第8話 「光の蝶々」

 私たちが牢屋から出ると、村人が集まって、なにやら騒いでいた。

 その内の一人が、こちらに気づく。


「お前ら、なに勝手に出てるんだ!」


 その声で、話してる連中もこちらを向いた。

 ルイの父が、一歩前に出る。


「彼女たちはルイの捜索を手伝ってくれるそうだ。問題ない」


「だがな……」


「ここは俺の顔に免じて許してくれ」


 ルイの父が深々と頭を下げる。

 それを見て、村人はたじろいだ。

 そこまで誠実な態度を取られては、それ以上村人は何も言えなかった。


「それより村長、ルイは見つかったか?」


 頭を上げたルイの父が、集団の中にいた老人に話しかけた。

 村長と呼ばれたその老人は、暗い顔で首を振った。


「村中探したが、どこにもおらんかった。おそらく森におるじゃろう」


「それなら森に探しに行かねーと!」


「落ち着くのじゃ、ロールズ! 

 今行くのは危険じゃ。

 もう日が落ちて、森の中は真っ暗じゃ。

 闇雲に探しても、こちらが迷ってしまう。

 それに夜は魔物が活発化する。

 我々だけでは危険じゃ。

 町のギルドに、冒険者を派遣してもらうしかなかろう」


「そんな悠長なことしてたら、ルイが殺されちまうだろうが!

 危険でも俺は行くぞ!」


 ルイの父――ロールズが強引に行こうとするのを、村人たちが羽交い絞めにして必死に止める。

 ロールズの言う通り、もたもたしていればルイの命が危ない。

 今は一秒も無駄にできない。


 私は彼らに近づき、ロールズを引きはがした。


「ここで争ってる暇はないよ。

 大丈夫。私に考えがある。

 ここは私に任せてもらえない?」


 私の真剣な目を見て、村長は逡巡する。

 私の意見を後押ししたのは、ロールズとリーフィンだった。


「俺は嬢ちゃんを信じるぜ!」


「わたし、魔術が使える。いざとなれば戦える」


 いつの間に装備したのか、リーフィンが腰に携えた小杖ワンドをちらりと見せた。

 村長はしばらく悩んだ末、捜索の許可を出してくれた。


「本当に危ないと思ったら、すぐに帰ってきなさい」


 村長がそう言って送り出してくれた。

 何人かの村人は、私とリーフィンを胡散臭げに睨んでいたが、

 村長に逆らうつもりはないのか、口をつぐんでいた。


「行ってくるぜ!」


 私たち三人は鬱屈とした森へと急いだ。


 

