第2話「歴戦の勇者」

「お疲れ様です。タクト」


 瞬きから目を開けると、さっきまでの激戦の景色から一転した。

 いつの間にか金の薄い装飾がなされた白いティーテーブルを挟んで、ご機嫌な笑顔を向ける女神が座っている。


 手元にはささやかな焼き菓子。

 そして、ほんのりと湯気が立つ入れ立てであろう紅茶が用意されているのを一瞥して、状況を把握した。


 ……なるほど、なんとかなった、ってことか。

 俺は安堵のため息を吐くと、背もたれに寄りかかって足を組んだ。


「ここにいるってことは、無事魔王を倒せたのか」

「はい。世界の命運を賭けた最後の一撃は、勇者アレクの剣が先に魔王の首を捕らえました。これであの世界に平和が訪れるでしょう」


 ご覧下さいと、女神が手を左上に向けると、そこには勇者アレクと共に戦った聖女、賢者が勝利と犠牲、様々な感情を抱いた涙を流し、抱き合っている様子が映し出された。


「見てて危なっかしいったらありません。もう少しスマートに決めて欲しかったですね」


 女神が映してくれる様子をを眺めながらティーカップに口をつける。


「ふふ。しかし、タクトとの旅がなければ負けていたでしょう」


 俺はついさっきまで勇者パーティーと魔王との最終決戦の場に居た。

 物陰に身を潜めながら結末を見届けていたのだが、どうやらタイミングの悪いところでまばたきをしたらしい。

 決着はつき、目を開ければここに居た。



 ここは神界。

 神々が住まう世界……だとか。


 真っ青な空には雲一つなく、太陽もない。

 周りには噴水と花壇がこのティーテーブルを囲むようにして彩っている。

 乙女が描いたような幻想的なこの場所は、目の前にいる女神の趣味なのだろうか。



 ここに初めて来たのはもう500年近く前の事――ここでは時間の概念は無いようだが。

 バイト帰りの横断歩道を渡っていた記憶が最後。気づいたらここに居たのだ。

 女神の話によると、俺は交通事故で死んでしまったらしい。

 きっとトラックにでも轢かれたんだろうな。


 本来であれば輪廻転生。

 新たな命として転生する事が通例らしいが、俺には特別な才能がありそれを見込んで、願いを叶えて貰えることを条件に、その願いに見合った数の世界を救う――つまりは魔王の討伐を頼まれたのだ。

 俺の願いを叶える対価として救済する世界の数は100。


 一般的なスペックの俺が世界を救うなんて到底無理な話だと、キッパリと諦めて、どうせならといろいろ細かい注文した結果がこの世界数だ。


「さて、改めてお疲れ様です。これでタクトは99の世界を救った事になります」


 そう。蓋を開けてみれば俺は99の世界を救うことにに携わってきた。

 こうなるのなら、もっと簡単な願い事にしておくのだったと、ここに戻るたびに後悔する。


 でも、次で100回目の世界。

 長かった。

 これを救う事ができれば俺の任務は晴れて完了となる。


「俺はあくまでサポートですよ。いつだって世界を救っているのは現地の勇者達です」

「日本人は謙虚が美徳とされているようですが、もっと胸を張ってもいいのですよ? 決まりとはいえ、タクト一人で魔王を打つより、現地勇者パーティーを育て上げて魔王に勝たせる方が圧倒的に難しいのですから」


 女神の言った通り、とんでもなく厄介な条件を課されている。

 それは、最終的に現地の勇者達の力で世界を救わせる事。

 俺が魔王を倒してはいけないのだ。


 最初こそ、そもそも現地勇者達をほっぽって、一人で世界を救うだなんて無理だと思っていたが、30回40回と世界を救う頃には俺のレベルは上限に達していた。

 こうなれば平均的な魔王であれば俺一人で事足りるってもんだ。



「それは違いないですね」

「ですが、重要な事なのです。タクト一人の力で世界を救ってしまえば、もし、その世界に再び困難が襲った時に自己解決が難しくなります。タクトがその世界にとどまるわけにもいきませんから」


