第18話 じつは親子対決が始まりまして……
涼太は今回α隊の八番機、つまり主攻の下っ端である。
コックピットの窓からは僚機が見えるが、まだ肉眼で駆逐艦を視認できる距離ではない。それどころかこの距離だと、例え十キロ先の鳩とカラスを識別できるようなバケモン視力を持つエースパイロットでさえレーダーに頼らざるを得ない。
レーダー上では発射したミサイルはそのまま真っ直ぐに艦隊に飛行していく。するとすぐに艦隊の方からも迎撃ミサイルが発射されていくのが映る。そして双方のミサイルが交差する瞬間、全ての反応がレーダー上から消えた。
つまり全弾撃墜である。
『まあ、いつも通りだな。』
涼太は呟く。
そのままα隊は作戦通りひたすらにとある艦を目指して飛んでいく。そう、旗艦の『ゆきかぜ』である。
『ゆきかぜ』を撃破できたら艦隊の指揮系統が乱れ、艦隊が混乱している内に殲滅する事が出来るのだ。
このような戦略目標を立てる根拠は二つある。
一つは航空機と艦艇の特性の違いである。
艦艇は基本的に一艦当たりの武装が重く長期的な出動に耐え指揮系統が強固な一方で、動きが全体的に鈍く数を揃えることは難しい上に、指揮系統の再編に時間が掛かる。
一方で航空機は、一機あたりの武装がミサイル発射十数発とガドリング砲しか無く作戦時間が限られているが、高速かつ俊敏な機動が可能で数があれば多方面からの波状攻撃を行うことが可能であり、各パイロットの裁量も大きく、勝手な行動もある程度許容される。戦場では何が明暗を分けるのか、経験則がいくらあったとしてもそれは所詮気休めに毛が生えた程度のものである。
二つ目の理由は『ゆきかぜ』の圧倒的な伎倆である。
駆逐艦という艦艇の中では比較的小回りの効く特性を活かして、割としょっちゅうとんでもない機動を披露するのだ。その上他艦との連携もしっかり取れており、トリッキーな艦隊機動の一つ一つに意味がきちんとあるのだ。当然武器運用の精度の高さも『ゆきかぜ』乗組員総員の伎倆があってだが、指揮する艦長(つまり涼太の親父)の采配が見事なことも大きな要因である。
そうなると無論他の艦もそれなりに優秀だが、どうしても『ゆきかぜ』が抜きん出てしまう。
だからこそ最初に『ゆきかぜ』を叩いて艦隊の出鼻を挫く必要があるのだ。そうでもしないと空自一といわれるあの艦隊に勝つことは至難の業である。
まず先行するのはγ隊である。γ隊の役割はズバリ、『ゆきかぜ』の盲点を作り出すことである。具体的に言ってしまえば、γ隊とは『ゆきかぜ』の火器を接近しているα隊からズラす為だけの部隊である。(因みにβ隊は残りの四艦の動きを適切な座標に展開して牽制する役割がある。)
レーダー上でも次々とγ隊のミサイルを表す輝点が現れては消えるを繰り返している。
その中でα隊は横に広がりつつ『ゆきかぜ』の進路を防ぐように飛ぶ。つまり正面衝突コースだ。
そのまま飛んでいると、とうとう『ゆきかぜ』を視認できるような距離まで近づいた。
『ゆきかぜ』の挙動を見ると、ミサイルを避けるためか艦首が上を向いたり下を向いたりと忙しない。
涼太は操縦桿のミサイル発射ボタンに手を掛けながら、ブリーフィングで言われた今回の作戦を思い出す。
大規模な訓練の前にしか使わない大ブリーフィングルームで飛行隊長は「実験」と称して、ミサイル発射のタイミングを通常のタイミングから変更する、と言った。話を聞けば些細な変更だ。
これが吉と出るか凶と出るか。
そこで隊長機から『α隊、ミサイル発射。』と無線が入る。そして数秒遅れて『γ隊、ミサイル発射。』とまた号令をかけた。
じつはα隊とγ隊のミサイル発射のタイミングは、同時に『ゆきかぜ』に着弾するように適度な時間差を置いたものだったのだ。レーダーに表示される着弾予測時間はほぼ同じ。α隊第一弾とγ隊第一弾の着弾時間誤差はコンマ一秒も無い。
レーダー上では計五十二個の輝点が『ゆきかぜ』に向かう。
その間空間魚雷にやられたのか数個の輝点がレーダーから消えた。が俄然四十発以上のミサイルは『ゆきかぜ』をロックオンしたままだ。
——勝てる。
涼太はそう確信した。陽炎型の対空機銃の装備数、空間魚雷の連射性能、それらの命中率を考えるととてもじゃないが四十発以上を捌く事は不可能だ。
血が滾る。
涼太はレーダー画面を食い入るように見る。
十秒後、レーダーから輝点は消えた。
だだ、『ゆきかぜ』を除いて。
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