第8話「白と黒の影」

 それから救出された私は勇者である事を説明され、ガルバッハ王国へ連れられた。


 勇者として最大級の待遇で迎えられ、村娘でしか無かった私の生活は一転した。

 でも、皆が期待していたような勇者とはかけ離れている事はすぐにバレた。

 バレたもなにも、私自身信じられなかったし、私は嘘はついていないのだけど、期待を裏切ったことは間違いなかった。


 城内を歩けば、すれ違う人に、冷たい目で見られ、実力もなにもないただの村娘で、期待されたユニークスキルも役立たずだったと内心思われている。

 皮肉にもそのユニークスキルでそれが知ることになった。


 それでも、勇者は勇者である。

 世界が選定した唯一無二の勇者。

 ならば世界救済には必要不可欠。きっとすごい才能を秘めているに違いない。

 そう、偉い人達は考えた。


 そこで、剣聖による剣術の特訓が始まった。

 指南役には面倒見が良く、私と同じ女性という理由から、剣聖リーヴァが抜擢された。


 剣聖リーヴァは本当に面倒見が良く、そして優しい人だった。

 私は剣術は右も左もわからないずぶの素人。

 そして、家族を失った喪失感で身が入らない。

 極め付けは、このへっぽこ具合。

 そんな私にいつも笑顔で向き合ってくれた。


 一向に上達しない私にいつかは呪うのではないか。

 そう思ってビクビクしていたが、リーヴァは文句一つなく、ひたむきに付き合ってくれた。

 私のユニークスキルでも聞こえないということは心から私を邪険にしていないって事だ。


 家族以外にも私の事を真剣に見てくれる人がいる。

 私はそれに報いたいと思った。



 そう思った矢先、私は王国から追い出された。


 訓練の中にあった下級剣士との試合で相手にならなかったことが決定打になったようだ。


「何が勇者だ! 二ヶ月も剣聖を付けて未だに下級剣士にも劣るなんて話にならん! 偽物! そうだ勇者を騙る偽物に違いない!」


 私からしてみれば、一方的に勇者ともてはやされ、一方的に失望されただけだった。

 成り行きに身を任せた自分も悪いのかもしれないけど、元のへっぽこ村娘からすぐに自分を変えるなんて無理な話だ。


 私に残ったのはリーヴァから教えてもらった下級剣士にも満たない申し訳ないほどの剣術だけ。


 私は遠出する馬車の積荷と一緒に乗せられ、隠れるようにして王国から追放された。

 着いた先はコピアの町。

 町の人はへっぽこな私を受け入れてくれた。


 私は面倒を見てくれたリーヴァに報いるためにも、自分なりに勇者の責務を果たそうと行動することにした。


 そんな時、タクトと出会った。

 タクトは不思議な人だった。

 時々、私のへっぽこ具合に困ったのか心の声が聞こえたけど、知らない単語ばかりでなにを考えているのかよく分からなかった。


 タクトは私がダメダメと思いつつも、見捨てはしなかった。

 呆れながらも根気よく剣術の指導をしてくれる。


 へっぽこな私は一回では言われた事を上手くできない。

 それに対してタクトはあれこれと言葉を変えて教えてくれた。

 最終的には小さな子供に教えるような言葉になって、そこでやっと私は理解できるのだ。


「だから動きが全体的に遅いんだよ。相手の動きを見たら大体次にどうなるか予測できるだろ?」

「予測って、そんな未来予知ができるわけじゃないし……」

「予知じゃなくて予測だ。そうだな……あっち向いてホイって知ってるか?」

「それくらい知っているけど……それが剣術と関係あるの?」


 小さい子供の遊びだ。

 私は弱かったからあまり楽しい思い出はないけども。


「試しに今から10回。俺と勝負しよう」

「私が勝ったら何かあるの?」


 何言ってんだこいつ、と言わんばかりの目を向けられ、ため息をつかれる。


「じゃあ勝ったら何もなし。もし負けたらスクワット100回な」

「え、なにそれ! ズルい!」

「ズルい事を言いだしたのはお前だ。じゃあハンデをやる。

 俺はエステルが指を差した方の真逆を向けなかったら負けでいい。

 あと俺に一回でも勝てたら逆立ちしながら一万回スクワットしてやるよ」


 えっと、えーと。つまり、四回に三回は私が勝つ勝負を十回もやって、一回でも勝てばいいんでしょ? 楽勝じゃない!


