1.留学前の話

 ドイツに行くことができたのはまず言って、両親のおかげであるといえるだろう。

 受験の結果が惨憺さんたんたるものだったにも関わらず、母は幾度となく海外行きを失敗させている私を、どうしても行かせたかったらしい。


 大学のほうで留学するにふさわしいかを決める面接があった。私はそのときいささか緊張していた。面接というのはいわば、粉振るいみたいなものである。この場で私が本当に海外留学へ行けるにふさわしいかが決まるのか、といらぬ心配をしていた。


 本当にいらぬ心配だったのである。


 面接を担当したお姉さんが、一通りの質問をし終えてから最後にこう言った。


「あなたの友だちで、ドイツ行きを決めている人っているかしら?」


 沈黙。


「聞いてません……」


 面接室を出て、私は面接官の言葉をもう一度自分の中で考えてみた。

 今回の春の海外研修において、候補にあげられている国は3つだったはず。


 アメリカ

 イギリス

 ドイツ


 募集をかけた時点でアメリカはすぐに定員がオーバーしたそうだ。だから私は焦った。きっとドイツもすぐにオーバーになると思って。

 しかしそんなことはなくて、そして募集は締め切った。

 まさかとは思うが、いやそんなまさか……。

 胸にわずかに生まれた不安を、私はとりあえず見ないフリに決め込むことにした。正直、行けるか行けないか、今の状況ではまだわからないのだ。それがわかってから、もう一度考えてみることにしよう。


 ところがそれほど時を待たずしてドイツへの海外研修の定員が集まっていないことを知るのである。

 それはドイツ語の授業中でのことだった。担当教師の熊本くまもと先生が突然、パソコンを起動させたかと思うと、ドイツのプレゼンを始めたのである。

 また唐突な、とまあそこがこの先生のらしさといえばそうなのだが、海外留学が近いということもあってか、私はまた不安になってきた。


 冬のドイツは雪が降っていて綺麗で、クリスマスなどのイベントが近いと、そのときの賑わいがすごい、という話もあった。季節的にはもう過ぎてしまったことだが、オクトーバーフェストという10月頃に催される祭りでは、ビールでの祝杯があちこちで交わされて、しかもドイツのビールはとってもうまいのだとか。

 熊本先生はお酒好きで知られていた。

 一通りドイツという国の素晴らしさを熱弁した後、先生はこう言った。


「どうやら今、春の海外留学でドイツへの参加希望者が1名しかいないらしいので、これを機会にみんなちょっと考えてみてください」


 春の海外研修!

 ドイツへの参加希望者!

 1名! 

 それって私のことではないか?


 私は衝撃のあまり、握っていたペンを落としてしまった。


 結局、先生の言った通りだった。後に開かれた事前研修において、ドイツへの海外留学希望者は私以外にいないことが明かされた。

 熊本先生も担当してくれた国際課の職員も、ちょっとさすがに、お手上げと言う状態だったようだ。

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