第11話「旅立ち」
「あれ!?」
ガバッと勢いよく起き上がったエステルと目が合う。
状況を分かっていないのか、困惑した顔色が伺える。
それからペタペタと自分の体を触って確認すると、改めて俺の方を向いた。
「ここが天国?」
「天国が難民キャンプの中だったら夢も希望もないな」
「でも私、死んで……」
確かに、エステルは虫の息だった。
多くの骨が折れて、体の中もぐちゃぐちゃになっていただろう。
到底、自然治癒で命を繋げられる状態ではなかった。
俺には聖女の力のような回復の力は持っていない。
いくら強力な聖女の装備を出しても、俺には神聖術を扱う事はできないのだ。
だから、回復のアイテムを出すしかなかった。
回復のアイテムと言えば、お手軽のようにも聞こえるかもしれない。
だが、これはかなり貴重な物だ。
傷薬のような、塗って自然回復を向上させるような代物ではない。
魔法の回復アイテム。
しかも即時全快のアイテムなんて、希少も希少。
もしそんな物が当たり前に出回るのであれば、聖女は不要だろう。
今回、初手で切り札を切らされたと言わざるおえない。
「って、そうよ! 町は? 黒と白の魔物は!?」
記憶が追いついてきたのか、エステルは慌てた様子でキョロキョロと周りを見渡している。
倒した。それ伝えるべきかエステルの意識が戻る前の時間にかなり悩んだ。
倒したと言えば、当然俺一人であの二体の魔物を倒したことになる。
過度な強さはあまり見せたくない。
現地勇者のエステルが、剣聖よりも強い存在を知れば、世界救済の旅を辞めてしまう可能性があるから。
実際、過去にそれでやらかしたことがある。
なら、嘘を重ねた方いい。
今まではそう考えてやってきた。
でも、今回の戦いでその考えを改める事になった。
正直、レベルチャネリングがあればなんとでもなると考えていた。
ちょっとした刺客が送られてきても、美味しくエステルの成長の糧にできればとも考えていた。
その結果、エステルは死ぬ一歩手前まで追い詰められていた。
あの時、白い魔物が油断しなかったら間に合わなかった。
勇者が死んでしまったら元も子もない。
反省する点はこれまでの世界のように俺の強さを隠して戦う程、この世界は温くないということ。
今後、こんな事を続けていれば、魔王の前に立つ前にエステルは死んでしまう。
なら、吐いて楽になっちまおう。
嘘をつくにしてもエステルのユニークスキルも厄介だしな。
「倒した。町のみんなも無事だ」
「倒した? え、倒したの!?」
エステルが立ち上がって俺の肩を掴む。
「倒したって、え!!? 嘘!!? なにを倒したの!? ドミノ? ドミノ倒し? ええ??」
「落ち着け」
「あイタッ!」
錯乱したエステルに一発オデコを弾いてやる。
「なにするのよ!」
涙目でオデコを押さえながら文句を言ってくる。
うん。これだけ元気なら体の方は問題ないようだな。
「あの白と黒の魔物は倒したっつてんだ」
「倒したって……タクトが?」
「そうだ」
信じられない。と目を見開く。
そして、瞳に涙を滲ませると、いきなり俺の胸に飛び込んできた。
凶悪なツインスライムが形を変えて押しつけられる。
「お、おい!」
「ふえええぇぇぇ! よかったっ! もうダメだって! もう絶対ダメだって思ってたの!」
よかった、よかったと口ずさみながら、ひくひくと泣き始めるエステル。
そうか。そうだよな。
泣いているエステルの姿を見て思い出す。
あの戦いを経て、俺は先の事ばかりを見ていた。
あの戦いは世界救済までの小手調べの初戦であり、通過点。
きっとそれは間違いでは無いのだろう。
でも、エステルにとっては違う。
あり得ないくらいの死地を乗り越えたのだ。
決死の覚悟で、町の皆を助けようと、一人でも多くを救おうと、全てを投げ打って果敢にあの場にいたんだ。
故郷を滅ぼされ、尊敬する剣聖でも敵わなかった魔物を前にして。
今の俺では想像できないほどの恐怖だったろう。
エステルが勇者を辞める辞めないと狡い事を考えることよりも、まずやる事があるじゃないか。
「よくやったな」
エステルの頭に手をそっと乗せる。
今くらい生きて町を救えたことを喜んでいいじゃないか。
それからエステルは五分ほど泣くと、俺から離れて、
「本当にタクトって強いんだ……。なんでタクトが勇者に選ばれなかったんだろうね」
そう、言葉を溢した。
当然の感想だろう。他の世界でも同じようなことをよく言われた。
