第5話 報道の自由
『ズズーー』
手に持った上品なカップの中の黒い液体が波紋をカップ全体に広げていく。
(うん、やっぱり喫茶店でそれっぽい雰囲気を醸し出しながら飲むコーヒーはとてもうまい)
黒い液体はコーヒーだった。
口の中に入れた瞬間には奥深い苦味が浅く広がり、溜め息を吐くように体に入った温度を吐き出す。
今現在、達仁の無双劇から2日経った日曜日のお昼時。
達仁が今いるのは地元で愛される昔ながらの喫茶店であり、店内には暇をもて余したサラリーマンらしき人やママ友関係と見られる女性達が楽しく談笑をしていたりと、人が特別多いというわけではないがガラガラという程でもない人が此処にいた。
喫茶店、それはナルシストや上品に見せたいおばさん達が集まる場であるという持論を俺は持っている。
店のカウンター席にはイケオジらしき初老の男性が座っており、観葉植物やよくわからない勲章が飾られていた。
うん、まじで漫画みたいな喫茶店だな。カウンターにいるマスターは手動コーヒーミルを手慣れた様子で回していて、その姿はなんとも俺の心をイラつかせた。
「勝手に心の中で怒らないでくれるかい?」
そう目の前で発言したマスターに俺は食って掛かる。
「うるせぇ!イケオジが黙りやがれ!随分と様になった姿でコーヒー豆を挽きやがって!
世の中は平等じゃないのかよ!」
あくまでも他のお客さんに迷惑にならないように静かに、しかし精一杯の不満をぶちまけた俺にマスターは冷たい目をする。
「君に人を羨む権利があるのかな?子供の頃の写真を引っ張りだしてきてやろうか?」
ヒェ…。
目が怖いよ~。
「ま、まぁまぁ…そこまで怒らんでも…。ほら!子供の戯れ言だよ!冗談も受け流せないのかい?」
そんなんじゃイケオジ失格だなぁという思いを込めて薄く嘲笑してやる。
すると一瞬で目を細めるもんだからさらに萎縮してしまう。前のナイフ持った奴等よりずっと怖いんだけど。
弱く煽った達仁を呆れた目で見てもう意味がないと察したのかコーヒーを作る作業に集中をする。
萎縮してしまった俺を憐れに思ったのか、話の本題を此方に投げ掛けてくる。
「それで?君が何で此処に呼ばれたか理由はわかっているのかい?」
「当たり前じゃん。割と俺もどうしようかなって悩んでたし。だから彰も呼んだんだよ」
「やっと僕に触れてくれるのか」
うん、割とまじでどうしようかって思ってたのはほんと。
困ったことに、普段SNS等を使わない俺でも昨日気づいたくらいだから事の重大さはよくわかってるよ。
というか彰、お前いたんだな。空気だったせいで気づかなかったよ。
「いたたたたたた、太ももをつねるんじゃない」
「うるさい」
いや意外と痛いからまじでやめて。
俺と、俺の太ももをつねっている彰を視界に収めるマスターは呆れた顔をしていた。
事の重さならわかっていると言った俺が余裕そうなのが呆れている原因なんだろう。
「はぁ、達仁くん?まずは何があったのかを私達に詳しく話してごらん?」
「オッケー」
マスターの質問にそう答えた俺は一昨日にあった出来事を軽快に話す。
あの出来事はなかなか体験ができないことなのもあって、今振り替えればとても楽しかった。
そのせいで若干上擦った声で話してしまったのだろう。
周りから見れば人の命の危機を楽しそうに話す狂人だな。だいぶ頭おかしい。
「それで俺がささっと犯人共を制圧してやったんだよ」
話が終わると2人はとても渋い顔をして悩む素振りをする。
一応ニュースでも大々的に報道されていたから事件の概要は大まかに知っていたようだ。
俺からの主観とかも含めて話したからこの大騒ぎの原因である俺を怒るに怒れないのだろう。
ニュースとかでは多少報道されるだろうなと思ってはいたけど、割とおもしろおかしく事件を紹介してたから驚愕したよ。
「この騒ぎの一番の原因はやっぱりタツだな」
「そうだね、私もそう思うよ」
「なんでぇ!?」
ちょっと意味がわからないなぁ…。俺ただ単に人の命を救っただけだよ?
何にも悪いことをしてないのになんで原因にされないといけないんだ!
エンターテイメントみたいに紹介していたマスコミ共が悪いだろーが、どう考えても!
