第16話 じつは悪夢に魘されまして……

 

 ——何処となく変な気分がしたせいか、真夜中に目が覚めた。する事もなく徒然つれづれとしているので、取り敢えずトイレにでも行こうかと廊下を歩いている矢先、親父の、何を言ったのかは咄嗟のことで分からなかったが、今までに無いぐらい冷たい怒声が聞こえてきたので少しビクつく。

 微かに光明が漏れ出ているその部屋を覗くと、親父は嘗て女とビデオ通話をしていた。

 涼太は音を立てないようにそっと側耳立てる。

「彼がね、子供は要らないって言うの……。それで——。」

「涼太は俺の子供だ。俺が引き取るに決まっているだろうッ!」

 親父の拳に力が入る。声が荒ぶる。

「でも涼太は——。」

「くどいッ!出ていきたかったら出て行けッ!そして二度と涼太に近づくなッ!涼太は俺が育てるッ!」

 涼太には親父の後頭部しか見えなかったが、画面に映る母親だった女の表情は沈痛を極めていた。

 そして親父は吐き捨てるように、畳み掛けるように冷たく言い放った。

「火星だろうが外宇宙だろうがさっさと好きな所に行ってこい。」

 そう言って親父は通話を終了させた。画面に浮かぶ「SIGNAL LOST」の表示。そのまま親父は全体重を背もたれに預けるように凭れ掛かった。


 ——そこで夢は終わった。涼太は布団の横の時計に目をやると午前三時半を指し示していた。

 またあの時の記憶か……。

 あの時から既に十年以上経ったが、未だに記憶の片隅に黒い光を灯しながらこびり付いている。

 押し付け合い等でそれ以上揉める事は無かった。

 ただ「要らない。」と言われた。

 夢に出てくる程とは相当なトラウマである事は自覚している。だがこんな調子では精神と体力を無駄に消耗してしまう。もう一眠りしよう。

 ところで晶はどうだったのだろうか?

 両親の離婚をどう受け止めてきたのだろうか?

 夢で魘される程じゃなければ良いが………。


 いつか晶も『メンデルの法則には血が通っていない。』と言う言葉の真意に気付く日が来るのかもしれない。











 ——漆黒の闇の中、一人の男が慎ましくも跪いていた。

「それで、貴様らは同胞殺し、ひいては親殺しをも厭わないと?」

 闇の中から聞こえてくるのは女の声。本能的に恐ろしく感じる、まるで魔女かの如き声。背景に流れる曲は、ショパン夜想曲変ホ長調に心無しか似ていた。

 跪いた男は少し間を置いて答える。

「はい。」

 また女の声が木霊する。

「然れど我らとて侵略者。その貴様らが悪魔と申す星の者どもを撃ち破ったとて、我らの傀儡となるだけでは?」

 男は淡々と続ける。

「かの星の悪魔共は我らがかたを持つ事すら許さなかった。だが貴方がたはそれを許すでしょう。」

「何故そう思う?」

 男は深く一息吸った。

「たとえ型だけでも、いつの間にか中を満たす事もあるものです。」

 男はピクリとも表情を変えず言ってのけた。

 少しの時間を開けて声は言う。

「宜しい。では今までの我らが千年の夢への貢献を讃え、貴様らの願いを聞き入れよう。」

「――ありがたき幸せ。」

 そして通信らしきものが途絶え、闇が消えていく。

 男は跪いたまま呟いた。


「親殺し、か…………。」

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