3.ちょっとした間違え

 ドイツへは、飛行機が落ちることもなく無事に着いた。


 機内からゲートまでは距離があった。


 どこまで行けばいいんだろ。熊本先生とは合流できていないし、国際課のお姉さんは、現地で待っている人がいると教えてくれたけど、果たしてどこにいるのか。ツアー客も同じ機内にいたのか、ツアーの看板を持った日本人が何人かいた。

 ちょっと立ち止まって、とりあえず先生を待つことにする。もしかしたら私より先に出ていった可能性もあるかもしれないけど、いやでも先生は私より後ろの席だったし、早く出ることはないか。たぶん……。


「凪野さん」


 再び歩き出そうとしたところで声をかけられた。周りはまだ日本人が何人かいた。


「あ、先生」


 私は再びホッとした。

 先生と一緒に歩きながら、やがて入国審査のゲートに着いた。強面のおじさんが乗客だった人たちに次々質問をして、送り出している。

 ああそうだ、こういうのがあったんだった。たいてい「どういう目的でここに来たのか」と聞かれるらしい。頼むなら、英語であってほしいけれど。

 私の番が来ると、おじさんは私から受け取ったパスポートを見て、口を動かした。


 そして黙る。


 ……は?


 ウソ、今何か言った?

 私はぽかんとしたまま、おじさんを見る。ぉさんはチラッと私に視線を送った。おどおどしながら、「ワンモアプリーズ」と口にする。おじさんは口を動かす。


 そして黙る。

 私も沈黙。


 いやいや、聞こえないから。何て言ったんだこのおっさん。

 私は助けを求めるように後ろを見た。そこには先生がいる。

 先生が、私が必死に目で訴えているのに気がついて、こっちに歩いてきた。おじさんとペチャクチャ、ドイツ語か英語か。よく聞き取れないけど会話をしていた。

 先生と会話を終えたおじさんは私を見て、パスポートにハンコを押すと送り出してくれた。どうやら入国手続は完了したらしい。

 入国審査のゲートを通り過ぎると、そのあとから熊本先生が来て、さっそく私はお礼を言った。


「ありがとうございます、先生」

「ああ、うん。大丈夫、大丈夫」


 ゲートをくぐったら今度は預けておいたスーツケースを受け取りに行かなくてはいけない。私はスーツケースを2個持ってきていたから、カートを押してきた。


 いつまで経っても荷物はでてこない。白のスーツケースと赤の小さなスーツケース。どっちも目印になるようバンダナを結んでおいた。見間違うことはないと思うけど……。

 そのとき、同い年くらいの日本人が5人くらい、かたまってこっちに向かって歩いてくるのが見えた。

 周囲はほとんど外国人である。やってきた同い年の日本人の近くには、付き添いの大人らしき人物は見られなかった。

 もしかして、と思う。


「あれ、もしかして成挨せいあい大学の人たちかもね」


 先生に言われて私もピンと来た。

 西和にしわ、沖縄、成挨、旭川、そして私の大学。その4校が今回のドイツ留学参加校だった。成挨に5人、私の大学と沖縄が1人ずつ。旭川も何人かいたっけ。西和は――結構多いらしい。


 どうして私の学校は1人なんだろう……。


 熊本先生が笑顔で成挨の生徒と思しき人たちに近づいていった。何やら話しかけている。私はそれをちょっと遠くで見ていた。

 先生を先頭にして5人が近づいてきた。私たちは互いに自己紹介をした。


 全員分の荷物がやってくると、今度は現地の人達と合流した。日本人の女性とドイツ人の男性の夫婦だった。名前をそれぞれ、かえで、ミケと言った。


 電車でミュンヘンの中央駅まで移動する。そのあいだ、今回の研修で必要な資料や電車とバスの切符を渡されたり、ミケに日本語で話しかけられて(奥さんが日本人とあってか日本語ができたのかもしれない)、私はできる限り、ドイツ語で答えてみた。

 ちゃんと言葉は通じたようで、挙句「うまいネ」と日本語だったけれど、そう言われた。

 ちょっと嬉しかった。


 電車の中では当たり前だけれど、日本語が使われていなかった。ドイツ語と、そのあとに同じ内容だと思われる英語が聞こえる。席は互いに向かい合うように設置されていた。日本みたいに優先席がなくて、天井なんて手すりが届かないくらいに高い位置にある。日本人、特に女性には届きにくい高さだ。男性だったら届くだろうけど。あと、車両間の移動はできないみたいだった。

 やがて電車の放送を聞いたミケが「ここで降りマス」とカタコトの日本語でそう言った。

 私は一緒にいた成挨生徒の2人と席を立ってドア前に移動した。電車が停まって右のドアが一斉に開くと、私たちは電車を降りた。

 すると、視界の端の方で。


 一緒に来ていた人たちが、何故か左のドアに向かっている!

 一斉に左のドアが開いた。


「左、左も開いたよ!」


 私が慌ててそう言うと、前を歩いていた2人が驚いて慌てて引き換えした。私も引き返そうとして、左のドアに突進したところで。

 ドアが少しの慈悲も与えてくれずに閉まってしまった。


 慌ててドアを開けるためのボタンを連打したけれど、何の反応も示さない。

 電車は、次の駅へと向かって走って行く。窓の外ですでにホームに降りたみんなが驚いた顔をして私たちを見送った。

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