「ふふふ。いいの? いくらなんでも私が勝っちゃうよ?」

「そのニマニマした顔がムカつくけど、まぁいい。時間が勿体無いからさっさとやるぞ」


 思えばいつもタクトは涼しい顔でいて、ひぃひぃ言っているのは私だけだ。

 たまにはタクトが疲れ果てるところを見てみたい。


「よーし! あっち向いてぇー……ホイ!」


 ほいっ!

 ほい!

 ほぉい!

 …………。

 ……。

 …。



「なんで勝てないのよ! ズル! ズルしたに違いないわ!」

「はい、スクワット! いーっち!」

「ふええぇーん!」


 タクトは鬼教官だ。

 有無を言わさず、タクトのカウントに合わせてスクワットを終える頃には、私の太ももはパンパンになっていた。


「で、なんで負けたか分かったか?」

「そんなの……分かる、わけ、ないじゃない!」


 息を切らしながら文句を言う。

 きっとタクトはズルにしたに違いない。

 そうだ。そうに決まっている!


「じゃあもう一回やるぞ」

「嘘でしょ!?」

「別にまたスクワットやれとは言わない」


 それならと、しぶしぶ地べたに座り込んでいた私は立ち上がる。


「あっち向いてぇ……」

「はい、ストップ」


 いきなりなんだと、振り上げた腕を止める。


「いま下に指を向けようとしているだろ」

「え、なんで分かったの!?」

「そりゃ、そんなに腕を振り上げていたら誰でも分かるだろ」

「え?」


 私は振り上げた腕を見る。

 そして、振り下ろしてみる。

 そこでハッとした。


 試しに左右と下も試してみる。

 もしかしてこれは……!


「私は今、森羅万象の法則を理解してしまったかもしれません」

「アホか」

「あイタッ!」


 デコピンをくらって、おでこを抑える。

 何度も食らっているけど、タクトのデコピンはものすごく痛い。


「でもそうか。剣が振りかぶっていたら、上から下に振り下ろされるって事なんだ」

「まぁそんな単純じゃないけど、今はその認識でいい。相手の動きを見て予測する。分かったか」

「分かったわ!」


 タクトの教え方は、リーヴァには申し訳ないけど、とても分かりやすい。

 剣術は動けるだけじゃダメなんだ。ちゃんと考えて動かないと。


 うん! また大きな一歩を踏み出せた気がする!

 タクトの指導は毎日が大発見だ。

 この調子なら私もすぐに一人前の勇者になれるかも!


