第13話 じつは同居を始めまして……

 しかしわざわざ家全体にワックスを掛ける余裕がないのに掛けた所為で、大急ぎで家の中に家具を一通り戻して富永親子の段ボールを居間に運び込まねばならないこととなってしまい、やはりほとほと疲れた。

 だがそれでも気になることが一つあった。床に親子二人で大の字で寝転がりながら言う。

「なあ、親父。」

「何だ?」

「引っ越しの荷物ってあれだけなのか?」

 男二人所帯の我が家の散らかりようから予想した荷物量の半分程度の荷物しかなかった。

「来る前に不必要なものは処分したそうだし、そもそも八畳一間に布団を敷いて並んで寝ていたらしいな。」

「そっか、じゃあ晶は士官学校は勿論のこと、自宅でさえも自分の部屋すら無かったのかあ…。…ところで二人は地球上の何処の国に居たの?」

 純粋な興味であった。

「一応日本国内らしい。因みに美由貴さんはCosmo Developmentという米国の宇宙企業で働いていたとのことだ。」

「そっか、じゃあ余計に……」

 Cosmo Developmentは嘗て存在した米国最大の宇宙開発企業である。嘗て、というのもその企業は二年前に倒産したからである。

「諸外国だったら八畳一間は明らかに中流以上の住宅だが、余裕の有る日本じゃちと狭いな。」

 親父は呟いた。が直ぐに普段の調子を取り戻して、

「向かいの倉庫部屋を片付けてもらって助かったよ。きっと喜んでもらえるさ。」と言った。

「だったらいいな。でも『べつに部屋とか要らないんで』と言ってきそうじゃないか?」

「それ、晶のモノマネか?いやー、流石にそんな言い方はしないだろ?」

 親父は苦笑いを浮かべた。

「ところで部屋を用意していることは晶に伝えてあるのか?」

「とりあえずはな。」

「だったら俺が案内するよ。」

「そうか?なら頼む。」

 そして俺は体を起こして水をコップに注いで一口で飲み切り、もう一杯を親父に入れた。


 富永親子が真嶋家のチャイムを押したのはそれから二十分も経たない頃だった。

 親父と二人で玄関に出ると美由貴さんと晶は戦後昭和風に「スーパーエンケラドゥス」とデカデカと印刷された民生用スーパーの袋を下げていた。

「ごめんなさい、土星庁での手続きに手間取って遅くなっちゃって。——今日からお世話になります。」

 こういう時の返し方は何が正解かイマイチよくわからない。なので取り敢えず自衛官のさがとして腰を四十五度曲げた最敬礼をしておく。

「「ご苦労様です。そしてようこそ、真嶋家へ。」」

 美由貴さんは民間人なので少々面食らっていた一方、晶は流石は自衛官、条件反射的に敬礼を返す。尤も晶はコスモファルコンが印刷されていた帽子を被っていたので右手を顔の前で掲げるタイプであったが。

「それ、俺が持ちますよ。」

「じゃあお願いするわね。ありがとう涼太君。」

 中にそれとなく目線をやると食材やら日用品やらが入っていた。あとシャンプーや化粧品の類も。

 少しだけ緊張する。

 よく考えると自宅に誰かを招くというのは上田兄妹や桑原副長を始めとした「ゆきかぜ」の乗員以外には無かった。だが今日から始まるのは「訪問」を一足飛びにした「新たな家族との同居」。その実感がじわじわ湧いてきた。

「それじゃあ上がらせてもらうわね。」

「どうぞ。」

 ふと帽子の奥に見える晶の眼と目があった。

 美由貴さんは居間に行ったが、晶はまだ何か言いたげに立ち尽くしている。

「どうしたの?入らないの?」

 エンケラドゥス航空隊の後輩とはいえ、これからとして一緒に住んでいくのだから言葉を選ぶ。(なんなら階級は同じだし。)

「……あの、よろしく。」

「あ、ああ……。こちらこそよろしくな。」

 頬が熱い。照れた。

「それじゃあ、お邪魔します……。」

「『お邪魔します』じゃなくて、次から『ただいま』でいいから。」

 丁度靴を脱ぎ終わった晶は少し目を丸くして涼太を見つめる。

 思わず少しフリーズする。晶の顔が奇麗だったから。でも

「——邪魔じゃないから。」

 言葉を紡いだ。涼太は自分では気付いていなかったが、優しい顔をしていた。

 晶はそのまま動作を再開して居間へ向かった。そして後ろ姿で小さくコクンと頷き「了」と小声で言った。

 なにまだ休暇はあるさ。ゆっくり晶と距離を近づけていこう。

 一つ深呼吸をして涼太は居間に向かった。

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