第10話「リエスト」

 エステルの窮地から数分前。


 俺は二体の魔物からただならぬ力を肌に感じ取っていた。

 俺は白と黒の魔物を交互に観察する。


 白い方がレベル73。

 黒い方がレベル69。


 レベルだけなら魔王を張れる高さ。

 女神を疑っているわけではないが、これらの化け物を従えることのできるこの世界の魔王のレベルが102という情報に信憑性が増す。


 恐らくこいつらは魔王側近の四天王に当たる奴らだろう。

 四天王はどの世界にも存在する。

 呼び方は世界によって違えど、魔王には必ず4体の強力な配下を従えていた。


 魔王からしてみれば切り札である四天王。その貴重な手駒をいきなりぶつけてきたわけだ。


 今までに、初手で四天王をぶつけてきたのは初めてではない。

 過去に二度、難易度の高い世界では魔王が危険因子を早々に潰そうと初っ端から送ってきたことがある。

 確か、第66の世界と、第77の世界だったけか。

 今回もそのパターンなんだろうだが……。


「いきなりボスキャラ二体ってのは初めてだな」


 俺はいいとして、今のエステルのレベルは7だ。

 いくらラッキーセブンと縁起のいい数字でも、この場では無意味である。

 久々に嫌な汗が額に浮かぶ。


「黒い方は私が相手よ!」


 さっき話した通り、エステルが黒い方を引きつけるように挑発する。


 黒い方はレベル69。

 エステルの約10倍だ。

 逆立ちしたって敵いっこない。


「二秒で十分だ!」


 黒い魔物がエステルに飛び掛かる。

 その瞬間を横目で追った。


 エステルは剣術と呼ぶにはあまりにもお粗末なものだった。

 呆気なく宙に弾き飛ばされてしまう。


 しかし、

 即死では無く。

 両断でも無く。

 レベル7のエステルがレベル69の魔物の攻撃を受けて、ただ、宙を舞っただけだった。


「……なにをシタ」


 白い魔物が機械的な声で尋ねる。


「俺が何かしたように見えたか?」

「僅かに魔力のようなものが勇者に流れ込むのを感じタ。それがお前のスキルカ」


 気付くか。

 俺だって一応は女神に選ばれた勇者。

 ユニークスキルを持っている。

 ベテランや中堅の神々がスルーした、微妙なユニークスキルだけどな。


 〝レベルチャネリング〟。


 自身のレベルと仲間のレベルを均一に振り分ける。

 それが俺の能力だ。


 今の俺のレベルを確認すると、53まで下がっている。

 つまり、エステルはレベル53まで上がっているという事だ。


 レベルチャネリングはデメリットの方が圧倒的に多いユニークスキルだ。

 なんせ、レベルが高い方がレベルアップ時に与えられるステータスが多いのだから。

 レベル1から2に上がった時に攻撃力が1上がるとしたら、レベル99からレベル100に上がる時は1000以上上がる。


 今のエステルは驚異的なステータスを手に入れたが、比べて俺のステータスダウンはエステルの上昇値よりも凄まじい。

 トータルで見れば大損だ。


 駆け出しの頃は本当に使い道のないゴミユニークスキルだったが、レベルが上限にまで達した今となっては、勇者パーティーの底上げに役立っている。

 まさにこんな時に。


 しかし、現地勇者にレベルを吸わせてここまで俺がピンチに陥ることは珍しい。

 圧倒的なレベルを手に入れてから幾年。

 現地勇者がピンチになれど、俺自身が命の危険を感じる場面は片手の指で数えられるくらいなものだ。


 久しぶりに死の可能性を感じて、背中に嫌な汗が滲む。


「なるほド。さっきまで村娘当然だった勇者がまるで別人ダ。魔王様が警戒したのはその規格外なスキルと見タ。しかし……」


 白の魔物が8本の剣を構える。


「支援系のスキルならば、戦闘系のスキルではないというコト。それで私に勝てるカナ?」

「試してみるか?」


 そう言い終わるや否や、2本の剣が襲いかかった。

 残り6本も予備動作に入り攻撃と防御、あらゆる対応ができるように動いている。

 それらを舐めるように視認してから、俺も剣を抜いた。


 頼りない重さの愛剣で、二つの剣筋を逸らすことに成功すると、木剣はカツオ節を削ったかのように削がれた。


 木剣ではジリ貧。

 何度も打ちあえないと判断した俺は、一度距離をとる。


「やるナ。人間の動きではなイ」

「そりゃ、どうも」


 オシャカになった木剣を捨てると、俺は高々と手を掲げた。

