5.勘違いの話①

 1日目はミュンヘンの町の探索から始まった。集合場所である新市庁舎までは、ホストファザーに送っていってもらった。


 ミュンヘンという町がどんな風に産まれて、誰が町を発展させて、どんな貴族がいたかなどなど。ミケがドイツ語を話しながら、楓さんが通訳してくれる。正直、まったく理解できていなかったから、通訳はありがたかった。

 でも――。

 他の何人かの人たちは、ミケの言っていることをほとんど理解しているようだった。


 自分だけ、理解できていない。

 そんな疎外感みたいなものがあった。

 近くにいるのに、遠くにいるような。

 どうしてわからないのだろう。何か言っているのはわかる。理解しようとしないからか、私は何のためにここに来たのか。


 2月のドイツは寒くて、すぐに鼻水がでそうになる。


 お昼になると私たちはレストランに移動した。温かい部屋で温かいご飯を食べる。ソーセージ、お肉、Knödelと呼ばれるじゃがいも団子、パン生地団子。どれもこれも美味しかった。

 お昼の机は4つほどあって、その各席に必ず1人ずつ、ドイツ人がついていた。

 私の着いた席にはミケがいた。食事中、色々な質問を受けた。しかもドイツ語で!

 ミケはドイツ語で私に色々質問してきた。必死に答えようと思っても、全部空回りに終わる。いよいよ日本語で尋ねられてしまう始末だった。


 例えば、こんな具合である。

 ドイツ語で話しかけられた。内容は「あなたの大学は何年制か」そう問われたと思っていた。


「4年です」


 彼は沈黙する。

 あれ、何か間違ったこと言ったか?

 私は首を傾げる。隣にいた子が


「たぶん、家から学校までの通学時間を聞いているんだと思う……」


 顔から火が出るような思いだった。

 私は慌てて「1時間くらいです」と言い直す。

 あああああああ、恥ずかしいったらない。通学時間が「4年」とかありえないでしょ。バカじゃん。もうヤダ……。

 こんなので、来月まで生き残れるだろうか。もう日本に帰りたい……。


 お昼を終えるころになると、雪が降り始めた。


 レストランをでると市内観光をちょっとして、すぐに解散となった。何人かで楓さんについていって、駅構内にある薬局につれていってもらった。

 ティッシュの箱とシャンプー、リンスを買う。シャンプーとリンスの容器は日本みたいなノック式のボトルではなく、蓋式だった。

 日本のハンドクリームとかでよく見る、ニベアのものだけど。シャンプーとかリンスなんてあったんだ。日本では見たことない。


「それじゃあね」

「ありがとうございました、さよなら」


 私はみんなと別れて自分の家、と呼ぶべきか。ホストファミリーの家に帰ることにした。

 中央駅ってまるで日本の都会の駅と同じだな。ホームへ続く階段が多い……。

 Sって書いてあったり、Uって書いてあったり。全部地下行き。え、どれだろ……。


 あっちフラフラ、こっちにフラフラを繰り返しながら、いよいよ私は楓さんに連絡を取ることにした。

 電話をかけると彼女はすぐにでてくれた。


「帰り道、わからなくなっちゃって……」

「帰りの町、どこだったっけ?」

「Blumenauerってところです」

「ああ、はいはい。それだったら」


 楓さんがどこの番線に乗ればいいか教えてくれて、私は「ありがとうございます」と言って電話を切った。なかばオドオドしながら、来た電車に乗る。

 何度も路線表を片手に見る。電車が駅に停まる度に、路線表を見る。何度も、何度も。

 周囲の人たちが私をジロジロ見てくるのが、ちょっと恥ずかしかった。


「Laim」


 機械的な声が聞こえて、あと1駅だと気付く。

 日本にいるときより駅間の距離が短いような気がする。あっという間に目的の駅に着いてしまった。

 駅を出て、今朝ホストファザーに教えてもらった「帰りのバス停」まで一直線に歩く。

 もうすでに日は落ちていて暗く、駅前ということもあってか、車の通りもそれなりだった。右車線を走る車のライトに注意しながら、横断歩道がない道路を横切った。


 バスに乗ってもジロジロ眺められてしまった。

 どうしてこんなに見られているんだろうって散々考えてた挙句、ああそうか、珍しいのか。やっと私は気が付いた。

 日本にいたって、外国人が道を歩いていたり、電車に乗りあわせたら、気になってしまう。

 私は今、そのときの外国人の立場なのか。まあ、ドイツに住む人からしてみたら、日本人イコール外国人だもの。


 とはいえ、見られるのは少し苦手だ。

 私はバスの路線表を見ることにした。えーっと、たしかBlumenauerってところのはずだ――あった。

 バス停まで長いな……。

 でも寝ていたら乗り過ごしちゃうし。

 バスのアナウンスを1駅1駅、聞いていく。ああ、人の視線がなぁ。痛いわけではないけど、なんだか悪いことをしているみたいな気分になる。

 早く着いてほしい……。


「Blumenauer」


 運転手の上にある電光掲示板にそんな表示がされた。

 慌ててボタンを押してバスを出る準備をした。

 何もかも、気付かずに。





 バスを降りる。えっと、たしか行きの時は右のほうにバス停があったはずだから、右に行けばいいのか。

 歩いていくと、あれ? おかしい。たしかここのはずだ。それなのに……。えっと、そうたしかホテル! ホテルがあったはずだ。名前は忘れたけど、「HOTEL」って表記だったからって、ない。

 雪の降り方が激しくなってきて、ますます寒くなってきた……。

 私はカバンから今回の留学のしおりを取り出した。ドイツに来てから改めて渡されたものだ。そこには引率の先生の電話番号やこの4週間分の予定とか、と各生徒のホームステイ先の住所なんかが書いてあるのだ。


 ……間違いない、Blumenauerってある。

 なのにどうしてここには何もないんだ?

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