第13話「成長の兆し」

 バヌーは想像よりも優秀な絨毯だった。

 空を飛ぶ事で地形を無視して、気持ちのいいくらいにぐんぐんと景色が移り変わっていく。

 このぶんだと、数日で目的のミルウェルに到着できそうだ。


 エステルも空から見下ろす絶景に、凄い凄い! とはしゃいでいたのだが……。



「おぇぇえぇえええぇええぇぇぇぇ……」


 パヌーに乗ってから十数分。

 さっきまでの興奮はどこにいったのか。エステルは顔を真っ青にしてゲロっていた。


「汚すなよ」

「タクトはもっと女の子に優しく……っう」


 グロッキー状態のエステルにパヌーは絨毯の角を折ってエステルの背中をさすってあげている。


「うぅ……ありがとうございます。バヌーさん」


 そう言いながらエステルも力なくバヌーを撫で返す。


 この様子だと、寝ている間に移動するのは考え直さないといけないな。

 食べた物をげーげー全部出していたらエステルがいつ倒れてもおかしくない。

 移動は三、四時間程度に抑えて、あとは食事と剣術、睡眠に時間を割り当てるか。

 それでもミルウェルには十日程度で到着できるだろう。

 当初の二年間徒歩に比べれば全然問題ないペースだ。




「私、もう死ぬかもしれません」


 げっそりしたエステルが空を仰いで呟く。


「乗り物酔いで死んだら笑えるな」

「笑えません」


 今日の移動ノルマを終わらせてエステルを木陰に休ませてやる。


「まぁ、毎日も繰り返していればじきに慣れてくるさ」

「毎日こんな……」


 エステルが絶望する。

 俺も小さい頃は乗り物酔いしてたからな。これは慣れだ。


「良くなったら剣術の稽古だぞ」

「うぅ……今日はお休みにならないの?」

「ならん」


 こんな難易度の世界じゃなければもう少しのんびりしたいけどな。


 エステルはレベルの割に技術が追いついていないように感じる。

 基本的にレベルで強さを指標する事が多い。

 技術が追いついていなければ判断を間違える事も多くなるだろう。

 特にエステルに限っては、「私の方がレベル高いのよ!」とかすぐ調子に乗って返り討ちにされかねない。

 常に俺が側にいれるとも限らんからな。




「見てて! 本当に流が出来たんだから!」


 乗り物酔いから復活した途端、エステルが木剣を俺に向けてキメ顔で言ってきた。

 そういえば、コピアの町での戦いの後、そんな事を言っていたな。


 流とは俺が考えた攻撃を受け流す技。まぁゲームでよくあるパリィみたいなものだ。

 魔王含め、魔物達の膂力は想像のそれを超えている。

 それをまともに受ければ、優秀な武器でもゴナゴナにされる事が多い。

 だから受け流す技は勇者にとって必須と言って過言ではないだろう。


 相手の動きと力の流れを読み取ってそれに合わせる必要があるこの技は一朝一夕で身につくものではない。

 特にこのへっぽこ勇者なら尚更だろう。


 しかしこのエステルの自信満々の顔。

 まるで新しく覚えたものを披露して、親に褒めてもらいたい子供の様だ。


「じゃあいくぞ」

「あ、待って! いっせーのせでやって! っせて振り下ろすの!」

「あーわかったわかった」


 木剣を振り上げる。


「あー! ちょっと待って! お手本! 私がお手本見せるから!」

「は?」


 なんだよお手本って。


「これくらい。いっせーのせっ! これ! これくらいのスピードだから!」


 エステルは俺の声を無視して、木剣で素振りを見せて来る。

 素振りと言っても、随分ゆっくりだ。もはや素振りですらない。

 でもこれで満足するならいいか。


「じゃー行くぞ」

「どこからでもかかってきなさい!」


 どこからもなにも全部指定されてるんだが。

 ツッコミを入れるのもめんどくさい。

 ご要望通り、掛け声と同時に木剣を振り下ろした。

 そして。


「あイタっ!」


 俺の木剣がそのままエステルの脳天に直撃した。


「よし。じゃあ今日の稽古を始めるぞ」

「待って! 今ちょっとタクトのが早かったもん!」


 おい。俺のせいにするなや。


「おまえなぁ」

「うぅ……だって本当に……」


 エステルが落ち込む。

 そんなに俺に見せたかったのか。


 思えばコイツにはアレがダメ、コレがダメ、全然ダメダメとばかり言ってきた。

 そろそろ少しは認めるところを見つけてやらないとモチベーションにも繋がってくるか。


「別に嘘だと思ってない。成功したんだろ?」

「え、信じてくれるの?」

「そうだな。でなきゃ生きてないだろうし、火事場の馬鹿力じゃないけど極限状態だからこそ出せるパフォーマンスってのもあるものだ」


 思い返せば、あの時のエステルのレベルは53まで上昇していた。

 もしかしたら、エステルは流の基礎は既に身に付いていて、ただレベルによる身体能力がついていけていないだけなのかもしれない。


「っは! つまり、これがイップス!?」

「バカタレ。それは普段できてる奴が使う言葉だ。お前の場合はマグレだ」


 すぐに調子に乗る。

 エステルは褒めて伸ばしてはいけないタイプだ。


 しかし、エステルに剣技が身についているのだとしたら僥倖。

 レベルの問題で技が成功しないのなら、レベルを上げるのも一考かもしれない。



÷−÷



 バヌーの優秀な移動速度を繰り返す事数日。

 目的地であるミルウェルまでの距離を半分ほど消化できた頃には、エステルの顔色が青くならないくらいにはバヌーの移動に慣れていた。


「見て! あそこに街があるよ!」


 エステルが指差す方にはコピアの町より二回りも大きい立派な街が見えた。

 隣接する湖は太陽の光を反射させてキラキラと光っている。


「凄い! あの大きな水溜まりが海なのかな!?」

「あれは湖だな」

「湖? 湖と海ってどう違うの?」


 そうエステルに尋ねられて、咄嗟に言葉が思い付かない。


「……海はもっと広い」

「へー!」


 小学生並みの答えに、なにも疑問に思わず、エステルはただ美しい湖に見惚れている。

 

「少し早いけど、今日はあそこの宿で一泊しようか」

「本当!?」

「俺もたまにはベッドでゆっくり休みたいからな」


 夜の見張りを全部引き受けていたのもあって、少し疲れが溜まっている。

 その会話を聞いたバヌーが高度を下げながら湖の街に向かった。

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