第12話

 翌日も、通勤通学がある住人を見送った後、みのりは紀子や染谷の手伝いをして過ごした。

 家事は一通り経験があるが、庭の手入れや家庭菜園は初めてだった。ただ水を撒くだけでなく、害虫を見つけたら駆除したり雑草を取り除けたり、綺麗に咲いた花を剪定して屋敷の中に飾ったりもした。

 

 あれこれしているうちに夕方になる。今日の夕食はみのりがメインで作ることになっていたのでその準備を始めた時、材料が足らないことに気づいた。慌てて紀子の許へ行く。


「生クリームを買い忘れちゃったので、今から買ってきますね」

「あらあら大変、歩いて? 染谷さんに車で送ってもらったら?」

「いえ、コンビニでも買えるはずなので、ちょっと行ってきます」


 そして財布だけ持って小走りで通りに出た。うろ覚えの道順で一番近いコンビニを見つけて買い物を終える。予想通りあまり時間がかからなかったことにホッとしつつ帰路についた。


 その途中、既に陽が落ちかけた公園に人影があることに気づいて足を止めた。その公園が普段どれほど利用があるのかは知らないが、子供用遊具が目につく小規模の公園なら、この時間に人がいるのは不思議な気がしたのだった。

 

 そっと足を向けると、みのりが気づいた人影は何かに話しかけているようだった。


「よしよし、ちゃんと食べるんだよ」


 物音一つしない公園に響くその声に、みのりは聞き覚えがあった。思わず頭に浮かんだ名を口にする。


「麻希さん?」


 人影は飛び上がるように背を震わせ、勢いよく振り向いた。その勢いにみのりも驚いたが、麻希はそれ以上に驚いたようだった。


「……あんたか……」


 その反応はみのりが身構えたほど攻撃的ではなかった。むしろみのりだと分かって安心したように見えた。


「こんなとこで何しているんだ?」

「それは麻希さんこそ……。私は買い物帰りです。麻希さんはお仕事終わったんですか?」


 みのりががさごそ言わせているレジ袋を見て麻希は頷く。そして小さな段ボールを自分の背に隠すように庇うが、もうみのりはその中身を目にしてしまっていた。


「仔犬、ですか?」

「……あー、うん」

「捨て犬、とか?」

「……だと思う」

「もしかしてずっとお世話してるんですか?」

「ずっと、ってほどじゃない。三日くらい」


 気まずそうに最低限の返事だけみのりへ返しながら、麻希の指を舐める仔犬に目を細める。その様子を見ていると、昨日凛の提案に反対した理由が分からなかった。


「動物、お好きなんですね」


 みのりが何を問おうとしているのかが分かって、麻希は口ごもる。しかしみのりにはその沈黙は反感や不機嫌ではなく、逡巡であるように感じた。


「お屋敷で飼いたくない、理由があるんですか?」


 そう問いかけてもすぐには返事はない。昨夜同様ここで問い詰めても仕方がないか、と考えて帰ろうとしたとき、麻希は仔犬を抱き上げてみのりに手渡した。いきなり箱の外へ出たことで仔犬は少し怯えつつ、みのりの匂いをくんくんと嗅ぎ始めた。その仕草とぬくもりにみのりは夢中になった。


「いつか、いなくなっちゃうじゃん、動物って」

「……え?」

「仕方なんだけどさ、人間より寿命が短いから。でも、いつか絶対別れが来るから」


 麻希は悲しい未来を想像しながらも、仔犬を見る目は慈愛に満ちていた。動物が嫌いなどころか、好きで好きでたまらないのだろう。


「あんたも」

「私、ですか」

「どうせたつきに強引に連れてこられたんでしょ。住む場所が決まったらすぐいなくなる。それが嫌なのよ」


『これ以上増えるなんて耐えられない』


 昨日の麻希の言葉の真意は、住人が増えたことへの嫌悪感ではなく、いつか別れ別れになる日を恐れての予防線だったのだと、みのりは気づいた。

 そして凛が言った『まっきーツンデレだから』という台詞も思い出す。

 その二つが重なって、つい吹き出してしまった。


「な、なんで笑うの?! 私すごい悩んだんだけど、昨日寝られなかったんだけど!」


 麻希が抗議すればするほど、麻希の尋常じゃない愛情深さを感じて、嬉しいのと面白いのとでみのりの笑いは止まらなかった。

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