「でも、これで世界は救われるわね! だって、剣聖様でも敵わなかった魔物を一人で倒しちゃうんだもの!」
あ、まずい。
「いや、それは……」
「タクトと、剣聖さまが力を合わせれば百万人力だわ! それに聞いて! 初めて
と、エステルは意気込んだ。
杞憂だったってことだ。
エステルの事だから自分が不要かもなんて発想ができないくらい抜けているかもしれないが、どうでもいいことだ。
「そうだな」
まずは一歩。
世界救済への確実な一歩を踏み出せただろう。
÷−÷
「え、コピアの町を出るの? 今すぐに?」
エステルが起きて少しゆっくりした後、俺はあらかじめ旅支度を済ませといた荷物を持ち上げる。
「魔王に場所が割れているからな。どうやって居場所が知れたのかは分からないけど、今後は一つの場所に長く留まるのは控えた方がいい」
「そうか。そうだよね。コピアの町がまた危険な目になっちゃうもんね」
なるほどとエステルが頷く。
俺がこの世界に来てから一ヵ月と少し。
特に行動を起こしていないのに特定されていた。
しかも俺の事を天使と呼んでいたな。
天使……天界の使い。そう言う意味ではあながち間違ってはいない。
つまり、ここの魔王は俺という存在を知っている。
今までそんなことはなかった。
やはりこの世界は今までの世界とは違う。
慎重に行こうじゃないか。
「じゃあ、行き先はサルバン?」
「いや、遠回りになるけど、ミルウェルに先に寄ろうと考えている」
サルバンとミルウェル。両方とも国の名前である。
サルバンは魔術の研究が盛んな国であり、そこに賢者がいると風の噂がこのコピアの町に届いているのだ。
そしてもう一つのミルウェルは神聖術が盛んな国。そこには聖女が百年以上前からいると話に聞いている。こっちは噂ではなく有名な話で信憑性が高い。
賢者もしくは聖女との合流を目指すならどちらかになるのだが、コピアの町から南に歩いて半年かかる所にサルバン。そして北に二年ほど歩いた所にミルウェルがある。
どちらも遠い。そして逆方向。
世界規模の旅だと仕方がないのだが、途中で良い足を手に入れないと仲間と合流する前に世界が滅亡してしまう。
無いのかな、旅の○みたいな便利なものは。
あとはドラゴンとか、空飛ぶクジラとか仲間にできれば良いのだけれど、今は当てがない。
因みに、別世界で足に使っていたクジラをリエストしようとしたら、女神にめちゃくちゃ怒られた。
仲間はアイテムじゃありません! ってな。
どうやら生き物はNGらしい。
せめて馬くらいは欲しい所だが、武器同様、馬も持っていかれてしまったらしいく町にはいない。
と、話が逸れた。実は移動手段は課題として、何故遠い方のミルウェルを先にしたかだ。
「賢者の方は情報が不確かだからな。半年歩いて無駄足だったってのは避けたい。それに……」
「それに?」
「あれだけ強い魔物をぶつけられていたら体が持たない。早めに回復リソースは確保しておきたい」
「りそーす? でもそっか。怪我したら痛いもんね」
痛いとかのレベルじゃねぇんだけどな。
兎にも角にも、回復がないのは不安が大きい。
ただえさえエステルはどうでもいい所で怪我するし。
こうして、俺たちは旅立つ事になった。
町の出口にはエステルを見送ろうと、町のみんなが待っていた。
「皆さん!」
「遂に旅立たれてしまうのですね勇者様。町を救っていただいたのに、大したお礼が出来なく申し訳ないです」
町長が一歩前に出て代表でエステルと握手を交わす。
「あの、町を救ったのは私じゃなくてタクト……」
エステルがチラリと俺の方を見る。
それに俺は首を振った。
町の、世界の誰もがエステルの、勇者の力強い姿を望んでいる。
ぽっと出の。いつかはいなくなる俺なんかが目立っても仕方がない。
エステルが寝ている間に、町の皆にはエステルの活躍を伝えておいたのだ。尾鰭をつけて。
やっぱり勇者は皆んなの希望じゃなきゃならないからな。
町長に続いて、続々と握手の列ができた。
まるでアイドルの握手会だ。
それだけエステルが人気者だったってことだ。
「魔物を倒してくれてありがとう! 勇者のおねーちゃん薪割りは下手くそだけど、すごく強いんだね!」
師匠であるエルとエマにもお褒めの言葉を頂いていた。
それにはエステルも複雑な表情だ。
町の全員と握手を終えると、俺たちは名残惜しみながら町の外へ出た。
「皆さん、お世話になりました!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます