第12話「移動手段」
ミルウェルを目指して北に進む。
中継ポイントとして、途中にある幾つかの街や村を教えては貰ったが、道が整備されてなく、少しでも方角を間違えれば通り過ぎてしまうだろう。
なにが言いたいかというと、当分は野宿が強いられるってことだ。
このまま移動手段が徒歩であれば二年も。
悠長にそんなことやってられないし、この世界は二年も保たないだろう。
「どうしたもんかね」
「あーーーー!!」
考え事に耽っていると、隣から騒々しい声が上がる。
「どうした」
「武器屋のおばちゃんから借りていた剣を壊した事、また謝っていませんでした!」
そう言うと、エステルは回れ右をする。
「おい、待て」
「ぐぇ!」
後ろ襟を掴むのカエルを潰したような声が出た。
「なにするんですか!」
「なに今更戻ろうとしてんだ」
「だって大切な旦那さんからの剣を壊しちゃったんですよ! 謝らないと!」
当然でしょ! と少しむくれるエステル。
「そんな時間はない。それに武器屋のおばさんには俺から謝っておいたし、変わりの剣をあけだら喜んでいた」
「変わりの剣?」
「ああ、白い魔物が8本も持っていただろ」
武器収集が好きな魔物だったようだから、持っているのも中々の剣だった。
今まで見てきた伝説の剣や、至宝の剣と比べるとだいぶ劣るが。
「うそ、魔物が持っていた剣を渡したの!?」
信じられない! と声を上げる。
「別に剣は魔物じゃないんだからいいだろ」
「呪われちゃうかも!」
どんな偏見だよ。
多くの人を殺した剣だから怨念が付いているとかか?
……いや、今までに装備したら最後、手から離れない武器や精神を乗っ取られる代物があったか。
「そのへんはちゃんと問題ないことも確認した。そうだ。エステル用にも一本持ってきたんだ。持ち慣れるためにも今から持っておけ」
「えぇー。そんな魔物なんかが持っていた剣なんて……って、それ!」
エステルにと取っておいた一振りの剣を取り出す。
白い魔物が持っていた中でも一番良いやつ。
それを見てエステルは目を丸くした。
「それ、剣聖さまの剣……」
エステルが剣を受け取ってまじまじと見ると、間違いないと呟いた。
「そんな……」
エステルの目が涙で滲む。
白い魔物が剣聖の剣を持っていた。
つまり、そういうことだ。
「……白い魔物は俺の武器も奪おうとしていた。恐らく武器のコレクションに強い想いがあったんだと思う。エステルの話からすると剣聖は複数人で行動しているんだろ? なら剣を奪われただけかもしれない」
「そう、だよね……」
変な期待をさせない方が良かったかもしれない。
でも、これ以上エステルのメンタルに負担はかけたくない。傷を治すアイテムはあっても心のダメージはどうもできない。
なんとか持ち直して欲しいものだが。
それから俺たちは半日ほど歩き続けた。
整備されていない道なき道を歩くのは想像以上に体力を消費するものだ。
それでも、エステルは根を上げずに歩き切った。
黒の魔物との戦いでレベルが10まで上がったのもあるだろうが、それを褒めてみると、普段から遠い場所まで水汲みをする事が日課で、歩く事には自信があるとの事だ。
日が落ちて、野宿の準備をする。
火を起こし、コピアの町で作っておいた味気のない干し肉を二人で齧る。
せめて食事の時くらいは楽しい気分になりたいものだが、調味料どころか鍋すらない今、素材の味をそのまま受け入れるしかない。
エステルにとって嫌なニュースがあったのも原因だ。
剣聖のことで余程こたえたのだろう。
それほど、あの剣の持ち主だった剣聖に思い入れがあったのだろう。
いつも無駄におしゃべりのクセにあれから言葉数が少ない。
