第6話「修行のような何か」

 それから町を一通り回って難民キャンプで落ち着ける場所を見つけた。


 課題は積み上がるばかりだけど、一息つける場所を見つけられただけでもホッとする。


「ねぇ、これからどうするの?」

「どうするのって、お前……」


 どうもエステルは受け身だ。

 なんだよ、これからどうするの? って。

 出会ってからここまで、この世界に来たばかりの俺について来ただけじゃんか。

 まぁ、案内しろと言ったのは俺だけど。


「エステルは何か考えていたことはないのか? 一応自分なりに勇者としてなんとかしようとしていたんだろ?」


 エステルはダメな自分に腐らずに、もがいているようには見えた。

 でなければゴブリンルーキーと戦ってはいなかっただろう。

 それが唯一の救いだ。


「私は、とりあえずレベルを上げて自信がついたら聖女様か賢者様と合流しようかなと……。レベル低いとまた見放されちゃうかと思って……」


 どうでしょうか。やっぱりダメですよね? と不安げに俺の顔色を伺ってくる。


 ふむ。大雑把だが、俺の考えと大体は同じだな。


「そうだな。それでいこう」

「え、いいの?」

「いいも悪いも、魔王討伐には勇者、聖女、賢者の協力が不可欠だからな。本当なら今すぐにでも旅立ちたいけど、お互いに一文なしだし、旅支度は必要だろう。その間、エステルには少しでもレベルを上げてもらう」


 飢えはいくらレベルが高くても凌げないからな。食料くらいは備えておきたい。


「旅支度って、タクトは今まで旅していたんだよね? 必要なの?」


 うっ。

 変なところで鋭いな……。


「二人になると自給自足も不安定になるから準備をした方がいいんだよ」

「あ、そっか」


 それっぽい事を言って誤魔化しておく。


「……」

「なんだよ」

「んーん。なんでも?」


 たまにエステルから覗き込まれるように凝視される。

 まさか心の声を聴かれてないよな?



÷−÷



「レベル上げって、モンスター倒すんじゃないの?」


 エステルのレベル上げのために、俺たちは難民キャンプの端にある薪置き場まで来ていた。


「実戦より基本だ」


 というか、最弱のモンスターに勝てない時点で実戦なんて無理なんよ。


「そっか。そうだよね。基本は大事。剣聖さまも言ってた。素振りが上達の一番の近道だって」

「そうか。その剣聖さまはわかってるな」


 そんな剣聖でも根を上げたのか。

 つくづくこの勇者は度し難い。

 しかし、エステルは俺の言葉にムッとした顔になる。


「なんだか上から目線だけど、剣聖さまのこと知っているの?」

「いや、知らんが」


 剣聖といえば大抵の場合、剣の達人を指す称号だ。

 剣聖が勇者に選ばれた世界も少なくない。

 この世界でも大体同じ立ち位置なのだろう。


「剣聖さまは世界に七人しかいなくて、とーーーっても強いの。だから敬わないと!」

「そうか。気をつけよう」


 エステルに嗜まれる。

 俺の方が強いけどね。とか、子供のような見栄は張るまい。

 別に剣聖と喧嘩したいわけじゃないしな。


 それに、この世界では剣聖は俺が思っているよりも立場が高いのかもしれない。

 調子に乗ったことを言って不敬罪なんかになってもつまらない。

 俺にとって剣聖は身近な単語だったから、少しぞんざいになっただけだ。

 エステルの忠告どおり、これからは気をつけることにしよう。



「それで、素振りをすれば良いの?」

「いや、素振りはまだしない。今日は特別講師を呼んでいる」

「特別講師?」


 素振りは簡単なようで奥が深いんだ。

 俺がつきっきりで見れたら素振りでも良かったけど、一人でやらせて変なクセがついても嫌だからな。


 俺は俺で地盤を固めるために別行動を取りたい。

 そこで別の人に講師を頼むことにした。


「はい。エルくんとエマさんです」

「エルです。兄です」

「エマです。妹です」


 俺の背中から出てくる兄妹。

 難民キャンプに住む六、七歳くらいの子供だ。


「え、待って。特別講師ってこの子達が?」

「そうだ。この子たちに薪割りを教えてもらう」


 エルとエマはさっきまで手伝いで薪割りをしていた。

 この子達は幼いながらも薪割りが出来る。その技術を見込んでさっきお願いしたのだ。


「ちょ、ちょっとどういうこと!? レベル上げでしょ? なんで薪割りなの!?」

「まずは狙った所に振り下ろす特訓だ」

「バカにしすぎ! いくら私でも薪割りくらいできるわよ! だってこんな小さな子達でもできるんでしょ!?」


 流石のエステルにもプライドはあるらしい。

 しかし、ゴブリンルーキーとの一部始終を見たらな……。


「そうか。悪かった。なら、やって見せてくれ」

「ゔ……」


 エマから薪割り用の斧を借りる。


「あの、斧はこれだけなので大事にお願いします」

「壊すなよ」


 最低限の生活必需品として取られなかった唯一の斧だ。

 それをエステルに渡す。


「み、見てなさい」


 軽く素振りをする。

 そして、薪の前に構えた。


 目を瞑って精神統一。

 エステルは集中力を高めた。


 薪割り一つに随分仰々しい。

 静寂の中一陣の風にエステルの髪が揺れる。

 そして風が収まると、カッとエステルの眼が見開いた。


「てやああああああ!!」


 渾身の一撃!


 しかし、それは薪からも、台にしている切り株からも大きく逸れ……隣にあった岩に当たり、反動によって跳ね返った斧がエステルの額に直撃した。


「あイタっ!」


 そのままヘタリと崩れ落ちた。

 デジャヴを感じる。


「だ、大丈夫ですか!?」


 兄妹が心配して駆け寄る。

 俺もそれに続いた。


 兄妹がすぐに具合を確認する。


「よかった。壊れてない」

「一応研いでおこう。ごめんな心配かけて」


 斧は無事だった。

 よかった。本当によかった。


「私! 私の心配は!」


 涙目で頬を膨らまさすエステル。


「勇者のお姉ちゃん、斧は大事にって言ったでしょ!」

「ご、ごめんなさい……」


 妹のエマがお冠でエステルに注意する。

 これで上下関係が築かれたな。

 子供ながらこの勇者は自分より格下と気づいたのだろう。

 なんとも度し難い。


 こうして、兄妹に薪割りを教わる事になったエステルだった。

 

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