 だそうだ。

 何度も聞いた話。


 だから俺は最終局面である魔王戦までに現地勇者パーティーを育て上げ、旅の途中でわざと力不足を演じたり、喧嘩をしたりして、パーティーから追放や脱退をさせられるよう動いている。

 あくまで陰の立役者。

 今までそんなスタイルでやってきた。


「遂に次で最後の世界になります」

「よし」


 紅茶を飲み干し、いつでも行けると立ち上がる。


「最初に謝らせてください。最後くらいは簡単な世界をと考えていたのですが、今回は他の神々が担当する勇者達では手に余ると回ってきた世界になります」


 女神は本当に申し訳なさそうな顔をする。


 げぇ。

 難度が高い世界は今までに何度か当たった事はあるが、あれは骨が折れるものだ。

 救済失敗どころか、俺が死ぬ可能性も出てくる。


 他に俺のような派遣勇者がいる事は知っているが、活躍ぶりまでは把握していない。つまり俺は他よりもそれなりに優秀だったりするのかもしれない。


「そうですね。神々の中でタクトを知らない者はいないくらい注目されていますよ」


 ほぉ。

 って、勝手に人の心を読むなよ。


「ふふ。ごめんなさい。でも、心の中の口調の方が正直で私は好きですよ」

「そうですか」


 女神の好みなんて正直どうでもいい。

 素っ気なく答えてやる。


「つれませんね。話を戻しますが、タクトに任命された理由な二つあります」

「二つ?」

「はい。一つは次が100回目の世界だからです」

「どういうことですか?」

「タクト程の願いをされる人は滅多にいません。100の世界を救済を課せられ、しかも、その内の99の世界を救済しています。レベルと経験でタクトに並ぶ勇者はそういないのです」


 成る程。

 確かに100の世界を救うなんて無理ゲーすぎてそもそも請け負う奴なんてそういないわけだ。


 でも〝滅多に〟なんて言い方だと俺以外にもそんなバカが少しはいるって事だろ?

 その中から選ばれたのは単に運が悪かっただけか?


「もう一つは?」

「他の神々が嫉妬をしているのです」

「嫉妬ですか」

「はい。99の世界を救えることができる勇者なんてそうそう現れません。そんな優秀な勇者を私のような新米女神が担当している事が気に食わないのでしょう」


 ん? 神どんな社会で過ごしているかは知らんが、俺と言う当たり勇者を引いて、他の勇者に妬まれているってことか?


「そうです。タクトはとても優秀な勇者です。

 勇者召喚はベテランの神々から順に選ぶのですが、誰もタクトを選ぶ事なく、新米の私まで残っていたのです。

 ベテランの神々はいいのですが、中堅の神々がタクトの才能を見落とした事を棚に上げて、

 新米なのに楽でいいわよね。とか、

 新米のウチは買ってでも苦労するべきなのに、あとあと苦労するぞ。とか

 ネチネチ言ってくるのです」


 さっきまでの女神フェイスは崩れ、頬がピクピクしている。

 こりゃ相当ストレスを溜めてんな。


「そんな時、今回の救済案件がきました。

 ベテランの神々達は今の担当勇者では難しいと口を揃え、

 比較的優秀な勇者を譲って貰っている中堅の神々に打診がありました。

 しかし、失敗が怖いのでしょう。

 普段後輩にあれだけ先輩風を吹かせておいて、誰も名乗りを上げませんじゃありませんか。

 そこで私が手をあげてやったのです!

 あの時の中堅神々の顔ったら……タクトにも見せてあげたかったです」


 は? おい! ざけんな!

 お前の私怨でこの案件取ってきてんじゃねーか!


「もし救済に成功すれば昇進、昇給。特別賞与もあるに違いません! そしてあの中堅神々を段飛ばしでベテラン神々の仲間入り……うふふ」


 うふふ、じゃねーよ!?

 本性現しやがったな!