 使える物は全部使う。

 今この戦いを魔王が傍観していたとしても、出し惜しみで負けては仕方がない。


「リエスト! 第31世界〝天下あまもと〟 冬を滅する小さな刃――〝春の小太刀〟!」


 女神に言われた通り、世界番号と装備の名を呼ぶ。

 すると宙がカッと輝き、懐かしい武器が現れた。


 鞘に括られた紐を掴むと、素早く抜刀する。

 短くも磨き上げられた刃が姿を表し、陽の光を反射して温かみのある橙色に光った。


「なんダ……! なんダその小さな刀剣ハ!」


 白い魔物は春の小太刀を見て驚嘆する。

 急に目の色が変わった白い魔物は前のめりで小太刀を凝視する。


「わかるゾ! 私にはわかル! その剣の精巧サ! それが天使の持つ神々の剣カ!!!」

「いや、これは人が作った小太刀だ」

「なんト! 素晴らしイ! その人間はどこにいル! 鎖に繋げて一生私の剣を作らせたイ!」

「残念ながらその人達はもう死んでる」

「なんとも惜しイ! なら尚更、それが欲しイ! 私のコレクションになるべきダ!」

「悪いけど、これは借り物なんでね」

「それを――よこセェ!!」


 白い魔物が斬りかかってくる。

 極端に速いスピード。


 レベルをエステルに分け与えたことでレベルは逆転している。

 加えて戦いのためだけに生まれた体を持つ魔物と、人間との体躯の差。

 4本の剣が不規則に襲いかかるのは、かなりやりづらい。

 そして、半分の4本は抜かりなく防御に控えているのが偉い。


「どうしタ! 天使の力はそんなものカ! 私はまだまだ本気を出してないゾ!」

「……っ!」


 防戦一方で、剣撃を捌いていく。


 身体の動きが鈍い。

 イメージ通りに動いてくれない。

 なんとかついていけているのは、春の小太刀による攻撃速度上昇の恩恵のおかげだ。


 今まで膨大なレベル差に甘えて怠けていたわけではない。

 いざという時のために、手札は多く持とうと、これまでに99の勇者から技を習い、我流の技だって編み出してきた。


 レベル差は20。

 レベルが高くなる程レベル一つの差が大きくなるこの理の中、高レベル帯での20の差は膨大だ。

 この差を経験と技で埋めなくてはならない。


 猛烈な速さと手数、そしてステータスの暴力に押されて、一歩、また一歩と後退を強いられた。


「あア! 今日ほど素晴らしい日はなイ! お前を仕留め末席を貰えて、オマケにその剣も頂けるなんてナ!」

「さっきから末席って、なんの事だよ」

「そんな事も知らないのカ! 魔王様が認める配下に用意された魔天四席。それを魔天七席へと席を増やされるのダ。お前を殺せばその席が貰え、魔王様から名も頂けル!」


 魔天四席……四天王の事か。

 つまり、コイツは四天王ですらない下っ端ということになる。


「もっとも、席候補の殆どは剣聖に殺されたがナ。今や、剣聖に勝った私とあの黒の悪魔のミ。もとより、脆弱な人間程度に負けるのであれば、席を頂く資格などなイ!」

「その四天席とやらはお前よりも強いのか?」

「当たり前ダ。私など足元にも及ばなイ。この程度で苦戦しているようでは魔王様の顔を拝むのは夢のまた夢ダ!」


 これで足元にも及ばない、か。

 気が滅入る情報に、頭を抱えたいところではあるが、今は一刻も早くコイツを何とかしないとエステルが持たない。


「お喋りは終わりダ! 天使とはいえ、脆弱な人間の分際でよくここまで凌いダ。褒めてやル!」


 白い魔物の持つ全ての剣に殺気が宿る。

 今までは手堅く最低4本の剣は防御に備えていたが、全てが攻撃に転じた。

 4本でギリギリ凌げていた俺を見て、8本であれば確実だと判断したのだろう。


「その短い刀剣で8つの剣を防げるものなら防いでみロ!」


 瞬間移動と錯覚するほどのスピードで8本の剣が振りかぶられる。

 そして、俺の命を刈り取ろうと迫る8つの剣筋が紅い魔力を纏って加速した。


「クロス・クリムゾン!!」


 死の交差。


 ――それに俺は口角を釣り上げた。


 この刹那の一瞬。

 この白い魔物が初めて防御を捨てた。

 確かに4本の。白い魔物にとっては半分の攻撃で俺は手一杯だった。

 それは防御にも4本控えていたため、攻めに転じた時のカウンターを恐れての事。

 しかし、全ての剣を攻撃に振りかぶった今。

 カウンターのリスクがなく、

 更に言うならば、

 俺の攻撃を防ぐ手段がなくなった。


