第2話 クリスタ
ヘレナが呼んできてくれた医者が、俺の頭に手をかざすと、何やらじんわりした力?のようなものが身体全体に広がっていく。記憶上、ここが魔法が使える世界だとは知っていたが、実際に体験してみると、本当にここは異世界なのだと実感する。
「今のところ異常は見受けられません。安静にしていれば、すぐに動けるようになるでしょう」
と言い残し、医者は足早に去っていった。
「本当に良かった…本当に…」
そういってまた涙ぐむヘレナを慰めていると、扉がひとりでに開いた。いや、よく見ると白いパジャマを着た天使が立っている。
「クリスタ!」
「おにいさま!」
ベットから飛び下り、その華奢な身体を抱きとめる。ぎこちなくなってしまったらどうしようかと思っていたが、どうやら感情は身体に引っ張られるらしい。
「そういえばクリスタはどうしてここに?」
記憶が正しければ、この子はたしか身体が弱く、部屋にこもっているはずだが…
「おにいさまの声が聞えた気がして、つい…」
(何だこの可愛い生き物は………)
「別に責めているわけじゃないんだ。もう少ししたら、兄さんの方から行こうと思っていたからね。」
「そ、それでも、兄さんに早く会いたかったから……」
…………可愛いすぎだろ……。
透き通るような銀髪に白磁色の肌、ぱっちりとした目にほんのり色ずく頬は、まるで神が直接造形したかのような美貌だ。
初めて見た時、思わず天使と思ったが、それはあながち間違いではなかったかもしれない。
「私の顔に何かついていますか……?」
クリスタが不思議そうな顔をしている。
観察に夢中でじっと見つめすぎたな………
「いや、クリスタに見惚れてたのさ」
「も、もうっ!おにいさまったら……」
そう言い、ぷんすかしてる姿が余計に可愛い。
好きな子にちょっかいをかけたくなる気持ちが今ならよく分かる。
ふと、クリスタの表情に陰りがあるような気がした………
イシュタルの兄としての勘だろうか。
ぱっと見元気そうに見えるが、それと同時に無理をしているようにも見える。
俺ってやつは………どうしてこうも不甲斐ないんだ………
ベットから起き上がるならまだしも、歩き回るなどもってのほかだ。
何故その可能性に思い至らなかったのだろうか………
お見舞いに来てくれたクリスタに、浮かれていた自分が嫌になる――
「クリスタ、部屋まで送っていくよ」
「私はまだ…………はい………」
やはり無理をしていたのだろう………
気が緩んだからだろうか、ぼうっと熱に浮かされたような顔になっている。
「おにいさま……迷惑かけてすみません……」
険しい顔をしていたせいか、勘違いさせてしまったらしい……
クリスタにそんな顔をさせてしまうなんて、兄として失格だな――
「迷惑だなんて思ったことはない。クリスタが笑顔でいてくれることが一番の幸せだよ」
もう返事をすることすら辛そうだな………
「ヘレナ、俺はクリスタを部屋まで送り届けてくる」
「イ、イシュタル様も病み上がりです。私が部屋まで……」
「いいんだ……今はそうしたい気分なんだ」
俺はヘレナの返答を待たずして、クリスタを抱きかかえる。お人形のように軽く、そして透き通る銀髪もあいまって今にも消えてしまいそうだ……
そんなことを考えながら、いつもの道を通って、クリスタの部屋についた。
そこには、いつも通りの部屋が広がっていた。寝具にヘレナが活けてくれたであろう花、俺が誕生日の時にあげたぬいぐるみ。ただそれだけだ。母が生きていたころの煌びやかさは、影も形もない……
「ごめんなさい……」
「急にどうしたんだ?」
「わたしのせい……だから……」
たしかに母はクリスタを生んでから、産後のおいたちが悪く亡くなってしまった。
……それを、10歳の子が自分を責めているのだ………
こんなに悲しいことはない………
「誰が何と言おうとも、クリスタは兄さまの、そして母さまの宝物だよ……」
「はいっ……」
10歳にしては軽いクリスタをそっとベットに下ろす。苦しげな表情を浮かべるクリスタが少しでも楽になるように、優しく、優しく頭を撫でる。
何分そうしていただろうか。徐々にかわいい寝息が聞こえ始めた。
撫でていた手をとめ、クリスタの顔を見つめる。
なぜ、こんなにも華奢で純粋な子が苦しまなくてはならないのだろうか
自分を責めないでほしい。
自分は人から愛される存在なのだと感じてほしい。
自分は生まれてよかったと思ってほしい………
―自分を卑下することのつらさは、俺がよく知っているから―
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