 完全に日は沈み、辺りは宵闇に包まれていた。

 月が出れば多少は見やすくなるが、鬱蒼とした森の中ではそれも期待できない。


「クソ! 暗すぎてロクに見えやしねぇ!」


 ロールズが森を睨みつけて憎々しげに叫ぶ。

 しかし私に焦りはなかった。


「大丈夫。私にはハッキリ見えてるよ」


 私の緋色の瞳には、昼間と同じくらい鮮明に見えていた。

 木々の一本一本から、うごめく小動物に至るまで、問題なく視認できる。

 故郷の町からこの村まで来るとき、私は明かりなしで歩けた。

 特に意識していなかったが、これは吸血鬼の目の恩恵があってのことだった。


「さすが吸血鬼といったところね」


 それならわたしも、とリーフィンは小杖ワンドを構えた。


「『ᛚᛁᚵᚺᛏ ᛒᚢᛏᛏᛖᚱᚠᛚᚤ』」


 呪文を唱えると、光を発する蝶々が現れ、辺りを照らした。

 こんな状況で言うのもなんだが、

 幻想的で、とても美しかった。

 しかもただ綺麗なだけでなく、村人が持っていた松明よりも広範囲を照らしているので、その利便性の高さが伺えた。

 私には必要ないが、リーフィンとロールズには必要だろう。


「これで見える」


「よし、行こう」


 リーフィンと私は、真っ暗な森の中へと歩き出した。

 ロールズは唖然としていたが、私たちが歩き出すと、慌ててついてきた。


 私たちは道なき道を進んでいく。

 舗装されている訳ではないので、草が生い茂っていたり、地面がでこぼこしていて歩きづらい。

 リーフィンの光の蝶がなければ、ルイの父は足を取られ、捜索は困難だっただろう。

 私も転ばないよう気をつけて、周囲に目を光らせる。


 先頭の私がクモの巣や倒木を発見したら、指示を出して後ろの二人が引っかからないようにした。

 私たちは三人一列になり突き進んでいく。

 歩きながら、リーフィンが口を開いた。


「今のうちに忠告するけど、サキュバスの全身は見ちゃダメ」


「それはなぜだ?」


 ルイの父が聞き返す。


「サキュバスは、その人が最も性的魅力に感じる人に化ける。

 正面から見てしまうと、魅了されてなにも考えられなくなる」


「そしたらどうやって倒す?」


「一人が魅了されてる間に、もう一人が攻撃すればいい」


「なるほど。一人は囮役という訳か……。

 誰がいく?」


「わたしはルーナが適任だと思う」


「え! 私!?」


 思わず後ろを振り向いた。


「なんで私?」


「まず攻撃はわたしがするから、わたしは除外。

 おじさんは、万が一サキュバスの攻撃を受けたら死ぬかもしれないから、除外。

 消去法でルーナ」


「私、攻撃受けちゃうじゃん」


「吸血鬼は人間より頑丈。

 死にはしない。……………………たぶん」


「今すごい小さい声で『たぶん』って言わなかった?」


 私は激しい剣幕でリーフィンに問い詰めるが、彼女はどこ吹く風という顔だ。


「サキュバスの足元だけなら、見ても大丈夫。

 攻撃の気配を感じたら、横に飛べば躱せると思う」


「足元見て躱すって……。達人じゃないんだから無理だよ……」


「最悪当たっても、わたしは回復魔術も使える。死ぬことはない」


「嬢ちゃんたちがサキュバスを引き付けてる間に、俺がルイを回収するぜ。

 だから安心してやっちゃってくれ」


「うーん……」


 なんかほぼ役割が決まった雰囲気だ。

 しかし他にいい案も浮かばないため、これでいくしかない。


「もし死んだら、骨は拾ってね」


「ちゃんと棺桶に入れてあげる。……吸血鬼だけに」


 笑えない吸血鬼ジョークだ。

 私はリーフィンの頭を小突いた。

 痛そうに頭をさするリーフィンをよそに、私は静かに腹をくくった。



 月が高いところまで昇っていたが、不運にも雲に覆われていた。

 リーフィンの光る蝶なくしては、数歩先を見通すのも難しいほどに暗い。

 そんな暗闇の中で、私は人影を視認した。


「見つけた」


 手で、背後にいるリーフィンとロールズの歩みを止める。

 リーフィンは素早く光る蝶を消した。

 そのまま三人で近くの茂みに身を隠して、様子を伺った。


 人影はだいぶ小さい。

 最初はルイ本人かと思ったが違う。

 よく見ると、腰のあたりから尾のようなものが伸びていた。

 先端は針のように尖っている。

 あれで精気を吸い取るのだろうか。

 その針の先、誰かが倒れていた。

 あれはまさか――


「ルイ!」


 ロールズが飛び出した。

 人影は声に驚き、警戒態勢に入る。


「バレた」


「私たちも行こう!」


 リーフィンと私も茂みから飛び出す。

 ロールズはすでに、ルイの傍にたどり着いていた。


「ルイ! 大丈夫か!」


 激しく揺らすと、ルイはうめき声を上げて目を開けた。

 死んではいないようだ。

 ロールズも、ホッとしたように息をつく。

 ルイが無事だったからか、ロールズは警戒心をわずかに緩めてしまった。

 無意識に、目の前のサキュバスを見てしまう。


「お前は……まさか、ライ……?」


 ロールズの身体が固まる。


「ヤバい!」


 私は全速力で駆け出した。

 ライに化けたサキュバスは、その尾針の照準を、ロールズに合わせる。

 リーフィンが杖を構えたが、サキュバスの方が速かった。

 サキュバスの尾が空気を穿ち、ロールズに襲い掛かる。

 皮膚を貫く、生々しい音が響いた。


「ああ……」


 ロールズが声を漏らす。

 目が覚めたルイは周りを見渡し、状況を理解し叫んだ。


「お姉ちゃん!」


 サキュバスの針は、私の足に深々と刺さっていた。

 私は苦悶の声を上げる。

 ロールズの身代わりになるのが精一杯だった。

 針から私の精気が吸われるのがわかる。

 力が抜けていき、針を引き抜くことができない。


 しかし、予定とは違ったものの、

 ある意味作戦通りだ。

 私は囮役の仕事をこなした。

 あとは、彼女の仕事だ。


「『ᚥᛁᚾᛞ ᛒᛚᚪᛞᛖ』」


 リーフィンが詠唱する。

 小杖ワンドから風が生まれる。

 それは鋭い刃となり、サキュバスを襲った。

 針を刺したままのサキュバスは動くことができなかった。

 風の刃はサキュバスを抵抗なく通り抜ける。

 やや遅れて、上半身が地面に落ちた。

 その後、サキュバスは光の粒子となって消滅した。


「すまねぇ嬢ちゃん! 俺のせいでケガさせちまった!」


 ロールズが悲痛な声を上げる。


「大丈夫……。傷は、そんなに深くないよ……」


 傷よりも精気を吸われた方がきつかった。

 とても歩けそうにない。


「今、回復魔術を――」


 リーフィンが私に駆け寄る。

 しかしリーフィンの背後で、なにかが動いたのを、

 私は視界の端で捉えた。


「リーフィン後ろ!」


 咄嗟に叫んだが、一足遅かった。

 先ほどと同じ、皮膚を貫く音が夜の森に響いた。

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