第9話
「最初は普通に話してくれるんだけど、あーしに親がいないってわかるとね、いつもそうなる」
みのりは驚きつつ、それを表情に出さないよう努めながら頷いて聞き続けた。
「あんま楽しい話じゃないんだけど、あーしさ、親に虐待? されてて、小三のときに親いなくなっちゃって。隣のおばちゃんが警察に連絡してくれて、親があーしのこと置いてどっか行っちゃった、って分かったんだよね」
凛は、へへっと笑って頭を掻く。
「で、一度施設に入ったんだけど、誠ちゃんが引き取ってくれて、中学からはここに住んでるの」
「そうだったんだ」
みのりは自分の声が沈んでいないか心配になる。だが凛のほうが大人だった。そのまま話を続ける。
「仲良くなると、ママが、とか、パパが、って話になるじゃん? あーし、ウソがつけるほど親のこと覚えてないからさ、もう面倒だから親居ないってばらしちゃうんだよね。で、そうすると次の日から誰も話してくれなくなるの」
「そんなことで……」
「んー、どうなんだろね? あーしの学校、進学校でお金持ちが多くてさ、だからあーしみたいのとは関わりたくないのかもしれない」
膝を立てて抱え込んで座ると、凛は自分の膝頭に顔を伏せた。
「仕方ないんだけどね、でもやっぱ、何かあったときに話しかけることが出来る人がいないって地味にダメージくるんだよね。だから一日学校に居るのがしんどくなっちゃって……時々抜け出しちゃうの」
みのりには返事のしようがなかった。
自分もそれほど学校生活に楽しい思い出はない。友達も多いほうではなかった。だが一緒に弁当を食べたり、タイミングが合えば並んで下校する程度の付き合いはあった。話しかけることが出来る同級生が一人もいない、という状態とそれによる悩みをリアルに想像することが出来なかった。
「最初は誠ちゃんや紀ちゃんに怒られたり心配されてさ、出来るだけ学校に戻ったりしてたんだけど。中々ねー、居心地悪い空気一度作っちゃうと直らないんだよね。今日もほんとはフードコートかどこかで時間つぶそうと思ったんだけど、みーちゃんに見つかっちゃった」
てへへ、とまた笑う。笑えるような状況ではないのに、自分に心配させないため、そして凛なりの精いっぱいの虚勢の笑顔だろうと思うと更に胸が詰まった。
「……ごめんね」
「へ? なんでなんで? みーちゃんが謝るの?」
「せっかく話してくれたのに、どうすればいいのかアドバイスも思いつかなくて……」
「なんでなんでー。そんなんいーって。ていうかあーし別に平気だよ? だってさ」
凛は抱えていた膝を下ろして床の上にぺしょりと座る。
「みーちゃん、あーしを見つけた時何も言わなかったじゃん、学校どうしたの、とか、戻らなきゃダメとかさ。それが嬉しかった」
「凛ちゃん……」
「みーちゃんみたいな人が学校にもいればいいのになぁ、とかさ」
「私……出来ることって本当に少ないんだけど、何かあるかな。凛ちゃんが学校にいても居心地悪くならなくて済むような方法って」
「いやいや、そんなんいーよ。あーしも別に不登校とかじゃないし」
「でも……」
「んー、そうだ、ライン教えてくれる? そしたらつまんないときみーちゃんにメッセージ送れるから」
「ライン?」
「うん。例えば試験結果が学年で一位でもさ、一緒に喜んでくれる人がいないとつまんないんだよね」
「一位?! 学年で?!」
「うん、あーし、勉強は出来るんだ。てかやることないから勉強ばっかしてる。それもあって嫌われるんだけど。でも成績いいから今日みたいに授業ぶっちしても先生何も言わないんだよね。優等生最強?」
えへへ、とVサインを出す。一見生真面目に勉強などしそうにない凛が、進学校でもトップの成績と聞いて驚きが止まらない。
「……だめ?」
「え? う、ううん、全然だめじゃないよ。ちょっと待ってね」
みのりは慌てて自室からスマホを取ってくる。IDを交換すると、凛は楽しそうに早速挨拶代わりのスタンプを送って来た。そして愛おしそうに画面を見つめる。
「これで明日から学校行けそう……。ありがとね、みーちゃん」
ただIDを交換しただけなのに凛がとても嬉しそうに笑うので、みのりも嬉しくて心の底がくすぐったかった。
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