閑話「天下の事件」

 タクトが三十一回目に救済に携わった世界、天下。

 魔王が討伐され、復興も進み、穏やかな時代に移り変わろうとしていた頃。

 大事件が起こっていた。



「み、見つけましたアカツキ様!」


 ぜーはーと膝に手をついて息を荒げるのは、巫女服を纏う幼顔の少女だった。

 随分と走ってきたのか、狐の耳は元気が無く、やや萎れているように見えた。


「おお、ヒマリではないか。どうしたそんなに急いで」

「どうしたもこうしたもございません! 盗難でございます!」

「またスられたのか。魔王がいなくなっても悪は絶えないものだな」


 アカツキは他人事のように聞き流すと、ズズっとお茶を啜った。

 脇には三色の串団子が置かれている。

 どうやら甘味処で舌鼓の所のようだ。


 事の重大さが全然伝わっていない様子のアカツキに、ヒマリは顔を赤くして憤慨する。


「違います! スリごときでアカツキ様のところに来ません!」

「落ち着け。スリごときとは口が悪いぞ。スリも立派な悪だ」

「む、それはその通りです。失礼しました。撤回します……。撤回しますが! それよりも大変でございます!」


 ヒマリの慌てぶりに大変なことはよくわかった。

 しかし、要件がなかなか出てこない。

 ヒマリの悪いところだ。

 慌てた時のヒマリは空回りする。

 魔王討伐の旅でのことを思い出す。


「わかったわかった。落ち着け。おばちゃん! お茶を一つ、温いのを!」


 アカツキが店の中に声をかけると、「あいよー」と返事と共に、湯呑みを持ったおばさんが顔を出した。


「あら、これは最良の巫女様じゃないか。まさか天下の英雄様が二人も来るなんて大御神に感謝だねぇ」


 息を切らして言葉が出ないヒマリは何度も頭を下げておばさんに感謝を表すと、湯呑みを受け取って一気に飲み干した。


「ぷはっ! 生き返りました! ご馳走様です」

「それで、盗難で何がそんなに大変なんだ?」

「春です! 春が盗まれました!」

「なんだと?」


 アカツキが立ち上がる。

 事の深刻さを理解したアカツキの顔が険しくなった。


「おばちゃん、悪いけど付けておいて!」

「あいよ、事件かい? 行ってきな」

「助かる!」


 足早に移動しながら、ヒマリから状況を確認する。


「いつからだ?」

「ついさっきのことです。春の小太刀の気配が消えたので飛んで参りました。まだ目視では確認できてはいないのですが、気配がプツリと!」

「最良の巫女が消えたって言うなら消えたんだろう。とりあえず現場に急ごう。イコイには?」


 イコイとは魔王討伐の仲間だった神職だ。

 頭の切れる彼女の力も欲しい。


「イコイ様とは偶然ご一緒しておりましたのでご存知です。今は夏と冬の確認に走ってもらっています。それで、秋は……」

「ん、秋の御剣みつるぎは此処に」


 アカツキが帯刀の柄に手を当てて、存在を確認する。


 春夏秋冬。季の宝具。

 魔王討伐の時に力を振るってくれた天下の至宝。魔王亡き今、秋の宝具以外は各宝物殿に厳重に保管されているはずだ。


「しかし、宝物殿の結界を突破するなんて可能なのか?」

「不可能……の筈です。宝物殿には私を含めた各地の菅長である巫女十二人で結界を張っています。この十二支の結界を破ったのは過去に一度、魔王くらいなものです」

「魔王か……嫌な予感がするね」

「私もでございます」



÷−÷−



 問題の宝物殿に着くと、ヒマリの顔が険しくなる。


「どうした?」

「おかしいです。結界は一つも破られていません」

「じゃあ盗まれたのは勘違いとか?」

「そうであれば嬉しいのですが……結界を一時的に解きます。私が合図をするまで息を止めるのと、周囲の警戒を」

「わかった」




 結界が解かれ宝物殿に入ると、祀られているはずの春の小太刀が確かに姿を消していた。


「ないな。気は追えそうか?」

