第14話「呪われた街」

 街の中に直接降り立って変に目立つことを懸念して、少し外れた森の中で降ろしてもらう。


「今日もありがとうございましたバヌーさん」


 絨毯相手に律儀に挨拶するエステルに、バヌーはすっかり懐いたようで、身を寄せて感謝を伝えると、元の世界に戻っていった。


 森を抜けると、辺りは人の手で整備されており、綺麗な街道が街の入り口へと続いていた。

 もしかしたらこの街道を辿っていけばミルウェルに着くのかもしれない。


「検問が厳しくなきゃいいんだけどな」

「検問? 私が剣聖さまとガルバッハ王国に入る時はすぐに入れてもらえたけど」

「それは信用が厚い剣聖がいたからだろ。魔物が蔓延るこのご時世は厳しいものなんだよ」


 人に化ける魔物もいるかもしれないし、既に死んでいる人かもしれない。亡命する人を簡単に受け入れていれば様々な問題が生まれる。

 コピアの町にあった難民キャンプは規模が小さいからたまたま上手く行っていただけだ。


「入れてくれないようなら素直に諦めるしかないな」

「えー! そんなぁ」


 本来なら勇者であるお前がいれば顔パスで歓迎して貰えるんだよ。と言ってやりたい。


 街道に出て、二人入口を目指す。


「……ん?」

「え、なんか言った?」

「いや」


 然程距離はない。視界には入口であろう門も視認できるくらいだ。

 でも、その視界に収まるだけの情報に違和感があった。


 人の気配がないのだ。

 立派な街道に、門まで構えている街だ。それなりに栄えている事が容易に想像できる。

 でも、この昼間に誰一人、人がいない。

 外が危険だから篭り、外部から遮断しているだけかも知れないけど……。


 不意に空を仰ぐ。

 空は紅く染まってはいない。つまりここらの土地はまだ魔王の手が伸びていない証拠だ。


 どこか不気味に感じながらも、とうとう誰とも会わずに入口に着いてしまう。

 不気味なほどの静けさ。

 そして、どうしてなのか、開かれたままの門が無防備に口を開けていた。


「見て見て! かわいい木がある!」


 門の両端には小さな木……ちょうど人間の背丈ほどの小さな木が鎧を着て生えていた。


「んー? でもこれどうやって鎧を着せたのかな?」

「まだ育ってない木に鎧を被せとけばこうなるんじゃないか?」

「あーそっか! タクト頭いいね」


 もの言わない鎧を着た木は時折そよぐ風に揺れる。

 特段おかしな所は見当たらない。

 昔、魔王軍との大規模戦闘で、樹の魔術を得意とした賢者がこうした木を大地にひき詰めるように生やし、軍隊に見せかけるためにハリボテの装備を着せて魔王軍を錯乱させた記憶が蘇る。

 この木も多少の知性がある魔物避けのためにカカシとして作られたのだろうか。


「このぉ木、なんの木、気になる木〜♪」

「遊んでないで中に入るぞ」

「はーい」


 いつまでもカカシから離れようとしないエステルに声をかけて、街の中に入ろうとした。

 しかし、一歩踏み出す事なく、街の中の惨状に目を見張った。


「どうしたの?」


 ひょいっと隣からエステルが顔を覗かせると、同じ光景を見たのか、両手で口元を覆った。


「な、なんですかあれ!?」


 街の中には至る所に木が生えていた。

 服を着た木が、石畳を捲り上げて、根を張っている。

 それらが、まるでこの街で暮らす人間だったかのように。


 もしなんらかの理由で故意で作られた物なら趣味が悪すぎる。


 異様な光景から今までに似たような事例がないか記憶を遡る。

 一番近いものは石化だろうか。

 視線を合わせるだけで石化となる強力なユニークスキルを持った魔王がいた。

 人を別の物体に変える呪いの力。

 それと同じ現象なのか断定するにはまだ情報が少ない。


「あれって……」

「おい!」


 門も潜ろうとするエステルの腕を掴んで引き戻す。

 未知の惨状だ。こうなった原因が分からない以上、下手に近づくのは避けておきたい。


「でも……」


 エステルが指差す所には異形な木があった。

 良く見ると、女性服を着た木の枝が、小さな苗を大事そうに抱えていた。

 それは母親が赤ん坊を抱いているようなシルエット。

 抱きかかえられている苗は根が剥き出しになり、地に着いていない。

 それが原因なのか、少し萎れているようにも見えた。


「待て。触れたらどうなるかもわからない。それに、あれがまだ人だと決まったわけじゃ……」

「さっき触ってだじゃん! それに人だよ! だって聞こえるもん! すごい小さい声だったから気づかなかったけど、みんな苦しんでる!」

「なっ」


 エステルが掴む手を振り解いて走り出してしまう。


「っち」


 後を追うのをグッと堪えて、エステルが走っていくのを見届ける。今は二人で踏み行って全滅――木にされてしまう事が最悪なシナリオだ。


 エステルが親子の木にたどり着くと、お互いに絡まる枝を慎重に解いていく。

 ここからでは聞こえないが、なにやら会話をしているようだ。

 多くの時間をかけて、親の隣に苗木を植えると、飲み水を与えて、なにやら複雑な顔をしたエステルが帰ってきた。


「おい。少しは自分の立場を考えろ。勇者は世界に1人だけなんだぞ。代わりはいないんだから慎重に……」

「タクト。木になった人を元に戻す方法はあるのかな」


「……なにをやられて木に変えられたかにもよるけど、呪いによるものの可能性が高い。元に戻せる可能性が高いのは聖女の力を借りる事だな」


 こう言った状態異常の解除は聖女の仕事だ。

 といっても、世界によって聖女の系統は違うし、実力も変わってくる。

 この世界の聖女が、回復特化でそれなりの力があるか、もしくはこの事象に有効なユニークスキルを持っているかによるだろう。


「でも、さっきの人の心の声によるとね。その、聖女さまに木に変えられたって。そう言っていたの」

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