第7話 「悲しむ顔は見たくない」

 ルイと父親が去ったあと、私は一人、思考に耽っていた。


 誰がルイの兄――ライや、村の人たちを殺したのか。

 最初は私のことを吸血鬼にした、あの隻眼の男が犯人だと思ったが、

 どうにも違う気がする。

 犯人像が、あまりにもバラバラすぎるのだ。

 男だったり女だったり、果ては死んだ人間まで出てくる始末。

 複数犯の仕業か。

 それとも、すべてルイの勘違いか。

 いや、ルイが嘘を言っているふうには見えなかった。

 そうなると、犯人は一体――。



「ねえ、好きな人いる?」



 考え込んでいると、エルフが突拍子もないことを訊いてきて、

 私は驚いて顔を上げた。


「え? いきなりなに?」


「いいから答えて」


 なんだろう。

 恋バナだろうか。

 このエルフ、掴みどころが無さ過ぎてよくわからない。

 それに恋愛はもう、こりごりだった。


「いや、いないけど……」


「そう。昔はいた?」


「………………」


 なんでそんなプライベートなこと、応えなくちゃいけないのだろう。

 お互いの名前すら、知らないのに。


 私が言い淀んでいると、エルフは自分の恋愛事情を、暴露し始めた。


「わたしは今までできたことない。

 エルフはもともと性的欲求が希薄で、子孫も生まれづらい。

 その分、一人一人の寿命が長いけど。

 わたしも恋愛とかしてみたい」


「好きなタイプとかはないの?」


 しまった。

 ふつうに質問してしまった。


「わからない。

 もしかしたら、今まで一度も出会ったことがないのかも」


「別の人種なのかな?

 …………って、そうじゃなくて!

 なに、この会話!?」


 危うくエルフのペースに、巻き込まれるとこだった。

 今は、こんなどうでもいいことを話してる場合ではない。


 しかし次のセリフで、私は話に引き込まれた。


「もしかしたら、この事件の犯人は吸血鬼じゃないかも」


「えっ! どういうこと?」


 私が訊き返すと、エルフは神妙な面持ちで、私に訊ねた。


「吸血鬼が掟を重んじることは覚えてる?」


「うん。上の爵位の言うことは、絶対なんでしょ?」


「そう。わたしも、掟すべてを知ってる訳じゃないけど、一つだけ確かなことがある。

 それは、“吸血鬼は人間の血を飲み干してはいけない”、ということ」


「人間が死ぬから、飲み干しちゃいけないのかな?」


「理由は知らない。

 でも掟を破ると死罪らしいから、守らなかった吸血鬼は見たことない」

 

「え……死罪なの……?」


 私、吸血鬼の掟なんて全然知らないんだけど……。

 気づかぬうちに掟を破っていたら、殺されてしまうのだろうか……。

 いや、でも身近に吸血鬼なんていないし、バレないよね……?


 密かに怯えている私をよそに、エルフの話は続く。


「思い出して。村の人は、どう殺されたと言ってた?」


「ええと。確か……全身の血が抜かれたみたいに、干からびてたって……」


 そこで、さすがの私も気づいた。

 リーフィンはこくんと頷く。


「掟がある吸血鬼は、干からびるまで血を飲み干したりしない。

 だから少なくとも、犯人は吸血鬼じゃない」


 エルフは、ハッキリと断言した。

 これで私の冤罪は晴れたも同然だ。

 しかし、事件が解決したわけじゃない。

 吸血鬼でなければ、真犯人が別にいることになる。


「そうなると、誰が村の人たちを殺したんだろう?」


「ヒントは、複数の犯人像だと思う」


 どうやらリーフィンは察しがいっているようだ。

 私は顎に手を当てて考える。


「うーん。

 男だったり女だったり。ハッキリしてないよね……」


「そのすべてが同一犯だとしたら?」


 男でもあり、女でもある存在。

 また、死人にもなることができる。

 それが別々ではなく、同一の存在なのだとしたら、答えは絞られた。


「…………姿を、変えることができるってこと?」


「そう。変身や擬態ができる魔物は、いくつか知ってる」


 そう言うとエルフは、スッと人差し指を出した。

 やがて指先がぼんやりと光を帯びる。

 そのまま空中を走らせると、光の線が描かれた。

 どうやら絵で説明してくれるらしい。


「まずは悪魔」


 瘦せ細ったサルのようなものが、空中で踊る。

 えっ……これ、悪魔?