いつもは鬱陶しいくらいなのに。
道中の会話でも、食事でもこう気が沈んではやってられない。
やめだやめ。
人の死で沈む場面は今までに沢山あったけど、ここまで世界救済が絶望な状況で救済以外のところで気を遣いたくない。
「リエスト。第91世界〝カナプス・ノア〟 美食探究の魔具――〝ガストロノミー・ポッド〟」
俺の声に応えて、カッと辺りが輝き、空から大きな鍋が落ちてきたのをキャッチした。
「ええ!? 今のなに!?」
さっきまで無表情で干し肉を齧っていたエステルが目を丸くした。
「魔法だ。遠くの場所からアイテムを取り寄せるな」
「タクトって魔法も使えるんだ……」
取り寄せた鍋にコピアの町から持ってきた野菜と干し肉を適当にぶち込む。
それから各種調味料もリエストで取り寄せてそれもぶち込む。
世界救済以外でリエストを乱用したことで、女神から小言を貰ったが、現地勇者がへっぽこなのを知ってて黙っていたことを問いただすと、黙った。
「わぁ。これってもしかしてお塩? こっちはお砂糖!」
「はしたないからペロペロ舐めるな」
この世界では調味料はそれなりに貴重品のようでエステルが砂糖を舐めて目を輝かせている。
俺のいた世界でもお金ができる前は、給料が塩だったところもあったらしいしな。調味料はどこでも価値ある物なのだろう。
それから十数分。
鍋の蓋を開けると、あら不思議! 一流シェフも驚く絶品のスープが完成しているのだ!
このガストロノミー・ポッドは食材と調味料を入れるだけで完成された料理を作ってくれる魔道具。
もともとは第91世界の賢者、もとい料理人が造った鍋なのだが、自分で造っておいてこんなもので料理をしてもつまらない! と言って譲って貰った魔道具だ。
「んん~~~っ! 美味しい!」
さっきまでの沈んだ顔はどこに行ったのか。エステルは幸せそうな顔で頬が落ちないように、両手で押さえている。
「まぁ、世界のために頑張ってるんだ。食事くらい贅沢したってバチは当たらないだろう」
「生きてて良かったー!」
黙々とスープを口に運ぶエステルはいつもの調子に戻っていた。
あっという間に鍋が空になると、春の小太刀の時と同じように消えていった。
「はぁ~。世界にはこんなに美味しいものがあるんですね……」
「そうだな」
「お父さんとお母さんにも食べてもらいたかったなぁ……」
エステルは夜空を見上げる。
「私を守って皆んな先に死んでいくんです。両親も、剣聖さまも」
「別に剣聖は違うだろ?」
「そうですね。ちょっと、ネガティブになっています」
無理矢理笑ってみせるエステル。
「タクトは、私より先に死にませんよね?」
そんなの知らん。と言いかけて、エステルが真剣な目で俺を見ている事に気づく。
「この先、もっと別れは多くなる。勇者が魔王を倒すまでな。でも……」
少し泣きそうなエステルの頭に手を伸ばす。
なにを察したのか、委ねるように頭を差し出して来た。
「俺の心配より自分の心配をしろ。むしろ今のエステルより早く死んでやるほうが難しいだろうが」
そのままオデコを弾いてやる。
「あイっったぁーー! 今のは優しく頭を撫でて慰めてあげる場面なのに!」
「知るか」
「むー」
オデコを抑えながら涙目で睨みつけてくるエステル。
うん。いつも通り。
少しだけ笑みが溢れた。
「心配するな」
「へ?」
「俺は魔王を倒すまでは死なない」
「……うん!」
÷-÷-
夜が明け、まだ薄暗い早朝。
だらしなく涎を垂らしながら、無防備に眠るエステルを叩き起こす。
「おい、起きろ。もう出発するぞ」
徒歩で距離を稼ぐにはとにかく時間をかけるしかない。
一刻も早く次の移動手段を手に入れるためにも。
