第6話 じつは義弟の真意を聞きまして…
用を足すときふと思った。
これが再生工場で有機物に分解されて、そのまままた自分たちの食べ物の一部になってしまう事を考えたら、最初はご飯を食べるのにも苦労したが、今は慣れ切ってしまっている。そう考えると、晶はこれを知っても食べられるのだろうか…?
用を足してトイレから出ると「あの」とトイレの前で声をかけられた。
晶だった。俺が出るのを待っていたらしい。しきりに右手で左の肘を撫でていた。
「なに?」
思わずぶっきらぼうな返しをしてしまう。
慌てて笑顔を作ったが、今日はひたすら笑顔の作りっぱなしで顔が引きつる。
「さっき……というか会ってからずっと冷たい態度をとってたから、その──」
晶はためらいながら、「ごめんなさい。」とまた謝った。
「……気にしなくていいよ。なんとなくわかるから。君、親の再婚には反対なんだろ?」
「ちがっ、そうじゃなくて──」
今度は顔を赤くし、慌てた様子で言葉を繫いだ。
「──僕は母さんたちの再婚には反対してないよ、ほんと!」
意外だった。
最初から再婚がダメというわけではないらしい。
「でも、互いの領分っていうの? 侵害しないようにして欲しいってだけ……。」
侵害という言葉が妙に引っかかる。
彼がなにを守ろうとしているのか気にはなったが、まだ関係ができていない以上、あまり深く掘って訊くべきではないと思った。
「これから家族になるんだから、その中で擦り合わせていけばいいんじゃないかな?」
「そうだよね。一緒に住むんだし、そのうち──」
「いや、家族になることと一緒に住むことはまったく別物だ。」
「え? どういうこと?」
「そうだな……。君は家族ってなんだと思う?」
「やっぱり、一緒に生活する人かな。それぞれの役割を果たすことで成立する共同体的な?」
「たしかにそれも一つの意見で筋は通るな。」
「君の意見は違うの?」
「そうだなー……──」
俺は顎に手を置いた。
言うべきかは迷ったが、「家族」についての俺の答えは前々から決まっている。
「──メンデルの法則には血が通っていない、ってところかな?」
晶は顔をしかめた。
「えっと……。つまり、どういうこと?」
「俺たちの親が再婚したとして、それでも俺たちの親は親だし、その子供はやっぱり子供で兄弟ってことさ。」
「……ちょっとよくわからない。」
「『血の繫がり』と『血が通う』はまったく別の意味だよ。家族になるってことは、一緒に住む人と人が血を通わせることなんだ。」
「血を通わせること?」
「血じゃなくて心が繫がっているっていうのかな。」
「心……」
「シンプルに言えば、俺は君と仲の良い家族になりたいってこと。」
俺が笑顔でそう言うと、晶は顔を真っ赤にした。
「それ、自分で言ってて恥ずかしくならない?」
「まあ多少は? ──君は嫌か?」
「……難しいけど──」
すると晶はなにかを考え、なにかをためらい、
「──君、じゃなくていい。」
と、頰を赤らめてそう口にした。
「じゃあ、なんて呼んだらいい?」
「……僕のことは晶でいいよ。」
それは、おそらく、晶なりの精一杯の譲歩。
ただ、俺にとっては大きな前進でもある。
「そっか。じゃあ晶、よろしくな。」
俺は右手を差し出した。
「うん。」
晶も俺に倣って、気恥ずかしそうに右手を伸ばす。
俺たちはそこで初めて握手を交わした。
彼の手は冷たく、それでいてすべすべとしていて柔らかい。ほんの少し力を入れただけで壊れてしまいそうな、ガラス細工のような手だった。本当にコイツ航空隊か、と思うほどであった。
なんだか互いに気恥ずかしくなり、思わず一緒に手を引っ込める。
タイミングが合いすぎて、互いに顔を見合わせて笑ってしまった。
少しは打ち解けられたのだろう。
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