「だけど悪魔は、魔力が多い場所でしか姿を現せない。

 生物に憑依すればその限りじゃないけど、そうすれば変身はできないから、

 今回の件には該当しない」


 言い終わった途端、スーっと昇天する悪魔の絵。

 ちょっと話に集中できないな。

 しかし話の腰を折るのも気が引けるので、黙って続きを聞いた。


「次はスライム」


 悪魔の時と同じように、光の絵が空中に描かれた。

 泥のようなものが、うにょうにょ動いている。


「なんにでも擬態できるし、悪魔と違ってどこにでも現れる。

 ただスライムは、対象を完全に溶かして食べるから、死体は残らない。

 今回死体が残っていることから該当しない」


 悪魔の絵同様、光となって消えた。


「その次はドッペルゲンガー」


 今度は、のっぺりとした人型の生物が描かれた。


「対象に変身して、密かに殺してその人の生活を奪う魔物。

 死んだ人には変身できないから、今回は違う」


 今までと同じように、光となって消えた。


「そして、最後はこれ」


 そう言ってリーフィンが描いたのは、はてなマークだった。


「実はわかりません、ってオチじゃないよね?」


 私が訝しげに尋ねる。


「違う。常に変身してるから、本当の姿がわからないだけ。

 最後はサキュバス。

 わたしはこの魔物が犯人だと思う」


 サキュバス。

 私もその存在は知っていた。


「サキュバスって確か、性的魅力に感じる人に化けて、精気を吸う魔物だよね?」


「そう。これなら複数の犯人像や、干からびた死体にも説明がつく」


「私はてっきり、男だけを襲う魔物だと思ってたよ」


「それは男の方が、女に比べて精気の量が多いから、襲われやすいだけ。

 サキュバスは人間なら男でも女でも、更に言えば、子供でも襲うことがある」


「だからルイくんや、お兄さんのライくんまで襲われたのね……」


「異性にまだ興味が湧かない、幼い子どもの場合は、

 家族や友達に化ける事例を、いくつか聞いたことがある」


「なるほど……。

 それならルイくんとライくんの前に現れたのが、母親なのは納得ね」


 犯人がサキュバスだとすれば、すべての辻褄が合った。

 このことを村の人たちに教えれば、私たちの無実を証明することができるはずだ。

 魔物に詳しい、このエルフのおかげで助かった。


「ありがとう。

 あなたのおかげで犯人がわかった。

 どうして突然教えてくれたの?」


「パンくれたから」


 エルフは当然、という顔で言った。

 ずいぶんと安上がりなことだ。

 しかし彼女の食い意地が功を奏した。

 私はこの流れで、ついでに名前も訊くことにした


「そういえば、あなたの名前、まだ聞いてなかったわね。

 なんていうの?」


「リーフィリント。リーフィンでいい」


「そう。私はルーナ。

 お互い、無事に牢屋から出られるといいね」


 つらい思いをして大変だったよね、と同情の意図も込めて言った。

 しかしリーフィンは無表情で言い退けた。


「わたしはあと二年くらい居てもよかった」


 私はがっくりと肩を落とす。

 

「……それなら、リーフィンだけ残っててもいいけど?」

 

「毎日パンもらえれば残る」


 目がマジだった。

 付き合ってられないと思い、そこからはリーフィンと喋ることはなく、

 村の人が来るまで牢屋の中で待ち続けた。



 日が傾き、牢屋内が薄暗くなってきたころ。

 外が何やら騒がしくなり始めた。

 なにかあったようだ。


 やがて建物の扉が開き、慌ただしく誰かが入ってきた。


「ルイ! いるか!?」


 現れたのは、顔面蒼白なルイの父だった。


「ここにはいないけど……」


「まさかお前らが――いや、牢屋にいるし、それはないか。邪魔したな」


「待って!」


 踵を返すルイの父を、私は慌てて静止した。


「ルイくん、いなくなったの?」


 ルイの父は力なく頷いた。

 私とリーフィンは互いに視線を合わせる。


「まさか――」


「サキュバスかもしれない」


「お前ら、なにか知ってるのか!?」


 私たちは、ルイの父に先ほどの推理を話した。

 最後まで聞いたルイの父は、目を伏せ下唇を噛んだ。


「そうか。サキュバスか……」


 考え込むように項垂れる。

 すると、ポツリと呟いた。


「すまねぇ……。

 俺は勘違いして、お前らにひどいことを言ってしまった……」


 それは謝罪の言葉だった。

 最初の粗野な印象はなくなり、誠実さが伺えた。


 「それに、俺は、ルイの言葉を信じてあげられなかった。

 あんなに必死に言ってたのにな……。

 父親失格だ……」


 深く項垂れる、ルイの父。

 その瞳はわずかに潤んでいた。

 心の底から反省しているように見えた。


 私は大きく息を吐く。

 このような態度を取られれば、許さないわけにもいかない。


「まあ、謝罪はあとでたっぷりしてもらうとして……。

 とりあえず、この縄をほどいてよ」


「…………へ?」


 呆けたように私を見るルイの父。

 私は真っ直ぐルイの父を見据えて言った。


「ルイくんを探しに行こう」


 私の言葉を聞いて、ルイの父はくしゃりと顔を歪めた。


「なぜだ……。

 君はなにも悪くないのに捕まって、ひどいことも言われて……。

 村の人を恨んで当然だ。

 それなのに、大して知らない子どもを助けようとするのは、なぜなんだ?」


 私の態度に納得できないのか、確かめるように訊ねる。


「……」


 ルイは、過去の私だ。

 家族を失い、なすすべもなく流星に殺された私と同じだ。

 ルイも兄を失い、今まさに殺されかけている。


 だが、ルイはまだ生きているかもしれない。

 生きているのなら助けに行きたいと思った。

 それにルイには、私と違ってまだ父がいる。

 今助ければ、ひとりぼっちではなくなるのだ。


 とにかく私は、自分のような苦しい思いをルイにしてほしくなかった。

 私のような思いを、あんな小さな子にさせるわけにはいかない。


「ルイくんは、どこか私と似ている。

 あの子が悲しむ顔は見たくない。

 それだけだよ」


 それを聞いて、ルイの父は感極まったように涙した。

 親子愛は涙ぐましいものがあるが、今は泣いている暇はない。

 こんなことをしている間にも、ルイの命は刻一刻と消えかかっているのだ。


「とりあえず、この縄をほどいて!」


「ああ……。もちろんだ……」


 ルイの父は目元を腕でごしごしと拭った後、

 牢屋を開けて、私の縄をほどいてくれた。


 私はこわばった筋肉をほぐしつつ、リーフィンに問う。


「リーフィンはどうする?」


「あの子のパンは美味しかった。わたしも行く」


 動機は謎だが、リーフィンも来てくれるようだ。


「ありがとう……。本当にありがとう……」


 ルイの父は何度も私たちにお礼を言った。


「お礼はルイくんが助かってから! とにかく急ごう!」


 私とリーフィン、そしてルイの父は連れ去られたルイを探しに、

 牢屋を飛び出した。

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