第7話 じつは新しい家族にエンケラドゥスを案内することになりまして…
晶の胸中もある程度把握した涼太は、ここで一つの思い付きを提案することにした。
「さて食事もある程度楽しみました(?)ところで、そろそろエンケラドゥスを案内したいと思いますが、どうでしょうか?」
親父が此方に目線を向け「やるやん」と言わんばかりの目線を向けてくる。
「まあそれは良いわね。じゃあ折角だし頼みましょうか、ね、晶?」
「……じゃあ僕も行きます。」
さっき涼太には少し打ち解けてくれたがやはり親と知らない人の前だからか、借りてきた猫モード(今涼太が命名した。)を発動している。
どちらにせよ早くエンケラドゥスでの生活に慣れてもらわないと困る。だがこう言ったことでも少しでも楽しんでもらえるといいな、と希望を持ちつつ案内ルートを頭の中で練り始めた。
エンケラドゥスとは土星の第二衛星であり、土星衛星系で一番初めに開拓された衛星である。元々十八世紀後半にウィリアムハーシェルによって発見されたこの衛星は生命の存在可能性なども嘗ては取り沙汰されていたが、結局は未だに生命体は未発見のままである。
そんなエンケラドゥスの本格的な開発が始まったのは今から十年前の話である。
その当時はやっとのことで火星が独立を求めた内惑星戦争が終結した時期であった。内惑星戦争前、日本は嘗ての火星権益獲得競争に事実上敗北しており、辛うじて得た権益による利益も地球への資源輸送の方が高付くせいで慢性的に赤字になる有様だった。
その為時の政府は外惑星系の領域確保に真っ先に動き出した。火星の土地に割くリソースが少なかったおかげもあり、寧ろ土星や木星の衛星系のうちのかなりの制圧に成功し、国連宇宙局からの割譲要請に数度応じるも未だに衛星の三分の一以上が日本政府の管轄下にある。
その時土星衛星系の開発拠点としてエンケラドゥスが整備された。また同時に自衛隊の改組と何故か火星側が保有していた慣性航行技術の取得を行い圧倒的な技術力を背景にすることで航空自衛隊の宇宙海軍化を達成した。
そうして衛星系の資源開発と外宇宙の探索を兼ねた前哨基地として今日機能しているのである。
「ここが開発された歴史は大体そんなもんだ。学校とかで聞いたことぐらいあるだろ?」
「うん。」
まだ恥ずかしいのか、少し頬を赤く染めてそっぽを向いているが一応晶は涼太の話を聞いているようだ。
区画移動中に暇潰しがてら歴史の話をしているが、大人二人は知っている顔をしている。二人とも開発自体がリアルタイムな世代だし。
そうしているうちに娯楽区画を抜けて、行政区画に入った。ここには土星庁や土星開発振興局、国連宇宙局(UNITED NATIONS COSMO BUREAUCRACY : UNCB)出張所、エンケラドゥス地方裁、空間警察本部、中央大病院等の公的機関が並ぶ、所謂官庁街である。
ここに来ること自体役所の手続きや病院に掛かるぐらいしか用が無いので、晶の反応は当然のことながら薄い。
また隣の発電所や生活物資、工業製品の簡易工場がある産業区画に連れて行っても反応は芳しくない。オフィス区画に行った際は美由貴さんが三菱のオフィスを確認しただけであった。
やはり不穏な空気が流れ続ける。涼太は巡る順番がこれで合ってたのか自問し始めた。
(どこに連れて言ったら晶は喜ぶのだろう?)
結局最後にはまだ案内してない職場である軍事区画に連れていくことにした。
「着いたぞ、ここが晶の新しい赴任地だ。」
「……」
やっぱりよそよそしい。そろそろメンタルが限界である。がその時、
「星が見えないのはちょっと残念だな。」という晶の呟きを聞いたのだ。
それは涼太にとって電撃かのごとき衝撃だった。あの晶が自分の気持ちを口にしたのだ。
ここで涼太は素晴らしい(本人談)アイデアを得たのだ。
「なあ親父、ゆきかぜってまだ任務に出てたっけ?」
「ああそうだ。まだ本来の交代時間ではないからな。」
「それでお願いがあるんだけど、ゆきかぜに四人で乗らない?内火艇って六人乗りだろ。」
「マジかよ…。」
かなり突拍子もないことを提案している自覚はある。だが滅多に自分の気持ちを出さない晶だからこそ願いをかなえてやりたいと思う。
「太一さん、別にいいじゃないかしら。迷惑をかけませんので。」
涼太の意図を汲んだ美由貴さんが助け舟を出してくれた。
結果「まあ、いいか。」という親父の言質を取ることに成功した。尤もグレーゾーンではあるが。
そのまま親父が乗ってきた内火艇に乗り込みエンケラドゥスを離陸。二十分ほどしてゆきかぜに乗り移った。
丁度ゆきかぜはデブリの濃度が低い場所を航行していたので、艦橋から星が奇麗に見えた。
「わあ~!」
晶の顔が笑顔になり、テンションが上がっていくのが分かる。星々の一つ一つを楽しそうに見ていく。
「宇宙から見るほしがやっぱりきれいだね。」
「そうだな、晶。」
そして涼太は兄として、晶ともっと積極的に仲良くなろうと改めて星々に誓った。
その一方で親父と美由貴さんは
「太一さん、やっぱ黒の艦長コートもよく似合ってますよ。」
「えへっ、そうかなぁ~?」
と新婚特有のバッカプルいちゃつきを炸裂させており、部下たちの額には青筋が走り始めたのだった。
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