「も、もちろんタクトにも報酬はあります。願い事がなんと三つ! 三つですよ! 三つも叶えて貰えるのですよ! これは特例も特例! 決して悪い話ではありません!」


 本当かよ。だからって、俺の意思を聞かずに受けてくるなよ。やるのは俺だぞ。


「それに気休めですが、タクトの功績のおかげで私の発言も少しは通るようになりました。

 特例で、今回の世界には今までに救った世界で所持していた装備やアイテムを持っていく事を許可してもらいました。

 加えて、最終局面である程度の魔王戦への参戦許可も貰っています」

「……まぁ、それならだいぶ楽になりますね」


 今までの装備を持っていけるのは心強い。中には伝説級の代物だってある。

 何より魔王戦に参加していいなら、ほとんど俺の力で攻略を進められるって事だ。


「幾つか誤解があってはいけませんので付け加えます。魔王戦に参加の許可は貰えましたが、最後のトドメだけは現地勇者達が刺すことが条件と言われました。言い方を変えれば、現地勇者達も最低限強くなってもらわないと困るということです」

「なるほど、了解です」


 まぁ、そこはやりようは幾らでもある。

 例えば魔王の四肢を斬り落として勇者に首を取ってもらうとかな。

 いやダメだな。楽に楽に考えると失敗するものだ。

 スタンスは変えず、適当な所で追放されて現地勇者達に頑張ってもらおう。

 俺はあくまでも保険。いざとなったらだ。そう考えておこう。

 最初はとんだ仕事を任されたかと思ったけど、最後はなんだかんだ楽できそうじゃん。


「違いますよタクト。ここまで許可されるくらいに次の救済が難しいのです」


 女神は語を続ける。


「神々でも全てを把握できていませんが、魔王レベルは推定102。神界は数多の世界救済を見守ってきましたが、上限レベルである100を超える魔王の出現は初めての事なのです」


 レベル102!?

 今までに俺が経験した中で最も高かったのがレベル97。それを超えている。


 あの世界は現地勇者パーティーがクソ強かったからなんとかなったが、それでもギリギリの戦いだったのは今でも鮮明に覚えている。


「なるほど……では、現地の勇者パーティーはどんな感じですか?」


 レベル102ともなると、俺一人で倒すのは難しいだろう。現地勇者達と力を合わせることが必至だ。

 事前の情報は多い事に越した事はない。


 しかし、その質問に女神はもの凄い勢いで泳ぐように目を逸らした。


「あー、えー、えーっとですね……す、すみません。魔王の力なのか、情報がとてもあやふやなのです」

「あやふや?」

「はい、神の目で世界を覗いてもノイズが走るのです」


 ノイズ?

 よく分からないが、通信妨害みたいなものか?


「もしかしたら偽りの情報を掴まされている可能性があるということです」

「神でもそんな事があるんですね」

「それだけ魔王が強大なのでしょう。レベル102という情報もベテランの神々がなんとか手に入れたものなのです」


 ほーん。

 まぁ、適当な情報を貰ってもしょうがない。

 今回の情報は現地で地道に足で集めるしかないか。


「では急いだほうが良さそうですね」

「ええ、今すぐにでも転送できます。もう準備はよろしいですか?」

「あ、装備は……」

「安心して下さい。99の世界全ての装備を持ち歩くのは難しいでしょう。必要な時に〝リエスト〟と言って下さい。そして、世界の番号と装備名を言ってくださればこちらから転送します」


 ほぉ。そりゃ便利だ。

 リエストってなんだ? リクエスト的な意味か?


「他にありますか?」

「いや、大丈夫です」


 本当なら世界のこと、勇者達の能力など色々聞いておきたかったけど、

 正確な情報を期待できないなら少しでも早く現地に向かったほうがいいだろう。


「わかりました。それでは99の世界を救いし歴戦の勇者タクトよ。ご武運を祈ります」



 次に瞬きをした瞬間、景色が変わる事になる。


 この時、俺は魔王レベル102という強大な敵のことばかり気を取られていた。

 そのせいで、気づいてはいたが女神が目を泳がせる意味について深く考えていなかった。


 恐らく、女神は現地勇者達の事を知っていたのだろう。

 情報が不確かという理由で誤魔化しただけで。


 そして思い知らされることになる。

 強大な魔王よりも厄介な問題が、この世界にあるということを。

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