第4話 事態の収束と僅かな焦り
野次馬の雑多から飛び出した俺は、まず最初に人質となっている少女の安全の確保を最優先にした。
勢いよく飛び出した俺を誘拐犯共は此方に目線をやることが出来ていなかった。此方ではなく別の方を呆然と見ているようでその刹那の時の中でも俺は不思議に思った。
誘拐犯共が隙を晒しまくっていることに変わりはないので、そのまま人質となった少女を後ろから抑えていた男を狙った。
右腕で狙った男のナイフを持った左腕を強く掴む。それと同時に少女に当たらないようにその場でジャンプをして男の頭蓋を射抜くように左足の爪先で蹴る。
結果、力を込めていた体はあまりの衝撃により脱力したような状態になる。
着地した俺は掴んでいた右腕ごと明後日の方向に男の体を投げ飛ばす。そしたら見事なまでに綺麗な弧を描いて飛んでいく。
「がぁぁ!!」
投げられた男は道路にガッ、ガッ、という音を立てながらリバウンドをして飛ばされる。
投げられた方向が道路という事もあり、近くで止まっていた車にぶつかりやっと動きを止めた。
どうやら気絶したようだ。
あまりの急展開にその場にいた全員が投げられた男をみて口を開きながら唖然とする。
そう、実にこの間たったの3秒の出来事である。
電光石火、正にその言葉が似合うほどの洗練された動きと成人男性を投げられる膂力。
日常とは言えない出来事がこの場で起こったにもかかわらず、漫画でしか見れないような動きを実現させて一瞬でナイフを持った男の一人を制圧してしまった。これ程までに現実離れした展開を見れる場がここ以外にあるだろうか。
そもそもとして、気配を消しながら事件の中心の所まで向かう達仁の動き事態おかしかった。
達仁が髪をかきあげてから犯人の方までいくのに30mは離れていた。直線距離だったらなんの支障もない距離ではあるが犯人達までの道には大量の野次馬がいた。それこそスピードをかなり落とさないと通れない程に。
しかし達仁は4秒ほどの時間をかけて野次馬の最前列の所まで到着した。
このトリックの種は異常なまでの体の操作技術であった。目の前に人がいたら瞬時に体を横にして人を避けていく。それを一切誰にもぶつからずに進んでいった。
そりゃ何やってんだこいつみたいな目でみられてもおかしくない。この異常なまでの身体能力を自覚はしつつも、他人と比べるといまいちみたいな認識を持つため何故自分があのような目で見られていたのか達仁は気づくことができなかったのである。
といやぁっ!
「きゃっ」
男を放り投げた達仁はこれ幸いにと人質となっていた少女を素早くお姫様抱っこで下がらせる。
ワンチャン恐怖で足が動かない可能性はあったからな。これは正しい判断だな。
女性をお姫様抱っこする経験がない達仁でもこの人がとても軽いという事ぐらいはわかった。
証拠にヒョイという効果音が付きそうなほど軽々しく抱えあげられたからね。
「さて、人質は返してもらったわけだけど…、お前らは一体どうするんだ?」
未だ口を開いたまま動かない2人の誘拐犯にそう言葉を投げ掛ける。
それに反応してやっと目と体を此方に向けてきた。
「!………お、お前!、…何者だよ!!い、今の動きは、、あ、明らかにただ者じゃねぇ…!」
車を出す準備をしていた男も、もう一人の誘拐犯の隣に並ぶ。
そしてそのように俺の質問に答えないあいつ等に苛立ちを覚える。
「質問に答えろよ。お前らそんな事を気にしておける程余裕があるのか?」
俺は男共に向けて殺意を混ぜて言ってやった。少し怯んだ男達だが、すぐに切り替える。
俺と男達の近くには野次馬が多数いた。しかし男達がナイフを持っているから近付きたくても近付けないのだろう。しょうがないことだ。
「う、うわぁぁぁ!」
「ひっ」
色々考えに耽っていた俺だが男の叫び声で意識を現実に持ってくる。どうやら此方にナイフを向けて突っ込んできているようだった。
なんの策もなくただただ突っ込んでくる男を見て滑稽に思ってしまった。
こんな俺が居なかったら大事件として扱われそうな事案を仕掛けておいて、格闘技の一つも習っていないのか。
「はぁ」
もう終わらせよう。人質が此方に戻った時点で奴らは詰みなのだ。それに助けた女の子が怯えた声を出している。早めに片づけて不安を取り除いてあげないとな、とため息を吐いた俺は思った。
「があああぁぁぁ!」
突っ込んできた男が間合いに入りナイフを大きく振りかぶりそのまま俺の頭目掛けて振り下ろしてくる。
