第7話「剣術」
それから一週間もする頃には、エステルは薪割りが出来るまでに成長していた。
薪割りを修得した立派な勇者を見てエトとエマは涙を流していた。
よかった……ちゃんとできるようになって、本当によかった……と。
まるで出来の悪い子の成長を垣間見た両親のような涙だ。
ごめんな。相当苦労したんだな。
俺はその間、森へ狩に出ていた。
コピアの町には年寄りと女子供しかいない。
狩が難しいから肉が貴重なのだ。
毎日多めに持ち帰り、町の人と肉と様々なものを物々交換すると喜ばれた。
手に入れたのは木剣やら山菜やら情報やら。
そんな日々を過ごすうちにだいぶ町の人と馴染むことができた。
地盤が固まって来た。
お互いに一つ前進が見えたので、今日からはエステルと剣術の鍛錬をする時間を作ることにした。
まずは素振りと構え方から。
これまた苦労するんだろうなと覚悟した。
と、思っていたが、驚く事にエステルは両方とも様になっていた。
「剣聖さまに教わったの。一応毎日欠かさず練習しているんだから!」
と、得意気に言った。
エステルは頑張らない子ではない。
言えば人一倍頑張ってくれる。
怠け者ではない。
へっぽこなだけなんだ。
それがこの一週間でわかった。
頑張る人は嫌いじゃない。
長い目でやっていこうじゃないか。
剣術は大きく分けて二つの型がある。
世界によっては三つも四つもあるところもあるが、突き詰めれば二つ。それが俺の考えだ。
剛の型と柔の型。
剛の型は攻めの型。
殺られる前に殺る。
速さと力強さ。そして鋭さに特化した型だ。
柔の型は守りの型。
相手の攻撃を殺す。
受け流し、去なす。柔軟さに特化した型だ。
エステルからこの世界の剣術。剣聖から教わった事を確認したところ、この世界でもだいたい同じだった。
話によると教えてくれていた剣聖は柔の型特化のようで、
数々の偉業の中には落雷を剣で受け流した逸話があるらしい。
それをさも自分の事かのように語ってくれた。
でもその逸話が本当ならかなりの達人だ。
なんでそいつが勇者じゃないんだろうな。
と、剣聖のことはいい。今は剣術だ。
型の認識が似ているのなら話しは早い。
「それでは最初に受けを練習する」
まずは防御。
剣で受け止る。
そして受け身。
それが出来たら柔の型の受け流し技。
前からエステルには防御を徹底してできるようになってもらうと決めていた。
最悪攻撃はできなくてもいいと考えている。
魔王討伐は何もエステル一人だけじゃない。
聖女と賢者。そして、いざとなったら俺もいる。
聖女は回復がメインになるだろう。とある世界には英雄三人の中で一番の火力を持った化け物聖女ババァも居たが、あんな奴はそうそういない。
賢者だって補助がメインのやつもいたが、基本的には火力担当になる事が多い。
勇者が壁で、聖女が回復。賢者が火力。これがスタンダード。
エステルに強くなってもらう事が目的じゃない。
魔王を倒す事が目的だ。
「剣聖さまも言っていたわ。まずは受けって! もしかしてタクトってとても強いの?」
憧れの剣聖さまと俺の教えが重なる。それすなわち俺が剣聖さまと同じくらい強いのでは? そう思ったらしい。
それには「そうだよ。レベル100だからね」と冗談っぽく答えておいた。
†††エステル視点†††
エステルは剣を振りながら少し昔のことを思い出していた。
剣術を教えてくれた剣聖様の名前はリーヴァ。
彼女は七人いる剣聖様の中で最もしなやかな剣士と謳われている。
攻撃を受けてからの鋭いカウンター。
攻防一体のリーヴァの剣は素人目からでも美しい演舞を見ているかのように魅了するものだった。
リーヴァとの出会いは今でも鮮烈に覚えている。
そう。あれはまだ私がまだただの村娘で、洗濯物を干している時のことだ。
その日はとても晴れたいい天気で、洗濯も捗るなと、
ふと空を仰いだ時に私は異変に気づいた。
ついさっきまで真っ青だった空が血のように真っ赤に染まっていたのだ。
夕焼けとは違う不気味な光景に、私はただ惚ける事しかできなくて、思わず手に持っていた洗濯物を落としてしまった。
きっと他の村の人も私と同じように空を見ていたんだと思う。
「魔物じゃ! 魔物の軍勢が来るぞ!」
そう叫んだのは村一番の物知りである老婆だった。
そこからは阿鼻叫喚。
村人は最低限の荷物を持って、まだ青い空を目指すよう指示が飛び交う。
私も両親と一緒にそれに倣って荷物をまとめてる最中。村中に悲鳴が響き渡った。
間に合わなかった。
荷物なんてまとめる余裕なんてなかったのだ。
そんな後悔の中で死を覚悟していると、両親が地下を掘って作った納に私を押し込んだ。
「え」
「エステルはここに隠れていなさい」
「そうよ。母さんたちは大丈夫だから」
それから蓋を閉められ、重い漬物石を入り口の上に乗せられた。
「待って! 置いていかないで!」
その叫びも虚しく、両親の気配が足早に去っていく。
私は村一番の非力だった。
母親でも持ち上げられる漬物石を持ち上げられない程度に非力だった。
でも、所詮は母親が持ち運ぶ事ができる程度の石だ。
持ち上げるのが無理でも、少しずつズラすくらいならできる。
両親の思いを裏切ってしまうが、自分一人だけがここで助かるのは嫌だった。
少しずつ、少しずつ、漬物石をずらしていく。
そしてやっと扉が開いた頃には随分と時間が経っていた。
私は急いで両親を探しに外に出る。
外は地獄のようだった。
耳を塞ぎたくなるような呻き声と、むせかえるような血の匂い。
辺りには毎日顔を合わせている村の人々が無惨に紅く染まって倒れていた。
口元を抑えて込み上げて来たものをなんとか留める。
お父さんとお母さんは!?
私は走った。
両親を探すために。
そしてすぐに見つかった。
「……」
言葉が出なかった。
お父さんの上半身がお母さんを庇うように覆い被さって、下半身は別のところに置いてけぼりになっている。
もう、生きているはずがなかった。
涙が溢れぼやける視界の奥に、巨人が映った。
人間より三倍は大きい体躯に、黒い肌。
まるで御伽噺に出てくる鬼のような角と牙をした恐ろしい顔。
その赤い眼光が私を捉えた。
「やっと見つけたぞ。勇者」
人とは思えないほどの野太い声だった。
怖い。
きっとみんなを殺したのがこの魔物で、これから私も殺される。
一人残されるくらいならみんなと一緒に死にたい。そう思っていたのに。
納から出るときにそう決意したはずだったのに。
いざ死を目の前にして、私は震えが止まらなかった。
一歩、また一歩と巨人の魔物が近づいてくる。
それに私は立ち竦んで逃げることすらできない。
ついに見上げるほどの距離になり、魔物が巨大な大剣を振り上げる。
そして――。
私の両脇を風が通り抜けた。
ガキーンっと甲高い金属音に私は目を丸くした。
突如現れた二人の剣士が大剣を弾き返していたのだ。
その直後、私は強く後ろに手を引かれた。
「見つけた! この娘が勇者よ!」
「リーヴァはそのまま引け。こいつは僕とフィンが抑える」
もう、私には何がなんだか分からなかった。
ただ、一つだけ分かったのは助かったこと。
これが私と剣聖リーヴァの出会いだった。
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