「逸ったな」


 春の小太刀本来の所有者。

 第31世界の勇者アカツキを思い出す。


 あの小さな体躯で繰り出される刹那をも切り裂く絶技を。


 八双の構え。


「アカツキ流、ニ之奥義――――〝狛犬こまいぬ〟」


 その瞬間、両側面を削ぐ神速の二撃が走った。


 8本の白い腕が宙を舞う。


「ぉ……」


 驚愕した顔の白い魔物が何かを言おうとした時には、春の小太刀の切っ先は既に首筋を捉えていた。

 呻き声さえも許さない一閃。

 白い魔物の首が飛ぶ。


 さっきまでの死闘が嘘のような静寂と共に、白い魔物の体がバタリと倒れた。


「アカツキ、お前の技に救われたな」


 かつての仲間を懐かしみながら、春の小太刀を鞘に収める。

 すると、淡い光を発して消えてしまった。


「っと、エステルの方は……」


 振り向くと、エステルは倒れ、黒い魔物がトドメを刺そうと突き刺すように剣をにぎっている。

 今まさに殺される所だった。


 白い魔物がペラペラ喋ってくれるものだから思ったよりも時間が経っていたんだ。

 改めてリエストしている余裕はない。

 一番近くに突き刺さっていた白い魔物が持っていた剣を乱暴に拾うと、エステルの元に駆けつける。


 黒の魔物はエステルに夢中で俺に気付いていない。

 気付いていない奴ほど仕留めるのが容易いものはない。


 音無く剣を構える。

 アサシネイトの経験も積んでいる。

 相手が死んだと気付かせない自信もあった。

 だが、それに黒い魔物は反応した。


 ガキーンっと、人間が出せるとは思えない金属音が響く。

 にもかかわらず、防いだ馬鹿みたいにデカイ剣はびくともしない。


「……」


 そういえばこっちも魔王並みのレベルだった。

 そう簡単にはやられてはくれないか。


「お前、何故……」


 恐ろしい三白眼でギロリと俺の握る剣を見る。


「バカな。アイツを殺したのか!」

「魔物でも相棒が殺されたら悲しむのか?」

「……いや、むしろ感謝しよう。これで魔天席候補は俺一人。魔王様は七つまで増やすと仰っていたが、雑魚が席についても魔天席の名の価値が下がるだけ」


 黒の魔物の目が爛々と紅く光る。


「改めて感謝しよう! 神が与えてくれたこのチャンス! あり得ないほど弱い勇者に、仲間のいない天使が一人。本当に感謝しかない!!!」


 黒いオーラを纏い、魔王と言っても差し支えない風格が漂う。


「そうだな。俺も感謝しよう」

「は?」

「そのあり得ないほど弱い勇者に手こずってくれたノロマにな」

「強がりを!! さっきの一撃でお前の実力の底は知れている!!!」


 レベルチャネリングを解除する。

 もはやこの魔物はエステルを見ていない。


「お前、言ったよな。二秒で十分だって。とっくに過ぎてんだよ。つまり勇者の。エステルの勝ちってことだ」

「ほざくな」

「分からないなら俺が本当の二秒を教えてやろうか?」

「ほざくなあああああああああ!!!」


 大剣を振り上げ力強い剣撃が迫る。

 エステルに分け与えていたレベルが戻ってきた今、世界で得ることが可能な上限値にまでステータスが跳ね上がる。

 今まで重りを背負っていたかと思うほど、体が軽くなり、体の底から力が漲る。


 レベル69とレベル100。

 もはやこいつは相手にならない。


 スッと、一歩前にでる。

 まるで街中で脇をすれ違うそよ風のような自然な動きに黒の魔物は目を大きく見開いた。


「お前……っ!」


 時間差で、黒の魔物が握る大剣の先から、ポロポロと細切れに崩れ落ちていく。

 その崩壊が剣に留まらず、腕に続き、そして――。


「ば、バカな!!」


 黒の魔物の体が崩壊が止まらない。

 それを最後の言葉に、赤い目の光が消えた。


 念のため、空を確認する。

 そこには透き通るような真っ青な空があった。

 ひとまず、初戦は切り抜けたようだ。


「ま、頑張ったな」


 気を失い、今にも死にそうなエステルを見下ろして言う。

 黒の魔物は間違いなく魔王クラスの化け物だった。

 エステルはそれに逃げずに最後まで時間を稼いだのだ。

 コピアの町を救うために。

 普段はどうしようもないへっぽこさに叱ってばっかりだが、今回くらいは褒めてやってもいいだろう。


「ほんと、よくやった」

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