あまりにも単調で読みやすい動きに呆れながらも、男のナイフを持った方の脇の下に身を投げ入れる。
男の脇の下に来た俺は自身の右肩をおもいっきり上へ跳ねさせる。勢いよく跳ねた俺は男の肩を外すことに成功した。
「ぐぁああああ!い、、痛い~!があ、ああ」
情けなくも右肩を押さえながら地面でのたうち回る。体をその場で回転させ痛みを和らげようとする。かなり面白い動きに思わず嘲笑の笑みが浮かんでしまうが、もう一人いたことを思いだし意識を切り替える。
「ひ、ひぃ!」
随分と怯えた様子だな。2人も仲間がやられたのだから無理ないが。
それでも少女を怯えさせたのだからこれくらいは当然と判断し、俺は残った男へと精一杯地面に力を込めて走り出す。
唖然とした様子ではなかったのでナイフを前に突き出して構えているがそんなものは関係ない。
突き出したナイフを横にずれて躱した俺は、左手で男の右手首を掴み、右手で胸ぐらを掴んだら下半身に力を込めて背負い投げをする。
一人の青年に背負い投げをされた男が地面に強く打たれるとドンッ、という甲高いとは言えない重く強い音が周囲に響き渡り、その音が事態の収束を象徴とした。
◇
「つっっかれた~!」
固まった体をほぐすために大きく伸びをする。気持ちいいぃぃぃ!
急なトラブルに巻き込まれた俺は現在午後10時前。
7時頃に図書館での勉強を終え、その10分後くらいに事件に遭遇した俺は2時間近い事情聴取等を済ませて最寄り駅から自分の家に帰っていた。
事件としてはかなり大規模なものだったと思う。大事件と言っては差し支えのないほどに。
いずれこの事もニュースとかに報道されるのかな?
一応名前は出さないよう伝えてはあるけど。
背負い投げをかましてやった後、他に起き上がっている奴がいないかそれぞれの男を見たが漫画のように気絶していた。
割と貧弱なら凶器を持っていたとしても対処は簡単だということが新しくわかった。
道場で鍛練しかしてこなかったからかなり怖かった。凶器があるかないかでここまで変わるものなんだって思ったよ。
「ふぅ……、流石に疲れたなぁ」
一応明日は休みだし、……そうだ!この事を口実に月曜日サボろうかな……。
……やめておこう。彰にどやされる。
「それにしても、あの女の子二人は大丈夫かな……?かなり怯えていたと思う……」
人質になってた子を抱えた時はわからなかったけど、絶対怖がってるよなぁ。トラウマにならないといいけど。
達仁にとって、命というものは最も大切なものだと普通の人よりも思っている。
過去に色々あったのだ。
とにかく、誰の犠牲もなくあれ程の事件を解決できたのはとても喜ばしいことだった。ちなみに、クズな外道は人間と思っていない節があったりする。
「ご飯……どうしようかな…。今から食べるのも違うし…。よし!今日は帰ったら何もせずにベッドに直行だな!」
俺の人生の中でもトップ5に入りそうな程の凄まじい事案だったんだ。
明日起きてお風呂入ってゲームしまくろ!
そう決意した達仁はランニングするくらいのペースで家まで走るのだった。
◇
「ただいま~」
人っ子一人いない真っ暗な家に達仁の声が木霊する。
達仁の住む家はかなり大きく、2階建ての1軒家だった。
暗い玄関の明かりのスイッチを押すと少し眩しい光が達仁を包み込む。重い荷物を肩から下ろし、肩の重量感からやっと解放された。
靴を脱ぎ、制服からパジャマに着替えて自室に入った達仁は倒れるようにベッドに深く落ちる。
体が疲労を訴えている……。
かなり限界なんだけど……。
冷房をつける程ではないと判断した達仁は、布団用のタオルケットを上半身に薄くかけて寝る体勢を整えてそのまま目を瞑る。
10分程度寝ようと頑張っていたが少し寝付きが悪いことに気付き、時間を無駄にするのもどうかと思い、考え事をすることにした。
疲れてるのに眠れない……。
今はいいか…。そういえば、……あれ?……まじで今更だけど人質になってた女の子…どこかで見たことがある気がするんだけど……。
……えっ?待てよ、………………だめだ、思い出せん。
緊張を緩められない状況だったから顔を見ている余裕が無かったんだよな。覚えていないならしょうがないか…。
いや待って、気になるんだけど。
助けだした少女をどこかで見た気がした達仁だが、結局長く考え続けていても思い出せずいつの間にか寝ていたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます