第18話
昼食を食べ終えてから、たつきの先導で二人で時忘れ荘へ向かった。
最寄り駅で下車し駅前の商店街を通り過ぎる。途中でたつきが花屋の前で足を止めた。
「花? 買うのか?」
柊の質問に頷きながら、一昨日買った花を探すが見当たらない。そこで困ってしまった。
「同じ花が無い」
「同じ奴がいいのか?」
「一昨日は喜んでくれた。でも昨日は違ったから」
「……二日連続で花贈ったんか」
一途というか何とかの一つ覚えというか、ただそれだけたつきが思い入れているということだと、柊は解釈した。
「今日は花じゃないものにしたらどうだ?」
柊は花屋の隣の雑貨店を指さしながらたつきを突いた。たつきは一瞬ぽかんとして、そして何かを見つけたように真っすぐに店内へ向かって行った。
◇◆◇
「たつきくん、おかえりなさい。あら、お友達?」
「柊」
たつきの、紹介にしては短すぎる一言に、普段から楓に『コミュ障』と揶揄われている柊も苦笑せざるを得ない。
「桐島です。江藤くんとは同じ学科の同級生です」
「あらあらまあまあ、たつきくんがお友達連れてくるなんて初めてで嬉しいわ。どうぞどうぞ」
ザ・母親、という雰囲気の紀子に満面の笑みで歓迎され、柊は緊張度を下げながら時忘れ荘へ足を踏み入れた。
柊の家も個人宅にしては大きいほうだが、ここはそもそもが個人が住まう目的で建てられたものではなさそうで、吹き抜けの高い天井のホールや、磨き込まれたコーヒー色のフローリング、大きくて古そうなシャンデリアなどを物珍し気に眺めた。
たつきが柊を自分の部屋へ連れて行こうとするのを止めて、紀子に挨拶をするふりをしてリビングホールに留まる。
柊が時忘れ荘へ来た目的は、たつきの想い人に会うためだった。だからむしろ柊の自室に用はなかった。
「広いお宅ですね。何人くらい住んでいらっしゃるんですか?」
かつての人に言えないアルバイト経験で培った営業スマイルを引っ張り出しながら紀子に話しかける。冷茶を用意して戻ってきた紀子がにこにこ応対した。
「今は七人いるの。それからね、最近ワンちゃんも増えたのよ。急に賑やかになって嬉しいわ」
「も、ってことは、住人もですか?」
「ええ、そうそう、たつきくんがね」
柊はたつきが部屋に荷物を置きに行っている隙に聞きたいことをどんどん聞いていく。そしてたつきから聞いたのとまったく同じ内容を紀子から聞かされた。やはりたつきが自ら女性を助けてここへ連れ帰ってきた、というのは本当らしい。
「その方は、今はお出掛けですか?」
「みのりちゃん? 今はね、染谷さんとお庭にいるはずよ」
紀子の目線が大きな窓の外へ向けられる。言葉の通り、屋敷よりさらに広大な庭に、白髪の老人と一緒に作業をしている女性の姿が見えた。
(あれか……)
「ほんとだ、他の方もいらっしゃったんですね。じゃあ僕ご挨拶してきますね」
たつきが戻ってくる前に出来ることはやっておこう、と、柊は玄関から庭へ回った。
「こんにちは」
二人は新しい種か球根を植えているようだった。突然現れた見知らぬ青年に驚きながら、染谷はすぐに人好きする笑顔を浮かべて会釈した。
「こんにちは。お客様ですか」
「お邪魔してすみません。たつきの大学の友人で桐島といいます」
「これはこれは。初めまして、染谷と申します」
軍手を外して染谷は柊と握手を交わす。その流れを利用して柊はみのりへも挨拶をした。
「はじめまして」
「あっ、はい、吉永と申します」
みのりも軍手を外し、更にタオルで拭ってから手を差し出した。白く華奢な手首を見て何かが柊の頭をよぎったが、そのまま握手を交わした。
「たつきがお世話になってるみたいで。あいつ言葉足らずでしょう、大変じゃないですか?」
柊のコメントが的を得過ぎていて、初対面にも拘らずみのりは声を立てて笑ってしまった。その反応で、柊は少しみのりに、たつきにも同情する。
そして
「あいつ、ちょっと特殊な経験があって……。実は女性は苦手なんです」
「……そうなんですか?」
みのりは心底意外と感じて驚いた。みのりにしてみれば、たつきは最初から自分に過剰なまでに親切だった。だから女性が苦手と聞いても俄かには信じられなかった。
「もしお時間があれば、少しお話してもいいでしょうか」
柊はみのりに話しつつ、染谷を気にする。その様子からみのりも、柊が話そうとしている内容の重要性を感じ取り、黙って頷いた。
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