「そりゃだって、ねぇ」
「私も彰くんと同じことを思っているよ」
2人して目線を合わせて何かをわかり合う。自分だけ気づいていないように感じて疎外感を感じるが、それ以前に原因が俺にあると確信している様子に遺憾の意を表明したい。
マスターは挽いたコーヒー豆をカップに入れお湯をゆっくりと注ぐ。丁寧で洗練された動きに隣の彰とかいう奴が乙女の女の子のように見惚れた目をしてその姿を見つめる。
もうこの話は終わりとでも言いたげな行動に俺は近くに置いてあったハリセンを彰に向けて振り下ろす。
『スッパアアアアアアアアアアァァァァァァァン!!!』
かなり本気で振り下ろしたので、それなりに大きい音が店内を襲う。
周囲のマドモアゼルやサラリーマンが此方を勢いよく振り返り視界にその状況を収める。
「ぐぬわぁぁぁっぁぁぁぁぁああああ!!」
あれ?何か痛そうだな。取り敢えずアルカイックスマイルで地面に踞る彰へと手を差し伸べる。
此方に目線をやった彰と目がガッチリと合う。
「大丈夫か?手を貸してやるよ」
「サイコパスが!!」
ナニヲイッテルンダイ?
◇
「取り敢えず閑話休題っと」
「なに言ってるんだよ」
一度言ってみたかった言葉を発した俺に尚も不満そうな瞳で此方を強く睨む彰。
正直そこまで迫力はない。死の淵を彷徨った俺を止められるものなんてなにも存在しない。
自信満々にそう考えていた俺だが、圧倒的な雰囲気で彰と同じように此方を見てくる爺さんがいて結局萎縮してしまう。
彰、お前でびびった訳じゃないからな。
経験豊富そうな爺さんに見つめられたらそりゃびびっちまうよ…。
「君は本当に困った子だねぇ…。昔馴染みの関係ではあるけど、いつまでも経っても変わらない」
子供っぽいって言ってるのかな?流石に太平洋よりも広い心を持っている俺でもキレちゃうよ?
萎縮から立ち直った達仁が変な気配を漂わせるなか、マスターの呆れた眼差しはいつまで経っても変わらない。
「子供っぽいって言ってるんだよ。君のせいで今店の中のお客さんは君らだけだよ?営業に影響したらどうしてくれるの?」
「あ、今のダジャレっぽい」
「黙って」
「はい」
あの後、怒った彰が達仁を追いかけ回す事態が発生。店の中だけで逃げ回った達仁はすごい速さで店内を駆け回る。
隙をついて店内にいたお客さんは会計を済ませてそそくさと立ち去っていった。
その後、鬼ごっこをしていた2人共々拳骨をくらいその場は終了した。
やっと場が収まったというのにまた茶化してくるこの男にマスターはどうしても苛立ちを隠せないでいる。
そのせいで凄いオーラが店を包んでおり、妙な緊張感が漂っていた。
「それで、あなた方は何をわかり合ったんだよ」
そう疑問を出した俺に、彰が答えてくれる。
「そりゃぁ、犯人が吹っ飛んだりすごい速さで人が移動したりとしてたら話題にもなるだろ。というか死者がゼロだからかエンターテイメントみたく報道してもいいって思ったんじゃないのか?って話だよ」
「でも許可は出してないぞ?」
「マスゴミには報道の自由があるからねぇ。君が未成年だったていうのもあって名前とかは出されてないけど視聴者数とかを稼ぐためにおもしろおかしく報道したんだよ」
彰の説明に少し納得はしたにはしたが、マスターのマスゴミという言い方にそこはかとない闇を感じる。
今は気にしないけども。
ニュースで報道された内容とは動画は出されなかったが、事件の内容に関してはとても詳しく報道されていた。
なんかたまにニュース番組で出てくる評論家みたいな肥えた人が俺の行動やら、能力やらに意見を勝手に出していたりしていた。
訳知り顔で語るオッサンズに憤怒の表情をしたのは内緒。
そして、テレビでは動画は出されていなかったがSNSでは面白いくらいに投稿・拡散されていた。その動画にはバッチリと俺が犯人を制圧していた所が撮られており、裁判に訴えてやろうかとも思ってしまった。
まぁ、その動画等のお陰で事件のあった夜に抱いた疑問がすっかりと解消されたのでそんなことはしないが。
「概要はわかった。だが納得はできんな」
「事情はだいたい聞けたからもう帰っていいよ」
「ひどくね!?」
おざなりな様子でそう告げたマスターに目を見開く。ありえないだろ、人を呼び寄せておいてそれはさすがにひどい。
まぁ冗談だってわかってるからそれ以上は言わないけど。
「そう言えばタツは気付いてた?」
「なにに?」
「タツが助けた少女」
……………………………。
まぁそりゃ気付くよな。どれだけ鈍かろうと鋭かろうと話題になってりゃ気付くか。
「その間は肯定で受け取ってもいいんだよね?」
「ああそうだな」
「本当、すごい偶然だよな~。まさか、助けた相手が――
――――同じ学校の女神こと、葉桜瑞月なんてさ」
負けず嫌いな女神でも、恋い焦がれることはある? 赤いねこ @nyansu1234
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