第29話 閲覧注意 じつは機密文書を覗き見しまして…… ①
史料名称:火星自治政府宇宙海軍士官によるマスドライバー攻撃回顧録断片
請求番号:カ71ー00002368994 機密00000093875号
所蔵機関:防衛省防衛研究所戦史研究センター史料室
取得状況:〇〇〇〇年〇〇月○○日火星沖宙域管理番号○○ー○○○○ー○○○○付近に浮遊していた火星自治政府宇宙海軍艦艇オリンポス級宇宙駆逐艦「Liberty」(所属番号375)とみられる残骸より○○○○○○○○○○○○○○所属「○○○○」によって回収(情報削除済み)
報告者記:同「○○○○」艦長○○○○○○○(情報削除済み)
追記備考:この史料の一部情報は防諜上の理由により完全に破壊されています。またこの史料を請求閲覧する際には統合幕僚長、陸海空幕僚長、情報本部長、その他政令または防衛省省令により指定された者の許可が必要です。
また大変刺激の強い内容となりますので、閲覧は自己責任で願います。
以下史料電子データ続く。
○○月○○日
現在わが火星自治政府宇宙海軍第三艦隊は地球のUNCF(注:UNITED NATIONS COSMO FORCE つまり国連安全保障理事会決議第1040567号により編成された国連宇宙軍のこと。UNCFは略称。)の宙雷艇部隊による奇襲を受けつつもこれを撃退、簡易マスドライバー方式による地球本土爆撃作戦を実行するに至った。
確かに自分は火星の独立を志して火星の為に軍人としてどのような命令でも忠実に実行する覚悟を決めている。
だが今回の作戦は正直言って人間を辞めざるを得なかった。
なぜなら今回の作戦は明らかに第一目標とされた「軍需工場及び関連施設の破壊」を遥かに上回る破壊を行うからだ。
それもそうだ、何たってマスドライバー作戦は無辜の市民の頭上に人工的に隕石もどきを落っことす、まるで自分たちが神にでもなったかのように驕り高ぶる作戦だからだ。流石にここまで大きな十字架は背負いたくはない。
だが背負ってしまったのだ、今日、この艦隊に乗り組む者たち全員が。
今日も勤務中にあの〇〇〇(注:情報削除済み)という指揮官を見た。
そいつは眉をピクリともさせずに淡々と指令を出していく。嗚呼、あのメガネの奥の眼の光は輝きを失ってるのだ!
彼の眼にはこれから眼下に起こるであろう惨劇は取るに足りない小事でしかないのだ。つまりそれは地球側の兵力や生産力の数字の減少としか認識できない、或る意味哀れな人である証左だろう。
だが自分は、ついさっき自分の文字通りの足元で起きた光景が目から焼き付いて離れない。
宇宙に散らばったデブリを急場で球形に固めた物体を号令と共にピンポイントに精密投射する。その装置のスイッチを押したのは他らなぬ自分だ。
そう、今日、自分はこの手でパリを滅ぼしたのだ!かつて自分の憧れだった芸術の都パリ。ルーブル美術館で古典芸術をゆっくり鑑賞することが自分の夢だったが、その夢も今日潰えた。
恐らく警報が間に合ってもパリの人々はどうすることもできまい。この鉄球は間違いなく投下した先半径数百キロを、全てを破壊しつくすだろう。地下に逃げようが地下鉄やそこんじょそこらの核シェルターでは無駄である。
もしあの瞬間自分がパリに居たら、あの鉄球をみて絶望するほかない。自分だって一応人の親だ。妻と子供を抱き寄せて最期の時を過ごすだろう。
この子に未来を繋ぐことが出来なかった、という無念と共に。
そして落ちてきた瞬間を想像した。吐き気がすごい。
まず目にするのはパリ近郊の基地から飛び立つ宙雷艇が鉄球を回避する間もなく弾かれ、消えていく様。
地球の艦艇は慣性制御装置を搭載した火星の艦艇とは違って垂直離発着、つまりロケットエンジンで火を噴いて飛ばしているので大気圏内では方向転換ができない。だから無残にも当たり砕け散るのみだろう。
そして地表に激突するや否や高温の大爆風が四方八方に吹き荒れてパリの街を文字通り根こそぎ吹き飛ばす。ビルも人も車も。
そのまま自分の子供を抱きながら、身体が燃えながら猛烈な勢いで飛んでいく中ただ阿鼻叫喚の叫びのみ喉を震わす。
吐き気しかない。あれからものも食わず水も飲まずである。喉を何も通らない。
聞くところによると他にもベルリンやローマ、ロンドン、ドバイ、ニューヨーク、カリフォルニア、南京、上海、重慶といった大都市が今後吹っ飛ぶ予定らしい。
そしてこれの作戦立案、指揮をするのはさっきも言った冷血漢〇〇〇である。
攻撃成功の報せに皆がどんよりとした空気を漂わせる中、その男だけは何も様子が変わらなかった。
その時〇〇〇が正真正銘の悪魔だと確信した。
再度追記:この史料保存の目的はこの火星指揮官〇〇〇の人格に関する重要資料として今後の防衛計画に資する為である。
――嫌な日記だ。原本は喪ったにも関わらず、未だにあの時書いた文字が一つ一つくっきり見えてくる。
そう心の中で毒づいた男は今、土星の衛星エンケラドゥスの民生スーパー、スーパーエンケラドゥス官舎地帯三号店の惣菜コーナーで総菜や弁当に三割引きのシールを貼る作業をしている最中である。
嫌な思い出である。マスドライバーの引き金を引いた感触は未だに手にこびりついている。
結局その後の地球の核攻撃で妻子を失いもう戦う気も尽きたので軍服を脱ぎ捨て、戦後そのまま地球に強制移住させられた挙句こんな辺境のスーパーに流れ着いたわけだ。
そのまま目を閉じ、深呼吸をして、作業を再開させる。
暫くすると、自衛隊の制服を着た二人の美形な少年が目の前を通り過ぎて行った。
そして籠の中にちらりと目をやると中に何も入っていない。更に普通と逆の方向に歩を進めている。
何やってんだと少し呆れた。
そして飲料コーナーに入ったあたりで二人はエナドリを籠に入れた。
「——で、兄貴。手に取ったそれは何?」
青髪の美少年が口を開くと同時に男は吃驚する。その子の声は女の子のそれだったからだ。
「ほら、ゲームをしていると脳が疲れるだろ?だからゲームをしながら糖分をチャージするんだ。」
「せめてそこは勉強って言いなよ……。」
「そういう
男はハッとする。男の亡くなった娘も名前が
もし生きていたらこの子たちぐらいの年で、こんななかなかに不毛な言い争いを愉しんでいたに違いない。
そして男の手が止まり、頬に涙が一筋流れる。
嘗て亡くなった妻子のことを思い出す時には決まって憎悪が伴う。地球に対する敵対心、憎しみで心に黒インクを垂らし続けた。
だが今はどうだろう。何故かあの二人の笑顔を見ているだけでそれが止まる。まるで星の海で優しい光に包まれたこのように。
その瞬間男は悟った。「希望」だと。
有り得なくてもいい。ちぐはぐでもいい。一場の春夢でもいい。ただ望んだ未来を偲ぶことだとしてもそれは希望に違いない。それは一筋の未来に繋がる記憶の光。
「ありがとう。」
誰にも聞かれることなくボソッと空間を揺らす声。
そして男は袖で涙を拭い、元の作業に黙々と勤しんだ。
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