第11話 「私たち、友達でしょ?」
私は宿舎のベッドで寝そべり、天井を眺めていた。
故郷を出た時は、こんなに落ち着いた気分になれるとは夢にも思わなかった。
少し、過去のことを振り返ってみる。
私は一度、すべてを失った。
従者や騎士、故郷、そして家族を。
私の中には消えることのない、復讐の炎が燻り続けている。
たとえどんなに心が満たされようとも、常にどこかで、この炎が隅でチラつくだろう。
忘れることなどできるはずがない。
いや、忘れちゃいけないんだ、という使命感すらある。
今回色々なことがあったが、私は思ってた以上に強くなっていた。
闇を見通す目、頑丈な身体、強力な魔術。
この吸血鬼の力は役に立つ。
なんの役に立つか。
もちろん、流星に復讐することだ。
しかしこれだけで倒せると思うほど、私は自惚れていない。
もっとこの力を理解する必要がある。
「というわけで、吸血鬼はあとどんな能力があるの?」
「わたし、そんな安い女じゃない」
「おじさん! この店で一番おいしいお肉を!」
「あとは変身と召喚術。それと霧になったりできるらしい」
頬をパンパンに膨らませて、お肉をもぐもぐするリーフィン。
このエルフの扱いがわかってきた。
ちなみに、村を救った英雄ということで、この村の料理は全部タダだ。
しかし食べ過ぎるのは申し訳ないので、私のお肉はリーフィンに譲ったということにする。
さて。
話を戻すが、吸血鬼は色々な能力があるみたいだ。
しかし意識してみても、そんな力が隠されている感じはしない。
「なんだかよくわからない……。
どうやったらその力を引き出せるの?」
「知らない」
リーフィンは無表情で応える。
「リーフィン物知りだから、なんでも知ってそうだけど」
「なんでもは知らない。魔術は知ってる方だけど」
ということは、やはりリーフィンは魔術師なのだろうか。
ローブを着てるし、杖も持っていたので、見た目はいかにも魔術師という感じだ。
私は吸血鬼について訊くのを諦め、今度は魔術について尋ねてみた。
「そしたら私って、火魔術以外になにか魔術は覚えられる?」
「頑張れば覚えられる。だけど火魔術より、覚えるの大変」
リーフィン曰く、魔術はただ詠唱をすれば発動できるほど、簡単なものでもないらしい。
魔導書という魔術が記された本を解読し、初めて魔術を理解できる。
しかし解読するのも簡単ではない。
まず文字が現代では流通していない始源文字やら古代文字、天竜文字のため読むことが難しい。
さらに読むこと自体に魔力を必要とするため、言語が分かればいいという話でもない。
魔導書、言語理解、魔力。
この三つが揃って初めて、魔術を扱う準備が完了する。
準備というのは、魔術を行使する為の、魔力の“道”が身体にできることだ。
そして詠唱を行うことで、その“道”を魔力が正しい順路で流れて、魔術という形になる、らしい。
私の場合は、吸血鬼の身体にすでに火魔術の“道”ができていたから、詠唱だけで発動できたのだ。
だからといってすべての火魔術が使えるわけではなく、ごく簡単なものだけだ。
話を聞く限り、思ってたより魔術を覚えるのは骨が折れそうだった。
「これが魔術を覚える基本。他にも魔法陣、精霊魔法、儀式魔法があるけど、ちょっと複雑」
リーフィンの説明を聞き、私は舌を巻いた。
なんとなく魔術を教えてもらえればいいなくらいの感覚で訊いたが、
リーフィンは知っている、なんてものじゃなかった。
もしかしたら専門家並に詳しいのではないだろうか。
内心驚く私に、リーフィンが訝しげな目を向ける。
「ちゃんと聞いてる?」
「聞いてるよ。
いや、すごいね……。
魔術の先生になれるんじゃない?」
「……からかわないで。これくらいふつう」
リーフィンの耳が赤く染まる。
お世辞抜きでほんとにすごいと思った。
思えば、リーフィンはいつも私を助けてくれた。
牢屋では、魔物の知識を教えてくれた。
サキュバスとも、一緒に戦ってくれた。
それに、私に戦う術――魔術を教えてくれた。
彼女がいなければ、今こうして穏やかに会話など、できなかったかもしれない。
これからも一緒にいたいな――。
そう、素直に思った。
流星に対する憎しみと同じくらい、私は孤独になることが怖かった。
また独りに戻るのは、私にとって耐えられない苦痛だった。
深く息を吸う。
少しだけ、心の準備をする。
そして意を決して、私はリーフィンに頼んだ。
「もしよかったらさ、これからも私に色々教えて欲しいな……。
私、結構世間知らずなところがあるからさ……」
言ってはみたものの、リーフィンは断るかもしれないと思った。
私たちはまだ会ったばかりで、お互いのことをそこまで知っているわけではない。
それに彼女にとって、一緒にいることの利点は少ない。
私の復讐の旅に付き合わせてしまうことになる。
それでも一緒についてきてくれれば、これほど嬉しいことはないだろう。
ドキドキしながら返答を待っていると、リーフィンは驚くほどあっさりとした口調で応えた。
「いいよ。わたしの知ってる範囲なら、応えられる」
リーフィンの言葉に、胸がいっぱいになった。
初めて友達ができたことに、目頭が熱くなったが、
涙を見せるのは恥ずかしかった。
私は無理やり話を進めて、誤魔化すことにした。
「ありがとう!