「ん~~。あと30分……」
むにゃむにゃとお決まりのセリフを言って寝返るエステル。
それに躊躇なく鼻を摘んだ。
「ひひゃい! ひゃいから!」
「さっさと起きろ」
「ずっと思っていたけど、タクトって私を女の子だと思ってないでしょ!」
乙女の鼻を摘むなんて……と、ぶーぶー文句を垂れながら不満そうに起き上がるエステル。
「……昨日の魔法のお鍋みたいに、魔法の空飛ぶお布団があればいいのに」
「なにバカなこと言ってんだ。そんなふざけたアイテムがあってたまるか」
普段からそんなハッピーなことを考えているからへっぽこになるんだ。
と、空飛ぶ布団というシュールな光景を思い浮かべる。
寝ている間に移動してくれるのだがら、今の俺たちには理想のアイテムだ。
でも、そのイメージが俺の記憶の何かと重なった。
「あー、あったな。空飛ぶ布団」
「ほんと!?」
すっかり忘れていた。
忘れていたのも当然。遠い昔。まだ一桁の世界で、それには一度だけ乗せてもらっただけだ。
確かあれはいつでも好きに使っていいと言われたはず。
「リエスト。第9世界〝アリアン〟 空飛ぶ魔法の絨毯――〝パリ・バヌー〟」
リエストに応えて、丸められた絨毯が落ちてきた。
「おっと」
中々の大きさで、全身を使ってそれをキャッチした。
「昨日も思ったけど、面白い呪文だよね。それにしても……これがお布団?」
「布団じゃない。絨毯だ」
「じゅうたん? あ、お城にいた時に見ことある。床の敷物だよね。綺麗な織物だから踏まないように気をつけていたら剣聖さまに笑われちゃったなぁ。この絨毯が空を飛ぶの?」
「そうだ。確か結構スピードも出たはず。これで二年も歩かなくて済むぞ」
凄い! 凄い! と目を輝かせるエステル。
俺がいた世界から見ればこの世界も十分ファンタジーだけど、ファンタジーの住人からしても、よりファンタジーなものは心踊るようだ。
俺はその辺の感覚は狂ってしまったけど。
「ね、ね! これって私のおかげだよね? 私が空飛ぶお布団って言ったからだよね?」
私の手柄だよね? 褒めて?
と、すぐ調子に乗るエステル。
「そうだな。よくやった。これで剣術の練習に時間が多く取れる。そこで感謝を伝える事にしよう」
「もー! 素直に褒めてくれればいいのに、なんでそんな意地悪するのよ!」
「すぐに調子に乗るからだ。黙ってればいいのにいちいちアピールしてくるから恩着せがましいんだよ」
まぁ、普段からへっぽこだからこんな事でしか承認欲求を満たせないからかもしれないが。
そう考えると、なんだか不憫に思えてきたな……。
「……とにかく広げるぞ。って、結構砂被ってるな。アルディンのやつ、あれからずっと地下倉庫の手入れしてないな」
久しぶりに思い出す旧友に口角を緩めながら、絨毯の端を摘んでバサッと広げた。
すると、絨毯はフワリと広がり、俺の手から離れると生き物のように捻って伸びをすると、ブルブルと犬のように振りわせてついていた砂を振り払った。
「わぁ。まるで生きているみたい!」
「一応魔法の力で意志が宿っている。喋ったりは出来ないけど動物みたいだろ」
「凄い凄い! あなたのお名前は?」
「持ち主はバヌーって呼んでいたな」
「バヌーさん。私エステル。よろしくね」
絨毯相手に律儀に挨拶をすると、バヌーはスルリとエステルを抱きしめるように包んで愛情表現で挨拶を返した。
「私、絨毯とお友達になれるなんて夢にも思っていませんでした!」
よしよしと絨毯を撫でるエステル。
こうして勇者パーティーに新しい仲間が加わったのだった。
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