第17話
翌朝、朝食の卓にみのりはいなかった。
正確には館内に入るのだが、たつきが向かう先からはするりと姿を消してしまう。洗面所、キッチン、リビング、廊下、玄関。たつきは無意識にみのりの姿を探していたが、その姿を視界にとらえることは出来なかった。
気になりながらも今日は一限から外せない授業がある。紀子に見送られて渋々大学へ向かった。
そのしょぼくれた背中を見て、紀子は心配が沸いてきた。その時背後からみのりが現れた。
「お洗濯始めちゃいますね。お天気がいいのでみんなのシーツも替えちゃっていいですか?」
「あらあら、少し休んだら? 朝ごはんの片づけは私がやるから」
「あ、終わらせました。もうやることが無いので……」
みのりの働き者っぷりに紀子は呆れる。そしてその手を取ってダイニングへ向かった。
「ねえ、みのりちゃん。たつきくんが今朝様子が変だったんだけど、何か心当たり、ある?」
その瞬間、みのりの顔が真っ赤になったことで、紀子は半分ほどは予想がついた。
◇◆◇
今日の講義は午前中で終わった。今までなら真っすぐ帰るところだが、今日は朝からずっとみのりのことばかり考えているせいで、すぐに帰る気が起こらなかった。
朝から一度も顔を見ていない。言葉を交わせていない。すぐに帰ったところでその状況が変わっていないなら意味がなかった。
「江藤くん、帰らないの? もしよかったらお昼一緒に……」
普段は授業が終われば矢のように去っていくたつきがいつまでも教室にいることで、数人の勇気ある女子が声をかけてくる。だがたつきの耳には一切届いていない。いなくなるでも拒絶されるでもない状況を都合よく解釈した女子がどんどんたつきを取り囲んでいくのを、しばらくしてから通りがかった柊が見つけた。
「こんなとこにいたのか、ほら、行くぞ」
柊の声に反応したたつきが顔をあげる。そして自分が今一番求めていたのが柊だったことにやっと気づいた。
「いるんだけどいないんだ。どうしたらいい」
自分の思考の流れのままに柊に助けを求めた。柊は、またか、という顔で小さくため息をつく。
「分かった分かった、とりあえず飯食いに行くぞ、ほら、荷物持って」
私も、と追いすがってくる女子を柊は完全に無視をして、たつきの腕を引っ張ってやっとのことで外へ出たのだった。
◇◆◇
構内から出て駅前の定食屋に入る。大通りから一本入った裏路地の店だから、同じ大学の学生が来る確率はほぼなかった。
たつきは考え事が頭が離れないらしく、注文を決める様子がない。仕方なく普段のたつきの食事内容から食べられそうなものを選んで柊が注文を伝えた。
「で、さっきの何だ? 全然意味が分からないんだけど」
たつきは柊の問いかけに飛びつくように、今朝の異状を説明した。
いるはずなのにどこを探してもみのりがいない。まるでみのりが時忘れ荘に来る前に戻ったかのように姿がない。意を決して彼女の部屋へ行ってみたが、扉には名前を記したカードがかかっていたので時間が巻き戻ったわけでも出て行ったわけでもないことは確認できた。
「なんでいないんだろ……。この後帰ってもいなかったらどうしよう」
たつきの話を聞きながら、柊は記憶のない既視感に襲われる。今まで誰にも興味を示さなかったたつきが、たった一人の女に執着して周りが見えなくなっている。今までも周囲を見ていたか、というと微妙ではあるが、今の状態よりはまだましだった気がする。
たつきの変化に驚きながら、不思議とその執着っぷりに共感している自分もいた。
「昨日までは普通だったんだろ。なんかあったんじゃないのか?」
「何か?」
「昨日学校から帰ったあと、お前どうしたんだ? 学校出たところから順番に話してみろよ」
たつきは不得要領で自分の記憶を辿る。そう言えば一昨日は花を渡したら喜んでくれたのに、昨日は一昨日と反応が違っていた。何故だろうか、花の種類が悪かったのだろうか、ならば今日は一昨日と同じ花を買って帰ればいいだろうか、でもみのりがいないなら手渡せない。
途中で脱線するたつきを誘導しながら全てを聞き終えた柊は、はぁ、と大きなため息をついた。
(そりゃ逃げてるっつーか……)
正直、柊には女性の心理はよくわからない。出来れば楓に聞きたいところだが、それはそれで事が大きくなりそうで面倒でもあった。
「やっぱり俺が何かしたのかな」
店員が持ってきてくれた中華定食を前に考え込むたつきに、柊が一つ提案をした。
「なあ、この後、お前の下宿に遊びに行ってもいいか?」
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