第10話 「快晴の日にも雨は降る」

 あれから私は、魔力酔いで三日ほど動けなかった。

 気持ち悪くて食欲はないわ、変な幻覚は見るわで非常に苦しかった。

 宿舎の一室をロールズが借りてくれ、そこで日がな過ごした。

 三日間は、ほとんどベッドの上で寝てることしかできなかった。

 ちなみにリーフィンも魔力切れで、私同様寝込んでいたらしい。


 そしてサキュバスの一件は、ロールズが村人に余すことなく伝えてくれた。

 何人かの村人は話を信じず、実際に森に確認しに行ったらしい。

 サキュバスは塵も残さず消えたので、確認もなにもないと思うのだが……。

 なんだかもう一波乱ありそうで、私は関わり合いになりたくなかった。

 また牢屋行きは懲り懲りだ。



 四日後。

 すっかり体調も回復し、久々に外に出た。

 太陽が昇り、気持ちのいいくらいの快晴だった。

 陽の光は暑いくらいに肌を照り付けている。

 というより――


「むしろピリピリして痛いんだけど……」


 私は白い腕をさすさすする。


「吸血鬼が太陽の下にいる」


 面白がるような口調で、リーフィンが隣にやってきた。

 私同様、久々に外に出たのかぐーっと伸びをしている。


「そっか。吸血鬼だから陽の光が痛いのね。

 でも、我慢できないほどじゃないわね」


「ルーナは吸血鬼になったばかりだから、まだ平気。

 ふつうは二、三時間も太陽の下にいたら、焼かれて灰になる」


 私は吸血鬼にはなったが、まだ半分くらいは人間のままなのかもしれない。

 いずれは完全な吸血鬼となり、太陽を憎み夜を愛す怪物となるのだろう。

 そう考えると、普段当たり前にあった太陽も愛しく思えた。

 今のうちに日光浴を楽しもう。

 多少の痛みは我慢しようじゃないか。


 私は両手を広げ、全身で太陽を浴びた。

 隣のリーフィンも真似して、一緒に光合成をする。


 二人で静かに日光浴を楽しんでいると、村のはずれが騒がしくなった。

 どうやら森の様子を見てきた一団が戻ってきたようだ。


「どうなってんだ全く! 森の一部が消滅してたぞ!」

 

「エルフは怪しげな魔術を使ったというし、黒髪の子に至っては、吸血鬼だそうじゃないか!」

 

「あの二人は得体が知れない! 牢屋に入れとくべきじゃないか!?」


 村人が興奮した様子で、森の惨状を喧伝している。

 めんどくさいことになったな、と辟易した。

 こっちに来る前に逃げてしまおうか、と考えた時、

 村人たちの前に小さな影が立ちはだかった。


「お姉ちゃんたちは悪くない! ぼくは、助けてもらったんだ!」


 声を大にして、ルイが叫ぶ。

 村人たちはその言葉を聞いても、眉根を寄せるだけだ。


「それは、お前を騙すための演技かもしれない。

 信用させて、血を吸いつくすつもりなんだ」


「そんなこと――」

 

「おい。どうしたんだ?」


 ルイが言い返そうとしたとき、ロールズが通りかかった。


「いや、なに。

 あの化け物どもの処遇を、どうしようかと思ってね。

 幸い、派遣した冒険者がこの村にいるから、

 王都まで引き取ってもらおうか」

 

「そうだな。確かにそいつは都合がいい」


 ロールズは反論するでもなく、目を瞑って頷いた。

 それを見て、私は大きくため息をついた。

 しかしどこかで、しょうがないか、と諦める自分もいた。

 理解が及ばない力を目の当たりにしたら、恐怖を感じるのは生物として仕方ないのかもしれない。


 それでも。

 そう、それでも。

 心のどこかで、ルイとロールズからは信頼を勝ち得たと思っていた。

 ルイは信頼してくれてそうだが、ロールズは違った。

 だが、現実はこんなものだ。

 私のような吸血鬼と仲良くしようとする人の方がおかしいのだ。


 逃げる準備をするため、私は宿舎へと踵を返した。

 歩き始めた時、ロールズの冷たい声が聞こえた。


「お前のようなマヌケを、牢にぶち込んで王都に送ろう」


 予期せぬ言葉が出て、私はハッとなって振り返った。

 すると信じられないことに、ロールズがバゴッと村人を殴りつけていたのだ。

 尻もちをついた村人は、驚いた顔でロールズを見上げる。

 ロールズは村中に聞こえるくらいの声量で、まくし立てた。


「いいか! よく聞け!

 もし今度嬢ちゃんたちを化け物呼ばわりしたら、

 この俺が許さねえ!!

 あの二人は化け物なんかじゃねえ!!

 ルイを、そして村を救ってくれた英雄だ!!

 全員あの二人には敬意を払え!!

 わかったか、このクソハゲ!!」


 ロールズの言葉に、反発する者はいなかった。

 ルイはフーフー鼻息を立てている父親に、嬉しそうに抱き着いた。

 尻もちをついた村人も「もう言わねぇよ。悪かったよ……」とボソボソ呟いている。


 リーフィンは一部始終を見て、わずかに口角を上げていた。

 そしてちらりと私の方を見て、さらにその口角を上げる。


「泣いてるの?」


 からかうように訊かれた私は、急いでリーフィンに背を向けてた。

 そして声が震えないよう気をつけながら、応える。

 

「べ、別に! あれだし。

 太陽がまぶしすぎて、目に染みるだけだし!」


「ほんとに?」

 

「ああほんと痛い。吸血鬼って不便だね!」

 

「そうかもね」


 私は宿舎へと戻った。

 あそこに立ったままでは、快晴の日に雨が降ってきたと言い訳するハメになりそうだった。


 リーフィンはそんな私を見て、柔らかく微笑んでいた。

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