◆たつき◆
第14話
たつきは急に休講になった講義の時間を、学内のカフェでつぶしていた。たつきは基本的に一人で行動する。子どもの頃は致し方なくそうしていたが、慣れれば一人ほど楽なものはなかった。
だが学校という環境は、完全にピン行動を貫くことは難しい。それは大学になってもそうだった。こんなことなら進学せずに就職してしまったほうが良かったか、とすら思ったが、それもまた自分は人づきあいで難儀するのだろう、と思うと憂鬱が止まらなかった。
「また昼抜くつもりか? いい加減倒れるぞ」
ノートを広げるだけで窓際の席でぼんやりしていたたつきの前に一人の男子学生が座った。誰もたつきに近寄ろうとしない中、この青年だけは違った。
「なんだ、
「良かったら一緒に食ってくれないか。また楓に食いきれないくらいデカい弁当持たされて困ってたんだ」
同じ学部で学科の桐島柊は、幼馴染から発展した彼女がいるらしい。柊もたつきに負けず劣らずぼっち組で周囲から敬遠されているが、何故かたつきにだけは話しかけてくる。
たつき以外とはほとんど言葉も交わさない柊とは反対に、その彼女はやたら賑やかな性格らしい。うんざりしているような言い方でたつきに愚痴ることがあるが、彼女の話をする柊はいつも楽しそうに見えた。
たつきが『食べる』と返事するより先にテーブルにはいくつものタッパーが並べられる。なるほどこれは柊でなくても一人前とは言えない量だった。
柊の彼女の弁当は何度も食べたことがあるから旨いのは知っていた。たつきは無言で鶏のから揚げを指でつまんで頬張る。
たつきと柊が二人並んで座っていることに気づいた女子学生たちが、いつの間にか遠巻きにその様子を見つめている。だが二人ともそれぞれの理由で彼女たちには一切関心がなかった。
「ずっと出て行かないようにするにはどうすればいいかな」
「……話が見えねえよ、誰を? どこから?」
たつきは柊に問われるままに、駅で女性を助けたこと、訳ありに見えたのでそのまま下宿へ連れ帰ったことを話した。
柊は聞きながらその話を信じられずにいた。
柊も基本的に他人には興味が無い。申し訳ないと思いつつ楓に対しても関心があるか、と聞かれれば答えに詰まる。例外がいたような気もするが思い出せない。
その柊から見ても輪をかけて他人と距離をとるたつきが、たとえ緊急時だったとはいえ見ず知らずの他人を助けて下宿に連れて行くなど、キリンがスーツを着て目の前で鮮やかにパソコンを操作し始めるのを見るよりもあり得ないことだと思った。しかも相手は女性だという。
「それ、本当の話か?」
思わず確認する柊に、たつきは不快そうに微かに眉を寄せる。
「ウソなんかつかない」
まあそうだろう、と柊は頷く。そして最初の質問に戻ると、その女性が下宿を出て行かないようにしたいということなのだろう。
「つまり、あれか。その人とずっと一緒にいたいってことか?」
「ずっと……」
「だってそうだろ、いなくなられたら嫌なんだろ?」
たつきはこの三日間の全てを思い出していた。
自分のすぐ前をフラフラ歩いていたびしょ濡れの女性が線路へ向かって歩いていく。助けなければ、とか、危ない、と考える暇すらなかった。気づけば力ずくで反対方向へ引っ張って抱きすくめていた。
そして初めて向き合ったとき、その女性―みのり―の目が空洞だったことで心が動いた。自分と同じだと思った。自分自身の中が空っぽで、存在価値が分からなくて、何が大事で何を捨てればいいのかもわからない。だから相手が女だと分かっていても、放っておけなかった。
そして接すれば接するほど、みのりを放っておけなくなる。他人に触れさせたくなくなる。自分のすぐ横にいてほしいと思う。
帰ればみのりがいる。そう思うだけで、今まではただの逃げ場に過ぎなかったあの屋敷が、自分が帰るべき場所のように思えた。
「やだ……」
たつきが素直に感情を言葉にするのも珍しい。柊は目を丸くする。そして手を伸ばしてたつきの頭をがしがし撫でた。
「大事にしろよ」
それだけ言って、柊も弁当に手を付け始める。
たつきは何を大事にすればいいのか皆目見当がつかなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます