第6話 「過去の自分」

 まるで元からあった置物のように、エルフはそこに座っていた。

 私とは違って、縄で縛られてはいない。


「わたしもあなたと同じ。捕まった」


 エルフは、なんともないかのように言った。


「なにか悪いことしたの?」


 犯罪を犯しそうな印象は受けないが、一応聞いてみる。


「してない。

 金髪で美しいから捕まえろ、と村の人間は言ってた。

 ある意味、わたしの美しさが罪」


 フフフと微笑するエルフ。

 捕まっている割に、結構余裕そうだ。


「私は殺人の容疑で捕まったよ」


「そうなの?」


「たぶんあなたも同じ理由だと思う」


「犯人は女なの?」


「いや、よくわからないけど……。

 黒髪の男や金髪の女だった、

 って言ってたのは聞こえたよ。

 あとは吸血鬼がどうとか、言ってたかな。

 村人たちも、犯人がまだよくわかってないみたい」


 そう考えると私を捕まえたのは謎だ。

 どの犯人像とも合っていないし。

 ただ、血がついた服を着てただけだ。

 ……それも十分怪しいか。


「疑わしきは罰せよ、って考えなのかも。

 でも、吸血鬼のあなたを捕まえるのは、仕方のないこと」


「え?」


 エルフと私が見つめ合う。

 彼女、今、なんて言った?

 私が、吸血鬼?


「私は、人間、だよ……?」


「誤魔化さなくていい。

 黒髪と赤い瞳、それと尖った歯。

 わたしが知る吸血鬼の見た目と、一致してる」


 エルフは常識ですよ、と言わんばかりの口調で言った。

 私にとっては天地がひっくり返るような事実だ。

 だがその一方で、さして驚いていない自分がいたことに気づいた。


 薄々、自分の違和感には気づいていた。


 三日三晩、飲まず食わずでも動ける体力。

 村の人を吹っ飛ばした筋力。


 吸血鬼とは思わなかったが、これがあの隻眼の男が言っていた、力を授けるということなのか。

 そうなると、あの男は吸血鬼なのか?


