五日目

 ロイドは蠢動する廊下をひたすら歩く。壁ほどではないが床も侵食されており、間違って触手を踏んだときにはその見た目に反した硬さと弾力にすっ転びそうになる。試しに通りがかった部屋をノックしても無反応で、仕方なく扉をこじ開けてみるが中はもぬけの殻であった。

「おーい誰かいないのかー。いないなら返事してくれー」

 と、ありきたりな呼びかけをするも、もちろん反応はない。

 実のところ、宿舎は円環状になっており、ロイドはその円環をぐるぐると周っていただけであった。本部棟や研究棟に続く廊下はいずれも触手で埋められており、壁と見分けがつかないほどであった。ロイドがその事に気づいたのは、十四週を過ぎた頃であった。そして触手自体は無害なことがこの周回で判明していたから、あとはギチギチに密集した触手をどうにかするだけであった。

「やっぱり地道に切断していくしかないよなぁ……」

「それは無理じゃないかしら」

「そうだよな。何年かかるのやら……フィオナ?」

「ようやく起きたのね」

「ようやくじゃない何周もしたんだぞ。どこにいるかは知らんが、これは一体どういうことだ。何が起きているんだ。また悪夢か?」

「もう少し、もう少しだけ待って、ビリー」

「もう十分待ったさ。昨日から本っ当に……俺はどうかしちまったのか! こんな触手なんて……!」

 ロイドは一心不乱に触手の壁を殴りつけたが、弾力により勢いをそのまま跳ね返されて床に強く倒れこんだ。

「クッソ……頭打った」

「だ、大丈夫? ビリー、もう終わったから、またあちらで会いましょう」

「はぁ? あ?」

 触手に埋め尽くされた天井は一瞬にして消え失せ、瞬きを一度したら視界の7割にフィオナの顔面が広がるのであった。悪夢のときはロールシャッハ・テストの図版のようなものが徐々に形を結ぶというものであったが、今回の目覚めはコンピュータでタブを切り替えるように、覚悟をする隙もなく行われた。

「うぁ!」

「さっきぶりね」

「ここは……フィオナの部屋か」

「いきなりごめんなさいね。こうするしかなかったのよ」

「時間は……もう終わりの時間か。はぁ。今日は帰らせてもらう。何も言うな。何も考えたくない」

「え、外には出ないほうがいいわよ」

「いいや、出るね」

「待って!」

「いいや!」

「ビリー、私あなたを失いたくない!」

「どういうことだ!」

 ロイドは片方の手で重いドアノブをひねり、フィオナに向けて半身でWHYのジェスチャーを取った。

「危ない!」

 ロイドは鉄扉の向こうにいる人だかりに気づかなかった。皆一様に虚ろな目をして、部屋になだれ込もうとしていることは鉄扉の隙間からでも十分理解できることであった。

「うわ、何だお前ら!」

「くっ……うううぅぅぅぅ」

 突如フィオナが呻くと、サイコキネシスで鉄扉が押し返され、閉じた。ロイド一人では十秒と保たないことは自明の理であった。

「なぁ、どうしたんだあいつらは。誰の仕業だ? 皆おかしくなってる。俺がおかしくない保証も無いが……」

「誰の仕業かと問われれば……。私かしらね。私じゃない、私」

***

「ひぃ、どうなってるんだよ」

「俺もわかんねーよ! 感染症罹って少し遅れて海に潜ってみりゃ入れませんだ」

「でもこの丸い扉の向こうはもうプラントなんだよな? 機械はエラー吐いてるけど、もしかしたらこじ開けて中に入れたり……」

「やめておけ。少しでもズレや穴があったら俺たちは途端に水圧でぺしゃんこだ」

「港もプラントも応答無いし、もしかして俺たちずっとこのまま?」

「あーあ。カネに目がくらんでこんなところ来るんじゃなかったぜ。欲しかったなぁ、大金」

「ぷっ……この状況でまだお金を」

「何笑ってんだよ……ん、金くれるのか?」

「へ?」

「いやお前じゃない。なんか金くれるって声がどこからか……扉の向こうだ」

「扉の向こう? でもそんなのって」

「ちょっと行ってくるわ」

「お、おい待てよ! どうやって扉を……開いた? いや、向こう側おかしいぞ! 戻ってこい!」

「今日はいいことがありそうだ」

「う、うわぁ、呑まれる!」

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