「入ってすぐに気を探ったのですが、何の痕跡もございません。こんな事、初めてです」


 あらゆる生物、物質には気を宿している。

 優秀な巫女であれば、誰が何を持ち、どう移動したかを気の痕跡を辿る事ができるのだ。


 しかし、それが一切ないと言う。

 巫女の中で最も優秀であり、世界からも選定されたヒマリが言うのだ。

 疑う余地はない。


「も、申し訳ありません……私の力不足でこんなことに……」

「ヒマリで力不足だとしたら誰がやっても無理だと言うことだ。落ち込む事はない。しかし、どうしたものか……」


 春の小太刀が盗まれた事はそう問題ではない。

 問題なのはヒマリの結界が突破された事だ。

 そして、これが出来たのは魔王のみ。

 それが問題なのだ。


 魔王の復活。

 最悪なことが頭を過ぎる。


 その時、カタッと、小さな音が宝物殿の奥からした。

 アカツキは条件反射のようにヒマリの前に出て、秋の御剣の鯉口を切った。


「アカツキ様!」

「ヒマリは呪術の準備を!」

「違います! 春の小太刀でございます!」

「なんだって?」


 見ると、あるべき場所に春の小太刀が存在した。

 今さっきまで、確かに無くなっていたのにだ。


 刀を鞘に戻し、警戒しながら春の小太刀を手に取る。

 何も変わりない。

 変わりないが、どこか懐かしい気を感じた。


「……タクトか?」

「はい! 間違いありません! タクト様の気を感じます!」

「そうか、タクトが……」


 鞘から刃を出すと、微かだが使った痕跡があった。


「この件、どこまで広まってる?」

「すみません、結構大事にしちゃいました」


 ヒマリが顔を青くする。


「よし、じゃあ僕が持ち出していたことにしよう」

「え、ですが……」

「ヒマリが結界を解いて、僕が持ち出した。ヒマリは寝ぼけていて僕が持ち出した事を忘れていた。それでいこう」

「私が大目玉なのですが!?」


 ガーンと狐の尻尾が膨れ上がる。


「大丈夫大丈夫。世界を救った僕とヒマリなら大目玉くらいで済む。一応イコイにも話しておこう」

「結局大目玉なのですが!?」

「いいじゃないか。あのタクトが久しぶりに顔を出してくれたんだ」

「うぅ。ですが、イコイ様はなんと言うでしょう」


 魔王討伐の旅の終盤、タクトは仲間から外れた。

 理由はイコイとの喧嘩別れ。

 タクトは上手くやったと思っていたのかも知れないが、喧嘩の内容もわざとらしいし、魔王との戦いも影から見守ってくれていたのも全員が知っている。


 何故魔王との戦いに参加しなかったのかは今でも分からない。

 その理由を聞こうと、今でもタクトの捜索は続いている。

 その捜索を指揮しているのがイコイなのがまた面白い。


「まぁ、怒るだろうな。イコイはタクトのこと好きだったから」

「でございますね」


 これにて問題解決。

 夏の神楽鈴はヒマリ、秋の御剣みつるぎはアカツキ、冬のかんざしはイコイ。

 そして、春の小太刀はタクトが手にし、長いようで短い旅を共にした。

 春の小太刀はタクトの所有物と言っても僕ら三人は文句は言わないだろう。

 最初から盗難でもなんでもなかったのだ。


「タクトは今でも世界のどこかで戦っているんだな」

「そのようですね。これからはこまめに研ぎを行った方が良さそうです」

「それがいい。宝物殿の結界を解くときはいつでも呼んでくれ。護衛が必要だろう」

「はい、その時は是非に」


「よし、皇女様に怒られる前にイコイも呼んで甘い物でも食べに行こうか」

「さっきまでお団子を食べていませんでした?」

「いいんだよ。それよりタクトが来たって言った時のイコイの顔が楽しみだ」

「あ、それは私も楽しみでございます!」


 天下は今日も平和である。

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