第28話 じつはとある欲求が出てきまして……
「……なあ、晶。」
「な、なに、兄貴?」
長い睫毛の下の、星の海原の様に澄んだ瞳を見つめると、直ぐに逸らされてしまった。
その目も直ぐに潤み始め、白磁の様な肌にやがて朱が滲む。
晶の吐息は少しずつ荒さを増し、緊張していることが見て取れた。
芥川龍之介の小説、「あばばばば」から一節借りるとしたら、その刹那に突然悪魔が乗り移るのを感じた、といった表現に今の涼太は合致するのであろうか。
実際本当に悪魔に乗り移られたのか、涼太はにやけてた。
いや、本当は元々涼太の心が悪魔だったのかもしれない。
「やっぱりお前って、綺麗な
「っ――――⁉」
とうとう
「あはは、照れんなって。こっち迄恥ずかしくなるだろう?」
「あ、兄貴は、こんなこと言っちゃって恥ずかしくないの⁉」
「まあ兄弟だし」
「きょ、兄妹でも、いきなりは……。」
しかし晶は口ほど抵抗はしない。現状に当惑している様子だった。
————押し切れる。————
と涼太は確信した。いや、それよりもただ単に欲に目が眩んだだけだが。
一回してみたいと思っていたことを実行に移すことにした。
「晶、ちょっと目を瞑れ。」
「えっ⁉ちょっ……、何するつもり⁉」
「いいから早く。」
「ダ、ダメだって!」
なかなかに狼狽している晶を逃がさないように少々強めの気迫で押し込む。
「大丈夫、直ぐ終わるから。」
「兄貴、でも、僕、初めてで……。」
「黙って目を閉じてろ。痛くはしないから――。」
晶はいよいよ観念したのか、顔を朱にしたまま――瞼を下す。
さっきまで真一文字に伸びた唇の緊張が解かれ、ぷっくりと上に向く。
さて、ここで涼太は晶の顔に自分の顔ではなく自分の両腕を伸ばした。やがて涼太の手は晶の頬に迫り、そしてそのまま――――――――
「むぐっ――――――⁉」
――そう、晶の両頬を手で挟んだ。まるで餅の様な弾力が末梢神経を通って知覚される。
もちもちもみもみ。
「はひひ、はひひへんほ?」(注訳:兄貴、なにしてんの?)
「やっぱお前の頬っぺたって柔らかいんだな、っていう確認?」
晶の頬の弾力を愉しみ乍ら答える。
もちもちもみもみ。
無論その間晶の頬の弾力の虜となった涼太の手が止まることはない。
ところがそのような幸せな時間は直ぐに終焉を告げた。
「何すんだよ――――⁉」
急に晶の両腕が天を突く。その拍子に涼太は両手を離した。
「いや、だから、そんなに柔らかい表情筋があるならもっと色んな表情ができるだろうと思って。仏頂面は勿体ないぞ。さしずめその様子じゃ士官学校じゃ『目の輝き不備!』とか結構言われ続けただろ?」
仏頂面は光惺だけでお腹一杯である。晶にはもっと笑顔が似合う筈だ。
「さっきみたいに笑顔を作れよ。うん、その方が晶に似合う。」
「笑顔……似合うって……。」
晶は不機嫌そうに目線を横に滑らせる。
流石にやり過ぎたか。
「ごめん、驚かせちゃったな。」
「う、うん。ほんと、ドキドキした……。」
「きれいな貌だったから少々意地悪したくなったんだ。」
「き、綺麗って言うな……。そんなにだし……。」
本当にきれいな貌なのに、自分に自信が無いのだろうか?それとも言葉の選択を間違えたのか?男に対して綺麗という誉め言葉は相応しくなかったのかもしれない。
「少なくとも俺は、引き込まれてしまうほどに綺麗だって思うぞ?」
「あ、兄貴に言われてもべつに嬉しくない!——兄貴のバカバカ!」
晶は涼太を押し返し、そのまま自室にドタバタと駆け込んで行った。
じゃあ誰に言われたら嬉しいんや、というツッコミが頭を過ぎる。
「というかバカバカって小学生かよ……フッ。」
思わぬ子供っぽい言動に不意に笑みが溢れた。
「ただいま〜、涼太君?今凄い音をして晶が部屋に入って行ったけど、何かあったの?まさか喧嘩……?」
「お帰りなさい美由貴さん。いやしょうもない事ですので気にしないでください。」
しかし後々になってこの事を後悔することになる。
あんな事しなければ、と。
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