◆麻希◆

第10話

 午後からはみのりと凛は一緒に紀子の手伝いをしたり、染谷と庭の手入れをして過ごした。昨日は雨が強く夜だったので建物しか見えなかったが、時忘れ荘の敷地は建物が建っている部分を除いてもかなり広かった。その庭に、染谷はこつこつと花壇や家庭菜園を作って、毎日自分で世話をしているようだった。


「こんなに広いのを、お一人で?」


 驚くみのりに染谷は首を振って微笑む。


「他にやることもありませんし、健康のためにね。それに私が作った野菜は紀子さんがとても褒めてくれるのでねぇ」


 みのりは頷く。今日の朝食で使われた茄子や大葉も美味しかったことを思い出した。


「こんなに広い庭があるなら、あーし動物飼ってみたいなー」


 一緒に雑草を取りながら凛がつぶやいた。染谷は、おや、と顔を上げる。


「言われてみれば……、その発想はなかったですね」

「ドッグランでも作れちゃいそうですよね」

「え? え? まじ、いいの?」


 途端に飛び跳ねるように染谷に縋りつく。染谷は腕を組んでうーん、と考えこんだ。


「他の皆にも聞いてみないと何とも……。世話もありますし、一度飼ったら最後まで面倒を見なければいけませんからね。病気にならないように注意したり、迷子になったりしないように。犬なら吠えないようしつけとか」

「分かってる! あーし頑張る! じゃあ今夜皆に相談してもいい? いい?」


 染谷は思わずみのりを振り返る。その目が『どうしましょう』と言っているように感じたが、昨日来たばかりの自分に発言権はないと思っていた。


「そうですね、まずは皆さんのご意見を聞いてみてからですね」


 当然ながら当たり障りのない言葉しか出てこない。だが凛は動物を飼うという想像に夢中になっているようだった。


「みーちゃんは? もし飼うなら何がいい?」

「私は……」

「ワンコかな、猫もいいよね、ハムちゃんだとお庭で遊べないしなぁ」


 はしゃぐ凛を見ながら、先ほど聞いた彼女の生い立ちを思い出す。ペットどころか自分のことすらどうにも出来ない状態で育って、ここ時忘れ荘が初めての安住の地なのかもしれない。

 それに、学校で話しかけられる人もいない凛にとっては、ここだけが世界だ。ならば少しでも充実させてやりたいと思った。


「私は、昔うさぎを飼っていたことがあるの」


 みのりの声は小さかったが、凛が聞き逃すはずがなかった。


「うさぎ?! 可愛い! いいな、あーしまだうさぎって触ったことない」

「可愛いよ。でもすごくデリケートな生き物でね、温度管理や湿度管理、食べ物も気を付けてあげなきゃいけないの。凛ちゃんは……動物を飼うことで、何がしたい?」

「……何、が?」

「うん。どんな動物も可愛いよね。でも可愛いなって思うだけだといつか飽きちゃうかもしれない。このお家に動物がいたらいいなって思ったのはどうして?」

「あーしは……」


 凛はしゃがみこんでタンポポを指で突きながら考え込み、ふと顔を上げた。


「昨日みーちゃんが来たときね、すごく嬉しかった」


 思いがけない返答にみのりのほうが驚いた。


「ここの人、ほんとに皆優しくて、あーし大好きなんだ。でね、たっちゃんが連れて来たみーちゃんも優しいから、きっとここに来る人は優しい人ばっかなんだろうなって。だからもっともっとここに住む人が増えたらいいな、って。でも動物って人じゃないね。……あれ?」


 話しながら矛盾に気づいて考え込む凛の頭に、染谷の手が乗った。染谷の仕草は凛をまるで自分の孫か娘のように思っているように見える。


「じゃあ今日の夕食の後にでも話し合いましょう。航也くんはお店があるでしょうから、今のうちに聞いておいてもいいかもしれないですね」

「ありがと! 行ってくる!」


 凛は屋敷へ向かって駆け出した。その勢いが彼女の気持ちの強さを感じさせて、残った二人は吹き出した。


◇◆◇


「……てことで、時忘れ荘で何か動物飼いたいなぁって思ったんだけど、皆どう思う?」


 夕食後、店に出ている航也を除く全員が集まったリビングで凛が昼間の話を持ち掛けた。染谷とみのり、そして航也、紀子はすでに賛成を伝えているから、実質たつきと麻希の意見を聞く場と言えた。


「問題はお世話をどうするか、なのよね。でもそれはどんな動物を飼うかによって変わるでしょうから」

「外でしか飼えないなら専用の小屋を作らないといけませんね」

「あーし頑張る! みんなに迷惑かけないよ、だから」

「反対」


 意気込んで前のめりになった凛の言葉をぴしゃりと遮断するような鋭い声が空気を切り裂いた。

 声の主は麻希だった。

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