第11話

 まるで鉈で大枝を切り落とすような声と言い方だった。切れ味の良さにみのりは驚き、そして怯えて固まってしまった。

 だが麻希のそうした言動には慣れている他の住人は動じていないようだった。特に凛の勢いは少しも衰えない。


「なんでなんで? まっきー動物嫌い?」

「……嫌い」

「そうなの? アレルギーとか?」

「そんなんじゃないけど、とにかく私は反対」

「麻希ちゃん、嫌だってことは分かったけど、せめて凛ちゃんが納得できるくらいには理由を説明してくれる? どうして嫌なのかしら」


 取り付く島もない麻希の態度に横から紀子が助け舟を出す。麻希はばつが悪いのか目線を彷徨わせながら、ふとみのりに視線を合わせる。瞬間的にびくっと体を竦ませた。


「これ以上増えるなんて耐えられない」


 真っすぐにみのりを見つめながらそう言われて、ショックと納得でみのりは何も言えない。

 その時、横から麻希以上に鋭い声が響いた。


「だったらあんたが出て行けばいいんじゃないのか」


 今度こそその場にいた全員の表情が強張る。みのりは自分が原因だと思うと、緊張を通り越して心臓が止まりそうだった。当然麻希は今までより強く鋭い目をたつきへ向ける。

 慌てて紀子と染谷が間に入った。


「あらあら、たつきくんいきなり何を言うの?」

「そうですよ、紀子さんが言ったようにまずは麻希さんの理由を聞きましょう、ね?」


 さしもの麻希も紀子たちに取りなされれば逆らいづらいようで再び視線を彷徨わせる。明らかに理由については言いたくない、またはどう言えばいいか分からないようだった。

 麻希の居た堪れなさを自分のことのように感じて、思わずみのりは声を上げる。


「あの、今結論を出さなくてもいいのではないでしょうか。ここに飼わなければいけない動物もいないですし……」


 結論を先延ばししても意味はないかもしれない。だがここで麻希に理由を問い詰めることはもっと意味がない気がした。無論、紀子たちに問い詰めるという意図はないだろうが、麻希が追い込まれているのは一目瞭然だった。

 みのりの意見に最初に賛成したのは凛だった。


「だよね、あーしがちょっとテンション上げ過ぎちゃった。まっきーごめんね」

「凛は……悪くないよ」

「じゃあいったんこの話は保留にしましょうか。航也くんも入れて全員が揃わなきゃ決めることは出来ないものね」


 紀子の言葉がこの場を締めくくった。一番忙しい紀子がキッチンへ引き上げたのをしおに、それぞれが自室や入浴の準備のために立ち去っていく。


 誰にも気づかれないように小さく安堵の息をついたみのりの隣に、たつきが移動してきた。


「気にすんなよ」

「……え?」

「俺はあんたにここにいてほしい」


 ここにいてほしい、という言葉が信じられず、みのりは至近距離にあるたつきの横顔を見つめ続けた。

 そして今更ながら、たつきが今まで見た誰よりも整った美しい顔をしていることに気づいた。

 きめの細かい色白の肌、長いまつげ、筋の通った高い鼻と薄く引き締まった口元、目尻が切れ上がった大きな目。機嫌が悪いせいか何かをじっと考え込んでいる風情がその美貌に拍車をかける。


「……何?」


 みのりにじっと見つめられ続けていることに気づいたたつきが振り向いてたじろぐ。たつきはたつきで、自分とみのりの距離がほぼない状態だったことに気づいて驚いていた。慌てて立ち上がり、だがすぐに立ち去らず振り向いた。


「俺は賛成だから」


 そう言って自室へ戻っていく。途中で紀子から『お風呂早く入ってねー』と言われ、面倒そうに頷く様子がなぜか可愛らしくて笑ってしまった。


「怪しい」


 突然背後から凛の声がして、驚いて振り向いた。凛は大げさに腕を組んで自分の顎をつまんで考え事をするポーズを取る。


「怪しいって?」

「だって動物飼いたいって言い出したのはあーしなのに、なんでみーちゃんに言う? あーしには何も言わなかったぞ、たっちゃん」


 確かに、とみのりも微かに首を傾げた時、凛がわざとらしい腕組を解いてみのりに抱き着いてきた。


「さっきありがとね。まっきーもあーしも、みーちゃんがああ言ってくれて助かった」


 凛の言葉で、みのりは少しだけこの屋敷の一員に近づけたような気がして嬉しかった。

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