 よし! と鼻息を荒げながら確かな自分の成長を喜ぶ。


「はぁ……幼児のチャンバラの方がマシだぞ……。この調子で本当に大丈夫か?」

「ん? なんか言った?」

「なんでもない。度し難ぇって思っただけだ」





†††




 そんな指導が一ヶ月程続き。

 いつものようにタクトに剣術の指導を受けていた。

 まぁまぁ様になってきたという事で、今は脚の使い方。

 自分の体なのに、手足両方を考えて動かすのはなんとも難しく、毎度足が絡んで転んでばかり。

 鈍臭い私は膝は傷だらけ。


 って、余計なことを考えていたらまた転んだ。

 痛ったぁ……。


 また一つ増えた膝の傷を労りながら立ち上がると、タクトは木剣を下げてあさっての方向を見ていた。


「……なにか来たな」

「え?」


 周りを見るも、辺りには人影一つない。

 でも、やけに空気が冷たくなったのを肌で感じて身震いした。


「どうしたの? いきなり」


 普段は見せないただならぬタクトの雰囲気に困惑しながら、違和感を感じて空を仰ぐ。


「え……」


 そこには血のように真っ赤な空があった。


 嘘……この空って……。


 思い出したくないあの光景がフラッシュバックする。

 お父さんとお母さんが、みんなが死んでしまったあの日のことを。


「ま、魔物! 魔物が来るわ! 早く町な人たちを避難させないと!」


 絶望感に震えながらもタクトに言う。

 でも、タクトは私に見向きもせずに相変わらず別の方を見ていた。


「いや、もう遅い」


 視線を追うと、そこには二つの影があった。

 一つは白い魔物だった。

 高い背丈に対して細いフォルム。

 生物とは思えない人工物のような体。

 腕だと思われる物が8本。その全てに剣を持っている。


 もう一つは黒い魔物。

 忘れもしない。

 私の村を。

 家族を殺した鬼の魔物だ。


 魔物達が私とタクトを視界に捉え、赤い目が光る。


「魔王様が言っていた天使とは此奴のことカ?」

「間違いない。女の方は勇者だ。運がいい。前に剣聖どもに邪魔されたが、まさかこんなところにいるとはな」


 何やら魔物達が話している。

 天使?

 なんのこと?

 タクトのことを言っているの?

 それよりも……。


「おい、大丈夫か? 凄い汗だぞ」


 タクトに肩を揺らされるも、私は魔物から目が離せない。


 滝のような冷や汗と、震えが止まらない。

 体が本能的に逃げろと叫んでいる。

 怖い。

 殺される。


 町からは住民の声が聞こえてくる。

 異変に気づいて、逃げるための準備をしているんだ。

 私の村の時と同じ。


 そう。

 同じなんだ。

 このまま逃げるようでは、コピアの町は私の村と同じになってしまう。


「く、黒い方の魔物!」


 やっと声を絞り出せた。


「ん?」

「私の村を襲った魔物なの。剣聖さま二人がかりでも倒せなかった。多分、私たちじゃどうにもならない!」

「そうか。あれがお前の……」


 そうかって、タクトは怖くはないの?


「じゃあ逃げるか?」

「ダメ! 私たちが逃げたらコピアの町の人たちが殺されちゃう!」

「そうだな」


 どこか悟ったような、いつもよりも物静かな雰囲気のタクト。

 いったい何を考え、思っているのだろうか。


 少なくとも、私にはその心の声は聴こえない。

 すなわち。タクトはこの状況で困っていないという事だ。


「分かっているの!? 今から私たちは殺されるのよ!?」

「バカか。俺たちが死んだら町がやられるだろうが。町のために逃げないならどう勝つか考えろ」

「どう勝つかって……。だからそれが無理だから……」


 だって、剣聖様が二人がかりでも倒さなかった魔物なんだよ?

 しかも隣に同格っぽい魔物だっている。

 ほんの少し剣術をかじった私がどうにかするなんて無理に決まっている。


「勇者が簡単に無理と決めつけるな。勇者ってのは無理をひっくり返すのが使命なんだよ。それくらいできなくて何が世界を救うだ」


 普段より真面目なトーンのタクトに思わず怯んでしまう。


「どうにかするために、へっぽこな自分を変えようと頑張ったんだろ?」

「そうだけど……!」

「じゃあどうする?」


 気づけばタクトとの会話で震えはなくなっていた。

 怖いのは変わらない。

 でも、決心がついたのかもしれない。


「……町の人が逃げる時間を少しでも稼ぐ。向こうも二人だから一対一で一秒でも長く時間を稼ぐの!」


 どう勝つか。

 そうだ。別にあの魔物を倒す事だけが勝ちじゃない。

 町の人たちが助かれば私たちの勝ちなんだ。

 あの時、私を助けてくれた剣聖さまたちのように。

 だから時間を稼ぐ。

 引き付けて。逃げて。無様に逃げ回ってでも時間を稼ぐ。


 それで、町の人たちが逃げたら、その後は……。


「上出来だ。俺が白い方をやる。エステルはトロそうな黒い方だ」

「わ、わかったわ!」

「これを使え」


 どこから出したのか、タクトが木剣ではない、立派な剣を手渡してきた。


「武器屋のおばさんからだ。旦那さんが残してくれた御守りの剣を譲って貰った」


 木剣よりもズッシリと重い。

 それをしっかりと握った。


「いいか。時間稼ぎだぞ。攻撃はしなくていい。俺が教えてきたことだけを考えろ。攻撃を受けて、かわして、距離を取れ。一秒稼げば一人の命が助かると思え」


 それに私は力強く頷いた。


 これから死戦が始まる。

 守って逃げ回る。

 それはきっと、私らしい戦いだ。

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