6.勘違いの話②

 もしかして道に迷ったとか? え、まじでここはどこなんだ。いや、そもそも家の近くのバス停、あんな電光掲示板あったか? 覚えがない……。

 バスが停まっては出発していく。3台くらいは行き来したはずだ。出てくる人たちに日本人なんて1人もいない。

 楓さんに連絡しようか。あー……だけど、個人の家の住所までしっかり特定しているわけないか。降りるバス停が分かるわけもないだろう。


 ま、まさかここで死んじゃうの?

 ドイツから帰国するとき、私は遺体で帰ってくるの?


 泣きそう、泣きたい、誰か助けてほしい。目頭が熱くなる。

 ああ、死にたくない。考えなきゃ。死ぬわけにはいかない。日本に帰ったらやりたいことたくさんあるし。ていうかもう帰りたい。

 4週間生きていけないわ、こんなんじゃ。


 そういえば、留学用に渡された携帯があったな……。

 そして、今持ってるスマホ……。


 ドイツへ発つ前日、イギリス留学を経験していた兄に「グーグルの翻訳アプリ」の話をされたっけ。

 勝手にインストールされた挙句、「おはよう」や「ありがとう」などを翻訳履歴に入れられた。

 それくらいわかるわ! と怒った。


 ……いけるかもしれない。

 しおりに記載されている電話番号を携帯に入力する。つながるかな。一応ここはドイツだし、なんだっけ。国を指定する番号を先に入れなくても……いいんだよな。


「Hallo」


 聞き覚えのあるような、男の人の声がした。たぶんホストファザーだと信じたい。


「あ、あ、カイリ」


 おいおい、まるで千と●尋だな。


「カイリ!」


 よかった、この反応は知っているということだ。


「え、えっと。うんと」


 私は手元のスマホで「迷った」を検索した。


「い、イッマ。あーあー、ふぇ、ふぇあろ、れん?」

「immer?」


 電話の向こうで不思議がる声が聞こえた。

 これ、通じてないのでは。


 私はもう一度同じことを言った。しかしやはり通じない。

 どうしよ、電話かけた手前。切るのは変だしな。いや、でもなんか通じてないなら電話する意味ないのでは。

 あるいは。


 私は「今」という言葉を検索した。たしかドイツ語の勉強をしているとき、「今」という言葉は全然違ったような気がした。

「今、迷っている」と言いたいのだ。


 あ、でた。あぁっ。「jetzt」だ。むしろ「immer」は「いつも」だ。「いつも迷子」ってなんだ? 子猫か?

 えーっと次は、もう一度「迷った」だ。言っても通じないのなら、スペルを言うしかない。


「い、jetzt? V、E、R、L、O、R、E、N……」

「Oh, VERLOREN!」


 うぉ、通じた。

 次になんとかして今自分がいるバス停名を告げた。瞬間、電話の向こうにいるホストファザーが笑い出したのだ。

 なんだなんだ、今度はなんだ?


 ドキドキしながらホストファザーの次の言葉を待っていると、ペラペラとドイツ語が飛び出してきた。地名っぽい名前が2つ飛び出す。Blumenauer が2回くらい。あと、聞いたことあるような、ないような名前も聞こえた。

 それからホストマザーが迎えに行ってあげるよ! みたいに聞こえた。

 フィーリングで、伝わるもんだな……。言っていること、わからないけどわかる。


 電話を切った。

 私はもう一度今いるバス停を見た。

 Blumenauer とある。

 後で改めて確認した話。どうやら私は、家があるBlumenauer町に行くはずが、Blumenauer 駅というところに来てしまったというわけだった。

 紛らわしい話だ。


 そのあとしばらくして、ドイツ車を走らせてきたホストマザーに拾われて、しっかり家に帰ることができたのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る