 そこで、村人の言っていた情報が、

 隻眼の男と一致していることに気がついた。

 黒髪の男で、吸血鬼。

 確かに、顔も美形だった気がする。


「私が吸血鬼ってことはさておき。

 今気づいたんだけど、村の人が言ってた犯人に、私、心当たりがある」


「吸血鬼?」


「たぶん。私は、その男に吸血鬼にさせられたんだと思う」


「珍しい。今の時代に眷属を作るのは、稀」


 エルフ曰く、吸血鬼は掟を重んじる生物らしい。

 爵位が定められており、上の者の命令は絶対だとか。


「その吸血鬼は相当上の爵位か。

 それとも、かなりの変わり者かも」


「そうなんだ。まあ、私にとっては都合がいいね」


「吸血鬼になりたかった?」


「そういうわけじゃないけど。

 とにかく力が欲しかった。

 アイツに復讐する力が、ね」


 私の暗い憎悪を垣間見て、エルフは溜息を吐く。


「たくさん人間見てきた。

 復讐に憑りつかれた者の末路は、悲惨」


 それを聞いて、私は怒りが湧いた。

 少々、語気を強めて言い返す。


「知ったふうなこと言わないで。

 私の過去を、知りもしないくせに」


「知らない。興味もない」


「じゃあ、あなたは黙ってて」


「わかった。黙る」


 エルフは、口をつぐんだ。

 つい売り言葉に買い言葉で反論してしまった。

 しかし私は、自分の考えが間違っているとは思ってない。

 言葉尻は強かったかもしれないが、謝る気は微塵も起きなかった。


 しばらく、気まずい沈黙が続く。

 やがて、牢屋がある建物の扉がゆっくりと開いた。

 村の男が様子を見に来たのかと思ったが、違った。

 おっかなびっくりといった雰囲気で、小さな子供が入ってきた。

 その手には、二つのパンが握りしめられている。


「お姉ちゃんたち、お腹空いてる?」


「空いてる」


 エルフが即答する。


「はい、どうぞ」


 子供がパンを渡すと、エルフはむしゃむしゃと食べ始めた。


「甘くておいしい」


「ぼくが生地をこねて作ったんだ。お砂糖もいっぱい入れたんだよ」


 子供が満面の笑みを浮かべる。

 確かに、よく見るととても美味しそうだ。

 パンの外皮はキツネ色に色づき、甘い風味が漂ってきて食欲を刺激される。

 グーっと、私のお腹が鳴った。

 咄嗟に手でお腹を押さえようとしたが、縄で縛られているので、それは叶わなかった。


「お腹、空いてたんだ」


 エルフがニヤニヤする。


「うるさい! これは、あれよ。

 そう! 縄が擦れた音よ!」


「えー。絶対、嘘」


「ほんとですー」


「じゃあもう一個のパン、わたしがもらっていい?」


「別にいいけど」


「やったー」


 本当に、私のパンまで食べるエルフ。

 遠慮という言葉を知らないのだろうか。

 私は美味しそうに食べるエルフを、恨みがましく見つめた。

 そんなエルフと私のやり取りを見ていた子供は、クスクスと笑った。


「やっぱりお姉ちゃんたちが、兄ちゃんを殺すはずない」


「兄ちゃん?」


 私は子供に聞き返す。

 子供は、途端に表情を曇らせた。


「うん。ぼくの兄ちゃん。

 お母さんの偽物に殺されたんだ」


「お母さんの偽物?」


 どうにも話が見えない。

 子供は、うつむきがちに話し始めた。


「お母さん、三年前に死んじゃったんだ。

 だけどこの前、ぼくと兄ちゃんの前に帰ってきたの。

 お母さんはなんにも喋らなくて、そのまま森に入ってった。

 ぼくと兄ちゃんは会えたことが、すごく嬉しかったから、夢中でついてったよ。

 だけど、あんなことになるなら、ついていかなきゃよかった……」


 子供は、今にも泣きだしそうな顔になる。

 頭でも撫でて、落ち着かせてやりたい気持ちに駆られるが、巻き付いた縄がそれを許さない。

 私はせめて、目一杯優しい声音で話しかけた。


「ゆっくりでいいから、その先を教えてもらえないかな?」


「うん。ぼくも、お姉ちゃんたちに聞いてほしい」


 子供は目元をごしごし拭い、その先を話し始めた。


「村から離れたところで、お母さん急に振り返ったんだ。

 そしたら、いきなり兄ちゃんのこと引っ搔いた。

 兄ちゃんからいっぱい血が出て、兄ちゃん動けなくなっちゃったんだ……。

 ぼくは怖くて、なにも、できなかった……。

 兄ちゃんが『逃げろ!』って大きな声でぼくに言って、

 ぼく必死に逃げて村の大人に、このこと伝えたんだ。

 だけど、村の人たちが兄ちゃんを探しに行った時は、もう……」


 子供の目元から、涙が溢れ落ちる。


 私は、なんて声を掛けてあげればいいか、わからなかった。


 家族が殺されることのつらさ。

 自分のせいで、家族が死んだという罪悪感。

 なにもできない、自分の無力さ。


(私と、同じだ……)


 私は無意識のうちに、自分の過去と重ね合わせていた。

 殺された両親のこと、私が家族を助けられなかったこと、なにもできず流星に殺されかけたこと。

 私と同じ境遇だと思えた。


 他でもない、私ならこの子に掛けてあげる言葉がわかるはずだ。

 おためごかしじゃない。

 この子の心を癒す本当の言葉。

 私が言って欲しかったことを、そのまま伝えればいいんだ。


「つらかった……よね。

 私には君の気持ちが、なんだか痛いほどよくわかるよ。

 ずっと、苦しい思いをしてたんだよね……。

 私では、君の苦しみを取ってあげられないかもしれないけど、

 これだけは覚えておいて」


 私は子供の目を真っ直ぐ見る。


「君は悪くない。

 君はこれっぽっちも、悪くない。

 君は自分にできることをしたんだ。

 だから、どうか、泣かないで……」


 私が話している時、子供は黙って聞いてくれた。

 そして話し終わった後、綺麗な瞳から、ぽろぽろと涙を溢した。


 これで少しでも、心が軽くなればいいなと思った。

 そう、願わずにはいられなかった。


「お姉ちゃん、ありがとう……!」


 最後に少しだけ、子供は微笑んだ。


 私はその笑顔を見て、『ああ。話してよかった』と心の底から安堵した。

 私が言ったことは、的外れなものではなかったのだ。

 子供の痛みを、ちょっとは癒せたのかもしれない。

 私まで少し泣きそうになったが、今は涙を見せる場面ではない。


 私も優しく、微笑みを返した。



 ちょうどその時、建物の扉が勢いよく開いた。


「ルイ! こんなところにいたのか!

 あれだけ勝手に入るなと言っただろ!」


「お父さん!」


 突然入ってきた男は、どうやら子供――ルイの父親らしい。

 ルイの父は、私たちを怒りの形相で睨みつけた。


「うちのルイまで誑かそうとしたのか、この化け物共め!」


「違うよお父さん! お姉ちゃんたちはいい人なんだ!

 悪いのは、お母さんの偽物なんだよ!」


 ルイの言葉を聞き、父親は悲痛な面持ちをした。

 腰を落とし、ルイの肩に手を置く。


「いいか、ルイ。

 お前はショックのあまり、記憶が混濁しているんだ。

 村のヤツらは、母さんのことは見ていないと言った。

 お前の見間違いなんだ」


「そんなことない! ぼくは見たんだ!

 アイツが、兄ちゃんを殺したんだ!」


 ルイは声高に叫ぶが、父親にその思いが届くことはなかった。

 何度も訴え続けたルイは、仕舞いには泣き出してしまい、

 父親は暴れるルイを、半ば強引に担ぎ上げた。

 そのまま扉の前まで行き、振り向くことなく、父親は言った。


「お前らのこと、俺は許さねえ。

 うちの息子、ライの命を奪ったこと。

 ルイを騙そうとしたこと。

 その罪は、必ず償ってもらう」


 その言葉には、ずっしりとした重みがあった。

 未だ息子の死を乗り越えられない、父親の苦悩が感じられた。

 つらいのは、ルイだけではないのだ。


 罵声を浴びせられ、嫌な思いをしたが、

 この父親も被害者なのだと分かると、多少の溜飲は下がった。

 二人が建物を出る間際、私は真っ直ぐとした口調で言った。


「私は、人を騙すことだけはしない。絶対に」


「どうだかな」


「ならせめて、ルイくんの言うことは信じてあげて」


 私の言葉を聞いても、父親は止まらなかった。

 扉が閉まるその瞬間まで、父親の瞳に映った懐疑の色は、

 最後まで消えることはなかった。

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