第19話 じつは親父に一杯食わされまして……
レーダー画面を覗きながら涼太は目を白黒させて狼狽える。
「『ゆきかぜ』が沈んでいない、だと…?」
レーダー上では『ゆきかぜ』はそのまま進路を百八十度反転させて残りの艦隊と合流する方向へ進んでいる。そして残りの四艦もβ隊を押し退けて
「クソッ………。」
だが狼狽えもそこまでに、直ぐにまるで鉛を腹に押し込まれたような悔しさが口に広がった。
——数分前、『ゆきかぜ』艦内。
「前方航空隊α、散開しますッ!」
「後方航空隊γ、六時の方向よりミサイル5接近!」
艦内でレーダー手の怒号が飛び交う。
『ゆきかぜ』後方を飛ぶ航空隊から本数こそ少ないが連続的にミサイルを撃ち込まれている状況は、ミサイルそれ自体の対処こそ容易だが航空隊へ直接攻撃するにはちと余裕がなく、地味にジリジリと苛立ちが募る。
「後部空間魚雷発射管三番から七番、射てーッ!」
「射てーッ!」
涼太の父、真嶋太一三等空佐艦長は冷静にミサイルを捌きながら『ゆきかぜ』を指揮している。
航空隊がヤケクソレベルに『ゆきかぜ』単艦に戦力を割り振ってるのがよくわかる構図だ。
「コレは飽和攻撃の前兆ですぜ、艦長。」
桑原副長は舵を握りながら吠える。
「んなモン分かってる。取り舵いっぱーいッ!」
「取り舵いっぱい、ヨーソロッ!」
そう言いながら、航海長でもある桑原副長は舵を切る。すると直ぐに船体が左に大きく傾く。各部位に取り付けられた姿勢制御装置の発炎部から青白い炎が噴き上げる。
レーダー上ではミサイルをかわしたすぐ直後に信管を作動させて爆発したらしく、輝点が消失した。
ホッとしたのも束の間、再び艦橋に響き渡るミサイル警報。
「前方αよりミサイル発射!その数…っ!」
「どうしたっ⁈」
「ハッ、三十二です!」
「後方γよりもミサイルッ!その数二十!」
「ほぼ五十秒後に全弾同着コースです!」
レーダー手が各々叫ぶ。
たが、突如として響いた微かな冷気を含んだような声が響く。
「空間魚雷は装填できたか?」
一瞬で艦橋内に木霊する音がミサイル警報音だけになる。
返答でその静寂を破ったのは桑原副長であった。
「ハッ、全門装填を完了しております!」
普段涼太と一緒にいる時とは打って変わった冷たい声で、静かに、然れど凄みを帯びた声で命じる。
「空間魚雷全門発射。目標、船体下部を狙うミサイル十四発。」
「ハッ、全門魚雷発射。目標、α十一から二十四。」
砲雷長が迎撃コースをセットする。
「射てーッ!」
パチポチとボタンを操作してミサイルを発射させ、それが直ぐにレーダーに反映される。
「α十一より二十一、撃墜!」
「ミサイル着弾まであと十秒!」
レーダー手が悲鳴をあげる。
「八、七、六、五、よ…」
「機関最大戦速、下げ舵いっぱーいッ!ダウントリム八十度!急げ!」
「機関最大戦速、下げ舵いっぱい、ダウントリム八十度ヨーソロ!」
桑原副長が舵を切ると同時に艦の機動が慣性制御装置の対応限界を超えたのか、凄い勢いで下に落ちるような感覚が乗組員を襲う。
真嶋艦長の徽章が付けられた帽子が宙を舞う。
「ミサイル、多数爆沈!」
急な『ゆきかぜ』の方向転換に就て行けなかったミサイルがそのまま信管を反応させて爆発し、他のミサイルに誘爆したのだ。
未だ慣性制御が戻り切っていないうちに、椅子の肘掛けに捕まって歯を食いしばりながら続けて命令を出す。
「砲戦用意、後部副砲対空機銃全基六時方向、射てーッ!」
「ミサイル残基三!」
レーダー手の報告とほぼ同時に命令が出される。
「後部副砲照準ミサイルγ六、射てーッ!」
砲雷長は特に声のトーンを変えることなく淡々と返答し、ミサイルを副砲で砲撃する。
「空間魚雷は?」
「艦首一番から三番はいけます!」
「目標ミサイル残基、艦首一番から三番射てーッ!」
「射てーッ!」
レーダーでは艦の前方に発射された空間魚雷が百八十度大回頭して『ゆきかぜ』を狙うミサイルに向けてスピードを上げていく。
空間魚雷発射の十秒後に真嶋艦長は再び確認する。
「ミサイル残基は?」
「現在二基撃墜。一基向かってきます。接触まで五秒!」
そして即座に命じる。
「対空機銃自動から手動に切替、撃ち漏らすなッ!返答不要ッ!」
そのまま砲雷長がすぐに機銃を手動で操作して、弾幕を張る。
その間、最後の緊張が艦橋を支配する。そして、
「全基撃墜を確認!」
そのレーダー手の報告と同時に桑原副長が「ッシャァーッ!」と叫んだ。
「いつも楽しそうだな。」
帽子を拾いながら少し呆れたような声で真嶋艦長は言う。
「だって勝ちは勝ちじゃないですか。」
それに何も応えず真嶋艦長は帽子のつばを摘まんで頭に着けなおした、「まだまだ足りぬ。」と小声で呟いて。
そしてニッコリと笑って、先程と打って変わった様子で命じた。
「よし、ここからはお返しだ!目標航空隊γ全機、艦首空間魚雷一番から五番射てーッ!」
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