第21話 じつは親父は何かを掴んでいるようでして……

 『ゆきかぜ』艦内にて、真嶋艦長は涼太との通信を切った後、徐に少し帽子のつばを下げる。

「艦長、やっぱ呪われてますな、この漆黒の空間は。」

 艦長室に入ってきた桑原副長はいつになく深刻そうな口ぶりで言う。

「ああ、此れは間違いなくあの時大人だった俺たちの責任だ。」

 白い手袋の上からでも怒りで握りこぶしを作り血管が浮き出ているのが分かる。

「だがあの戦争の時、あまりにも多くの若者の血が宇宙に爆ぜた。それでもあの遺恨を断ち切るには足りなかったのか…。」

 内惑星戦争のせいで高騰した生茶葉に代わる人工茶葉で淹れた不味い紅茶をすすりながらふと思う。

「やはりこの艦も、あの拠点も、君の言葉を借りれば、呪われていると言えるのだな。」

「…どういうことで。」

「君ももう既に受けているのだろう、例の辞令を。」

 普段ヘラヘラとしたお調子者の桑原副長の顔から笑みが消える。

「ここで君は何も言わなくていい。そう、今から私が語ることは只の妄言だ。」

 真嶋艦長は續ける。

「――呪われているのは、この艦の骨ともいえるだ。」


 涼太は何処かしっくりこないままエンケラドゥスに帰投し、ブリーフィングが終わった後に光惺を捕まえて、ここ数日の出来事を話した。そう、その目的とは義弟である晶と仲良くする方法を、兄としては先輩である光惺に教授してもらうためである。

 早速自販機の前に光惺を連れ出しコーヒーを一本奢って相談スタート。

「――って感じなんだ。光惺的にはどう?どうしたらもっと弟と打ち解けられると思う?」

「知るか。訊く相手間違えてんだろ。あと親父さん再婚おめでとう。」

 一応祝いは素直に受け取っておくにして、まあ確かに光惺に訊いた俺が馬鹿だったな。

「つーか、うち妹だしな。」

「だよな。何でお前に相談したんだろう?」

「もう俺行くぞ。コーヒーごっそさん。」

「ちょ――っと待った!だったらさー…。」

「何だよ。」

「年下の男子と仲良くするにはどうしたらいいと思う?」

「年下の野郎に興味ない俺はどう返したらいい?」

 つくづく相談事に向かない奴だ。

 まあ一応予想はしていたが、それにしても、それにしてもである。

「…つーか別に適当でいいんじゃね?無理に積極性出すと逆に引かれるぞ?」

 光惺はコーヒーを啜りながら答える。

 涼太は言われて最近の事を思い出してみる。

 確かに積極性が仇となり晶がどんどん離れて行っている気がしなくもない。想像だにしたくないが、成程逆効果なのかもしれない。

「まあ、そうかもなあ…。」

 涼太は天井を見上げる。

「それはそうと光惺、もう一つ相談があるんだ。」

「何だ?」

「俺に転属の話が来たんだが、もしかして光惺にも来てたりするか?」

 そう、只の思い付きで鎌をかけてみた、というつもりだけの筈だった。

 だが光惺の動きが止まった。缶コーヒーの飲み口から出てくる湯気が、さっきはフラフラ揺れていたのに、今では天井に向かう一筋の蜘蛛の糸のように立っている。

 そしてただ一言。

「――お前、この話はしない方がいいぞ。」

 そして光惺は足の爪先で床をパタパタ叩き始めた。いや、モールス信号を打ち始めた。

。)

 涼太は事情を伝えようとしてくれている親友光惺に感謝して首を縦に振った。

。)

 二人は目を合わせた。そして同時に頷く。

 その様子は傍目からしたら、まさに少年漫画の看板要素、「友情」そのものである。(ここに腐女子居たならば、BにLがつくヤツを妄想するに違いない。)

 が次の瞬間、美しい(?)男同士の友情特有の静かながらも力強い感覚は崩された。

「お、ちょうどいいところに。おーい、ひなた!」

 そういってたまたま近くを通ってたひなたちゃんを呼び止めた。

 そしてその呼びかけに直ぐ気付いて笑顔でこっちに寄ってきた。

 それと同時に涼太は思った。(コイツ妹に丸投げする気だ!)

「お疲れ様です、お兄ちゃん、涼太先輩。」

「「お疲れ」様。」

「そんでひなた、涼太の相談に乗ってやれ。」

「おい、光惺!」

 咄嗟に止めに入る。なんやかんや此奴光惺の親友をやってる上での鬱憤は地味に多い。こんなところでスタコラサッサと逃げられては少々癪だ。

 だが悲しいかな、うれしいかな、ひなたちゃんはいい子過ぎる。

「あはははは、それで涼太先輩、悩み事って何ですか?」

「ああ、いやそれがさ――――。」

 と、今までの経緯を洗いざらい話した。すると、

「涼太先輩のお父さん、再婚なさったんですね。おめでとうございます!」

 と初動で深々とお辞儀をされた。いや俺にされても。

「つまり、年の近い弟さんともっと仲良くなりたいということですね。」

「うん、何かいい方法は無いかな?」

 気が付けばいつの間にか光惺が消えていた。

「まずは共通の趣味を見つけるっていうのはどうでしょう?」

「共通の趣味か……。」

 それは涼太も一度は考えたことだった。だが、あの頑固者が教えてくれるとは到底思えなかった。

「それすらも教えてくれそうにないのだけれど……。」

「なら協力者に訊くのがいいかもしれませんよ?」

「協力者?―――嗚呼、成程そう言う事か!」

 何たる迂闊!そうだ、美由貴さんだ。母親なら息子の趣味の一つや二つは知っているという訳だ。

「わかった。有り難うひなたちゃん。今日はそんなに持ち合わせがないから今度何かご飯奢るね。」

「いえいえそんな大層な……。」

「いいや、奢らせてほしい。光惺の万倍は役に立ったからね。」

「……そこまで言うのでしたら……。」

「改めて有り難う、ひなたちゃん。」

「こちらこそお役に立てて良かったです!それでは連絡を待ってます!」

 そうしてひなたちゃんと別れ、自宅方向に向かうモノレールに乗った。

 その車内で光惺に文句のLIMEを飛ばす。

 すると光惺は『ブリーフィングがあった。』という見え透いた嘘をついた。(今日これ以降ブリーフィングがないことは、打ち合わせ室使用状況のページから既に知っている。)

『ひなたのアドバイスは役に立ったか?』

『ああ、お前の数千倍な。』

『あっそ。次からは最初からひなたを頼れ。そうじゃなくてもひなたにLINEや電話をしてやれ。』

 その後は涼太が何を送っても暫く既読にはならなかった。

(全く、ひなたちゃんは便利屋じゃないんだぞ。)

 そう毒づきながら、また晶の事で悩んだらひなたちゃんを頼るのもアリだな、と思い、スマホをポッケに仕舞った。

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