リーフィンの話を聞いて思ったけど、やっぱり他の魔術を覚えるのは難しそうだね。
火魔術や吸血鬼の力を鍛えようと思うんだけど、他の吸血鬼がどこにいるか知ってる?」
リーフィンはこれも知っていて、応えてくれる。
「霧の国ラキュアに住んでる」
これは私でも知っていた。
霧に覆われた謎多き国。
周辺はアンデッドの住処と聞いたことがあるが、吸血鬼までいるとは知らなかった。
この村(後から聞いたがルチア村というらしい)からかなり離れた場所にある。
もちろん、着の身着のままで行くには限界がある。
「そう……。旅の準備がいるね。
教えてくれてありがとう」
私はリーフィンにお礼を言って、店から出た。
走り去る私の背中を、リーフィンが寂しそうに目で追う。
そのことに、私が気づくことはなかった。
それからさらに一週間後。
私は旅の身支度を整えていた。
服や寝袋、日用品から食料に至るまで、ロールズに見繕ってもらった。
「なにからなにまで、本当にありがとう」
「いいってことよ!
ルイの命を救ってもらったんだ。
これでも足りないくらいだ。
――っと、忘れるところだった」
そう言ってロールズが持ってきたのは、光を吸い込みそうなほど黒々とした、漆黒のローブだった。
「サイズが合うか着てみてくれ」
渡されたローブに袖を通し、鏡の前に立ってみる。
裾の長さもちょうどよく、サイズは問題なさそうだ。
フードもついており、被ると顔の半分くらいまで隠れた。
「お姉ちゃんカッコいい!!」
ルイが私の姿を見て、歓声を上げる。
しかしこの姿はどう見ても、
「魔女すぎない?」
胡散臭さ満点だった。
「まあ、要望通り陽の光は遮られるから、問題ないだろ」
そう。
これを着るのは、カッコつけるためではない。
旅の途中の太陽光を防ぐ為のものなのだ。
これなら日中でも行動することができる。
「そうだね。これなら大丈夫そう。
そしたら、そろそろ行くよ」
リュックを背負い、ロールズの家を出る。
村の前では、たくさんの見送り人が立っていた。
ロールズが村人を殴った一件から、私たちへの誤解はなくなった。
そのおかげで偏見が薄まり、話すうちに打ち解けることに成功したのだ。
特に子どもたちとは空いてる時間に遊んだりしたので、かなり仲良くなった。
子どもたちは涙を流して「行かないで!」とローブを引っ張るので、後ろ髪を引かれる思いだ。
そんな中。
子どもたちの集団の端っこに、もじもじするリーフィンが立っていた。
「あなた、ここでなにやってるの?」
「お見送り」
「え?」
「あの……ルーナのおかげで、わたしの誤解も解けた。
口下手だからうまく言えないけど、感謝してる。
またいつか会いたい」
リーフィンがうつむきがちにそう告げる。
その声はわずかに震えていた。
「あなた、なにを言ってるの?」
呆れてものも言えないとはこのことだ。
リーフィンは動揺したように視線を泳がす。
「だから、またいつか会いたいって――」
「寝ぼけたこと言ってないで、早く準備して。
一緒に行くよ」
「……え?」
瞼をしばたたかせるリーフィンに、私は当然というふうに言い放つ。
「だって私たち、友達でしょ?」
それを聞いて、リーフィンのおっとりした目が見開かれた。
これには村のおじさんたちもたまらずニッコリ。
「わかった!」と言うと、リーフィンは急いで荷物を取りに行った。
彼女はとんでもない鈍感体質らしい。
やれやれね、と私は肩をすくめた。
リーフィンが戻ってきて、いよいよ出発の時が来た。
ロールズが前に出る。
「嬢ちゃんたちには、感謝してもしきれねえ。
なにかあれば、またいつでもこの村に寄ってくれ」
「こちらこそ。色々旅の準備とかしてくれてありがとう。
今度からはルイくんの言葉、ちゃんと信じてあげてね」
「おいおい。それは言いっこなしだぜ」
私とロールズは笑顔で握手を交わした。
今度はルイが私たちの前に立つ。
ルイは潤んだ瞳で私たちを見つめる。
「また……会える……?」
「会えるよ」
「いつ……会える……?」
「やることが終わったらね」
「いつ……終わる……?」
うーん。困った。
こういう時なんて応えれば納得するだろう。
私が困った顔をしていると、リーフィンが横から口を出した。
「キミのパン、おいしかった。
だけどわたしには、少し大きくて食べづらい。
食べやすい形のパンができたら、また来る」
「ほんとに!?」
ルイの顔がパッと明るくなる。
思わぬ形で、リーフィンが助け船を出してくれた。
だが、おそらく無意識のことだろう。
彼女は本当に思ってることを言っただけに違いない。
しかしこれはチャンスだ。
私もこの流れに乗るべきだろう。
私はおほん、と咳払いをして言った。
「ほんとほんと。
私はジャムが好きだから、あのパンに合う美味しいジャムパンができたら、絶対また来るよ」
「言ったね! 絶対だよ!」
ルイがいつもの笑顔に戻った。
私とリーフィンは軽く頭を撫でてやる。
そして、ルチア村を出発した。
私たちの姿が見えなくなるまで、ルイは手を振り続けたのだった。
その後――。
ルイはパンの制作に力を入れる。
そしてパンを食べやすいように葉っぱの形にカットし、その上に滴るくらいの苺のジャムを載せ、
軽く火で炙った『レッドリーフブレッド』というパンを完成させる。
そのパンを皮切りに、このルチア村はパンの名産地として発展していくのだが、これはまた別のお話である。
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