だが、それ抜きにしてもリーフィンは体力がない。


「エルフは魔力量は多いけど、体が弱くてあんまり体力ない」


 リーフィンは近くにあった倒木に腰掛け、弱々しい声でそう言った。

 私も隣に座る。


「それじゃあエルフは旅行とか大変だね」


「エルフはほとんど故郷から出ない」

 

「故郷でなにしてるの?」

 

「なにもしてない」


 リーフィンはあっけからんとして言った。

 いやいや、と私は否定する。

 

「なにもしてない、なんてことはないでしょ。

 食事の為の狩りをしたり、友達とお喋りとかはするでしょ?」


 私の問いに、リーフィンは首を振った。


「食事は、森に生えてる果物や野菜をそのまま食べる。

 料理はしないで、生で。

 誰かと話すこともほとんどなくて、みんな精霊と交信してる」


「かなり質素な生活だね」


「面白くは、ない……」


 でしょうね、と私は苦笑する。

 エルフという種族は、話を聞く限り、淡白な生物らしい。

 料理どころか、雑談もしないとは……。

 そうなると気になるのは、その精霊の交信とやらだ。


「そしたら、その精霊と交信っていうのは、

 なんの意味があるの?」


 私の問いに、リーフィンはつまらなそうに答えた。


「魔力をもらうため。

 食事をあまり取らない分、魔力で補ってる。

 だからエルフの寿命は、数百年から数千年まである」


「すうせ……!」


 私は驚きのあまり体が固まった。

 途方もない数字だ。

 長寿な生物だと知ってはいたが、そこまで長生きするとは知らなかった。

 驚く私を、リーフィンがジトっとした目で見る。

 

「びっくりしてるけど、ルーナも吸血鬼だから同じくらい生きる」


「吸血鬼もそんなに長生きなの?」


「高い魔力を持つ生物は、大体長生き」


 私は唖然とした。

 数千年後の自分なんて、想像すらできない。

 私は十年後でも、遠い未来だと感じてしまう。

 体は吸血鬼でも、感覚は未だ人間らしい。

 だがそう考えると、エルフがなぜ質素な生活をするのかわかる気がした。


「確かに、それだけ長く生きれば、雑談することもなくなっちゃうね」


 私の言葉に、リーフィンは無表情で答える。


「それもあるけど、そもそも欲求そのものが無くなってく。

 ほとんど植物みたいなもの」

 

「それって、なんだか寂しいね……」


 私は同情するような口調で返す。

 しかしリーフィンはさらっとおそろしいことを口にした。

 

「寂しいという感情すら無くなっていくから平気」


 それを聞いて、私はなにも言えなくなってしまった。

 そこまでの状態になってしまったら、生きてる意味はあるのだろうか。

 リーフィンの言う通り、人間というより植物に近い印象を受けた。

 しかし、話を聞いていて、ここで一つ疑問が浮上した。


「それにしては、リーフィンはなんというか……人間らしいよね」


 食事をなによりも楽しみにしてるし、故郷から出て旅もしている。

 エルフの特徴とは合致していなかった。


「わたしは人間とエルフの間に生まれた、ハーフエルフだから」


 私は、えっ、と口を開いた。


「ハーフエルフだったんだ。全然気付かなかった」


「純血のエルフとの違いは、耳の長さくらい。

 気づかなくてふつう」


 なるほど、と私は合点がいったように頷いた。


「ハーフエルフだから、人間らしいところが多いんだね。

 寿命が長くて、欲求もあるわけだから、

 二種族のいいとこ取りじゃない?」

 

「いいとこ取り、ね……」


 私の言葉を聞いたリーフィンは、どこか遠い目をした。

 その横顔には、暗い影が指しているように見えた。

 しかしすぐに表情を変えると、すくっと立ち上がった。


「休憩終わり。そろそろ行こ」

 

「え……あ、うん」


 突然リーフィンは会話を切って、歩き始めてしまった。

 まるで、それ以上は話したくないと言っているように感じた。

 感じたというか、実際話したくないのだろう。

 

 だが、人には秘密にしたいことの一つや二つあるものだ。

 私だって、フォルクリーフ領の出来事を積極的に話したいとは思わない。

 変に深堀されて、トラウマを刺激されたくないからだ。

 おそらくリーフィンも同じ気持ちだろう。

 私はそれ以上質問せず、黙ってリーフィンと並んで歩いた。



 結局、陽が沈む前に次の村へは着かなかった。

 仕方がないので野宿をすることにした。

 

 薪を置き、火をくべる。

 火は魔術で作り出した。

 最初火力調整を間違えて、消し炭にしてしまった。

 どうにもまだ上手くコントロールができない。

 

 パチパチと火の粉が舞うのを眺めつつ、ぼそりと呟いた。


「そういえば今日、魔物に襲われなかったね」


 寝袋を用意してたリーフィンは、こちらを見ずに応える。


「この辺りの魔物は弱い。

 わたしたちには勝てないと、野生の勘でわかる」


「見た目は人間と変わらないのに、わかるものなの?」


「魔物は見た目だけじゃなく、魔力も見てる。

 わたし達の魔力量はかなり多い。

 無策で突っ込んでくるほど、魔物はバカじゃない」


 欠伸をしながらリーフィンは言った。

 リーフィンの説明で、私は過去の出来事が想起された。

 フォルクリーフ領からルチア村への道中のことだ。

 そこでは今回と同様に、一度も魔物に襲われなかった。

 たまたまかと思ったが、どうやら魔物は私がただの人間ではなく、吸血鬼だと勘づいていたようだ。

 

 しかし逆に言えば、私たちを襲ってくる魔物がいれば、

 そいつは勝てる算段がついているということだ。

 もし襲われることがあれば、十分注意しよう、と心に決める。


「わたしは限界だから寝る。

 それまで見張りお願い。

 ある程度時間が経ったら、交代」


「わかった」


 リーフィンがそう言い終わるや否や、スースーと寝息が聞こえてきた。

 相当疲れていたらしい。

 私はまだまだ元気が有り余っているので、眠気も特になかった。

 

 

 しばらくたき火をボーっと眺めていたが、段々と退屈に感じてくる。

 森は静かなもので、魔物どころか野生の獣が出てくる気配もなかった。

 手持無沙汰になった私は、暇なので魔術の勉強をすることにした。

 

 魔術を覚えるには、魔導書を解読する必要がある。

 リーフィンはいくつか魔導書を持ち歩いていたので、その内の一つを借りた。

 この本には火、水、土、風の四大攻撃魔術が載っているらしい。

 パラパラとページをめくるが、始源文字で書かれており、読むことができない。

 だが、リーフィンは魔導書とは別に、始源文字の辞書も持っていた。

 なので辞書を参考にしながら解読していけば、私一人でも魔術の習得が可能だ。

 

 リーフィン曰く、吸血鬼は火魔術が得意なので、まずはそこから解読してみる。

 吸血鬼の目は便利なもので、真夜中でも文字がハッキリ読めた。

 攻撃魔術は思ったより多彩だ。

 近距離から遠距離まで様々な種類がある。

 うまく組み合わせれば、大きな武器になるだろう。


 私は魔術を学びつつ、実戦でどう効果的に利用できるか試行錯誤する。

 ただ覚えるだけではダメなのだ。

 流星を殺せる技術を身に着けなければならない。

 使えるものはなんでも使う必要がある。

 

 私は魔導書とにらめっこしながら、難解な文章を読み解いていく。

 静謐な森の中で、薪が弾ける音とページをめくる音だけが響く。

 その音は、夜が更けるまで続いたのだった。

 

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