4.1日目だけど、もはや夜の話

 電車は無慈悲にも、日本とまったく同じ音で次の駅を目指して走って行く。


 ガタンゴトン、ガタンゴトン。


 電車が線路を走る音は万国共通なのだなと感じた。


「で、どうしよっか」


 私たちは互いに顔を見合わせる。


「Hi」


 突然横槍から声をかけられ、私たちは飛び上がって驚いた。見れば、西洋人の顔をした年老いた女性がいた。

 どうやら私たちの一部始終を見ていたらしい。


 ペラペラとドイツ語を話しかけられたらどうしよう。私たちに緊張が走る。英語だって理解するだけでも大変なのに、ドイツ語で話しかけられたらもう無理だ。

 ああ、やばい。

 おどおどしていると、その西洋人のおばあさんはペチャクチャと話しながら、身振り手振りで何事か示した。

 何を言っているんだろう。

 首をかしげていると、成挨の生徒が納得したような顔をしておばあさんに向かって「Danke」と言った。


 私たちの方を向いて、


「次の駅で降りてそのあとに反対側の方で電車が停まるみたい。それがさっきの駅まで行くところらしいよ」


 私たちは一斉にホッと息をつく。急いでおばあさんに「Danke」と言うと、彼女はにっこり微笑んだ。

 ドイツに来ても良い人がいるみたいでよかった……。


 次の駅に降りると、すぐにやって来た反対側の電車に私たちは飛び乗った。おばあさんが教えてくれた通り、本来降りるはずの駅にはすぐに着くことができた。

 ホームに降り立ったところで私のカバンから直接振動が伝わってきた。


「あ、電話かも」


 そういえば日本に来る前に、スマホとは別で非常時用の携帯を渡されていた。

 慌ててカバンから携帯を出すと、それは見知らぬ番号だったけど、、とりあえず電話にでてみる。


「凪野さん? 私、楓よ」

「あ、はい。私です。すみません、今引き返して駅に戻ってきました」

「え、ほんと? ごめんなさい。私そっちに向かっちゃったわ。すぐに引き返すからもう少し待ってて」

「はい」


 電話を切って、すぐに2人に楓さんの言葉をそのまま伝えた。説明しつつ、私たちは互いにホッとし合った。

 それにしても、1人でなくて本当によかった!

 引き返してきた楓さんに迷惑をかけたことをお詫びして、それから彼女の案内のまま私たちは階段を上がって駅を出た。

 外は雪がみぞれになったような状態だった。北海道と同じか、あるいはそれより以北の場所だからなのか、頬を撫でる風はとても冷たいものだった。


 レストランでみんなと合流して、とりあえず席に落ち着く。ウェイトレスがすぐにやって来たので、ドイツ語のメニュー表を楓さんたちに教えてもらいつつ、なんとか注文を終えた。

 改めて今いるメンバーを見てみる。

 楓さんと、熊本先生。あと成挨の生徒と私と、知らない女の子がいた。同い年か、もう少し上か。彼女も同じ参加者だろうか。彼女も私を見ている。


「初めまして。私、沖縄大学の生徒です」


 ああ、彼女が。

 私も自己紹介をして、すぐに違いがそれぞれの大学で1人だけの参加者だと知った。

 とはいえ、彼女は私たちみたいな1か月だけの滞在ではなくて、1年滞在らしいけれど。

 1年もいるなんて大変そうだなぁ。


 頼んでおいたジュースが来てしばらくゆっくりしていると、さっきまで席を離れていたミケが戻ってきた。


「えー、Gast Familie――つまり、ホストファミリーが来てマス。今から呼びマスので、名前呼ばれたら来てくだサイ」


 と言ってからさっそく私の名前が呼ばれた。私は慌てて立ち上がって、ミケの紹介ですぐにホストファミリーの人たちに引き合わされた。

 優しそうな老夫婦だった。日本にいたときにある程度の情報は聞いていたけれど、たしか主人が生物関係の仕事をしていて、奥さんのほうが税理士……?

 お堅そうなイメージを勝手に受けていたけれど、そうでもない感じ。

 引き合わされるが早いかすぐに私はみんなと別れることになった。楓さんが明日の授業の始まりとその開始時刻については、電車内で配った予定表に記載されてあるから確認しておくようにと言ってきた。


 家までの道のりで、どうやらこの老夫婦は日本語を少しも話せないことがすぐにわかった。

 話せたら、ちょっと楽だったのになぁと、淡い期待を抱いてしまった……。

 まあドイツに来たのだからその国の言葉を話せなければ、ここに来た意味がないのが事実だけれど。


 ホストファミリーの家はいくつもの家が連なっているなかの、3番目の建物だった。

 近くには猫の額ほど、といった表現がふさわしいくらいの、小さな公園があった。遊具は卓球台と滑り台のみ。卓球台の上は雪に覆われていた。

 夕飯は日本と違って、野菜やら何やらを鍋で煮込んだもの、それ1つだった。いまだに緊張は解けていなくて、ご飯をいただいて、デザートであるチョコレート(これが1つだけでとんでもなく甘かった)を食べて、すぐにあてがわれた部屋に向かった。


 家そのものは地上3階に地下1階建て、という日本ではなかなかないような、面白い構造だ。


 地下1階は物置と洗濯機。

 1階はトイレ、リビング、キッチン兼ダイニング。

 2階はトイレ兼洗面所兼シャワールーム、老夫婦の部屋、私が今回泊まる部屋。

 3階は屋根裏部屋みたいなものだった。きちんとした部屋だった。すでに独立した娘さんの部屋らしい。


 シャワーを浴びて部屋に戻るとベッドにダイブした。

 ああ、今日は疲れた。親に「おやすみなさい」とLINEで伝えてすぐに寝た。

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