第3話「ゴブリンルーキーvsツインスライム」

 心地の良いそよ風を肌に感じながらゆっくりと目を開けると、そこは開けた草原だった。


 正面に見えるのは森。

 その逆方向には小さな町が見える。


 のどか。

 そんな言葉が相応しい場所が今回のスタート地点のようだ。


 さて、世界救済の駆け出しはやる事が多い。

 情報収集に金銭問題。そして、勇者達との合流。

 装備も今までのを神界から召喚できるとはいえ、咄嗟のことを考えるとある程度は手元に揃えておいた方がいいだろう。


 レベルが上限である俺にはレベル上げの必要ない。

 モンスターがいそうな森と小さな町の選択肢なら行き先は決まったようなものだ。


 迷わず町へと一歩進もうとする。

 すると、森の方から声が聞こえてきた。


「やああああああ!」


 女性の声。

 悲鳴とは違う、随分と気合いの入った声だ。



 なんだなんだ?


 声の元に向かうと、

 そこには木剣を構える軽めながらも立派な装備をした女剣士と、緑色のモンスターが対峙していた。

 しかし、女剣士は不利な状況なのか、ジリジリと後退している。


 助けが必要か?

 人助けはいいものだ。

 初対面でもいい関係を築けるからな。現地住民との信頼こそ情報収集の近道ってもんだ。


 ならばと足を早める。

 でも、モンスターの全貌が見えて足を緩めた。


 緑色の肌。

 大きさは人間の子供程度。

 アホっぽい目に、鼻水を垂らしている間抜けズラ。


 あれはゴブリンルーキー。

 女子供にだって倒せてしまうほどの最弱モンスターだ。


 あれを見て欲しい。

 手にはそこら辺で拾ったであろう木の枝を握っている。

 多分、女剣士の持つ木剣を真似ているつもりだろう。

 それ程知能は低い。

 下手に割って入っても逆に変に思われるだろう。


 しかし、何故だろう。

 女剣士はまるでこれが最終決戦かと思うほど危機迫ったように見えた。


「たりゃああああああ!」


 そして、意を決したように一気に踏み込む。

 間合いを詰めて木剣を振り下ろした。


 ゴブリンルーキーは状況が分かっていないのか、アホズラのままぼけ〜っと振り下ろされる木剣を見上げるばかりだ。


 勝負あったな。


 数多の戦いを見てきた俺だってそう思ったさ。


 だが、あろうことか振り下ろされた木剣はゴブリンルーキーの真横に逸れ、そこにあった岩に当たった。

 カンッと乾いた音が響き、

 その勢いが反動として返って――。


「あイタッ」


 それが女剣士の額にガツンと直撃。

 体勢を崩して、尻餅をつく。

 その先にも小さなが岩があってーー。

 ゴンと後頭部を殴打した。


「ばたん……きゅぅ〜……」

 

 女剣士は目を星にして、最弱モンスターを前に気絶した。



 おい、嘘だろ……。


 信じられないものを見た。

 それにしても、口に出してばたんきゅ〜なんて言う人いるんだな。落ちものパズルゲームの主人公だけかと思っていたよ。


 呆気に取られていると、ゴブリンルーキーが女剣士に近づく。

 そして、握る木の枝で、女剣士に実った大きな二つのたわわを突いた。


 つんつん、つんつん。


 さぁ、第二ラウンドの開始だ。

 ゴブリンルーキーvsツインスライムの激しい攻防。


 つんつん、つんつん。

 ぷよんぷよん、ぷよんぷよよん。


 攻めるゴブリンルーキー。

 揺れるツインスライム。


 ゴブリンルーキーの顔はまさにエロガキだった。

 鼻の下を伸ばし、垂れていた鼻水が赤く変色していく。

 それを見て、俺も我に返った。


「おい」


 ゴブリンルーキーが俺に気づくと、血相を変えて森に逃げ帰っていった。

 バカでも俺との実力差は本能で分かったらしい。


「大丈夫か?」


 目をバッテンにして気を失っている女剣士の頭を持ち上げて具合を見る。

 絵に描いたようなたんこぶが一つ。

 大丈夫だと思うけど、一応町まで運ぶか?


 俺も勇者だ。女の子一人をここに置いていくわけにもいかない。

 ゴブリンルーキーが仲間を呼んできてツインスライムがリンチされてしまったら大変だ。

 そんなことを考えていると、女剣士の意識が戻った。


「ん……あれ、あなたは……。はっ! 凶悪なモンスターは!?」

「それならさっき逃げたけど」


 森の方を指差して教える。

 まぁ、モンスターがここにいたかは疑問だがな。


「す、すみません。助けていただいたのですね……はぁ……」


 女剣士は肩を落として落ち込んだ。

 それもそうだろう。それだけの装備をしておいて最弱モンスターに負けたんだから。


「立てるか?」

「はい。ありがとうございます。何かお礼をしたいのですが……ごめんなさい。何も持っていなくて……」

「ああ、いいよ。それよりもしよかったら、あそこの町を案内してくれないかな」


 町の方を指さす。


「コピアの町ですか? それくらいお安い御用です!」


 コピアの町って言うのか。よしよし。案内人がいるのは心強い。

 中には排他的で因習がある町もあるからな。

 そもそも中に入れてくれないなんて町はこれまでにも何度かあった。


「冒険者の方ですか?」

「んや、どちらかと言うと旅人かな。人探しをしていてね」


 町に向かう道中。

 質問には予め用意してある無難な回答を返しておく。


 冒険者と答えれば、冒険者カードは? とか身分を確認される事があるからな。

 ここは無難に旅人としておくほうがやりやすいのだ。

 伊達に99の世界を救済をしていない。


「そうなんですね。コピアの町には難民が大勢居るので、もしかしたら探している人がいるかもしれませんよ」


 なるほど、察するに魔王軍の侵略で難民が多い……ってことか。

 思ったよりも侵略が進んでいるのかもしれない。後で侵略具合も確認しないとだな。


「いや、俺が探しているのは勇者なんだ。少しでも魔王討伐の助けになればと思ってね」


 さりげなく勇者の情報を探っておく。

 女神がここに召喚したんだ。存外このあたりにいるのかもしれない。


 すると女剣士が歩みを止めた。


「え、勇者、ですか?」

「ああ。もしかして何か知ってる?」


 お、この反応!

 やっぱり勇者は近いか?


「はい……でも……」


 なんだが歯切れが悪い。

 まさか勇者になにかあったのか?


 すると、女剣士はおずおずと手を挙げた。


「えっと、その……勇者でしたら……私、なんですけど……」

「……ん? ごめん。ちょっと聞き取れなかったんだけど」


 ははは、聞き間違いかな?

 まさか、ゴブリンルーキーに負ける勇者なんて、そんなものが存在するはずないよな?



 すると、女剣士が手の甲を見せてくる。

 そこには紋章が刻まれていた。


 今までに何度も見た紋章。

 世界が選定した、まごうことなき勇者の称号を示す紋章が。


「ごめんなさい! 私なんかが勇者で!」


 勇者は頭を勢いよく下げた。

 すると、背負っていたバックはちゃんと閉まっていなかったようで、中のアイテムがボトボトと落ちていく。

 まるでドジなランドセルを背負う小学生のように。



 俺はそれをまるで世界の終わりかのように眺めるしかなかった。

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